第122話 戦後

 「なるほど。それで獣の内紛は治まったわけですね」

 「いや、まだだ。獣の虞理山がどうなっているのかがわからない。虞理山から派遣された者たちが裏切ったのだ。敵の思想に呑まれている可能性もある。フューリーはそっちの方のケアに向かった」

 「本当に世界各所で問題が起こってるんですね。デルア領内の現状でトラブルはありませんか?」

 「反乱だな。あちこちで起こってる。我が兄、第一王子のオドンも謀反を企て幽閉された」

 「そんな時期に面倒なことを頼んですみませんでした」

 「お前から依頼を受けた時には反乱も謀反もなかった。あの後からだ。示し合わせたように世界が荒れはじめた。おそらく他の場所でも」

 「可能性はありますね。水、虫、明暗。僕たちの目の届かない場所で……」

 「あぁ」


 ミクリル王子がお茶飲む。


 「美味いな……」

 「わけあって不干渉地帯の植物を研究した副産物です。沢の豆バレーズ・ビーン。虫の世界由来の植物で、適正な処置をしないと有毒ですが、しっかり発酵させて燻せば無毒の美味しいお茶になります。マグちゃんが毒を解析、マンデイが正しい調理法を開発しました」

 「植物の研究をしていたのか?」

 「えぇ。不干渉地帯の新しい主ガイマンの守護者に厄介な生き物を造ってしまったんです。その子を強化するのに植物の知識が必要でした」

 「厄介?」

 「動物的な特徴と植物的な特徴を兼ね備えた生き物ですね。いままでに前例のない形と性能、習性。本当に困りました」

 「成功したのか?」

 「成功しました。いまは地中で休んでいると思います」

 「どんな生き物なんだ?」

 「液体のような見た目をしていて皮膚や肉を透過して骨を溶かすことが出来ます。核があるので不干渉地帯の外部で絶滅した獣の世界出身の生き物なのは間違いないのですが、なぜ絶滅したのかがわからないほどのハイスペックですね。僕は感染症の類で絶滅したと睨んでいるのですが確証はありません」

 「相変わらず凄いものを造ってるな」


 あっ、ミクリル王子にプレゼントがあるのをすっかり忘れてた。


 「ミクリル王子、プレゼントがあるのですがいま渡しておいていいですか?」

 「プレゼント? 構わないが」

 「では……」


 まずは弓。矢の創造キットを添えて。


 ミクリル王子と離れた後、自身の体の治療に加えて超高難易度のスライムもとい粘菌の創造、息子であるガイマンの強化など仕事が山積していたのだが、同時進行でミクリル遊撃隊の装備で満足がいかなかった装備のテコ入れも進めていた。


 で、真っ先に着手したのが弓。


 「なんだこの形は。こんなの見たことがないぞ」

 「滑車の技術を用いました。マンデイの発明ですね。最大射程はおおよそ一キロ……、えぇっと普通の弓より遥かに長いです。うちの悪魔が使っていたライフルの半分程度ですね。矢が小さくて破壊力がないので、創造キットのなかに魔力返還式攻撃ギアの【貫通】を仕掛けてます。矢に魔力を込めることで貫通力がアップするという性能ですね」

 「なるほどな」


 魔法の才能がチンパンジー以下のルート君はいつも魔力を使わずに戦闘を終了している。その分体力には余裕があるのだが、ロスも大きい。


 彼の使い所のない魔力を有効活用するにはどうするべきかを考えた結果、魔力返還式攻撃ギアを応用するという答えに至った。


 「そして次に起爆装置、雷管です」

 「らいかん?」


 いままで俺が使っていたのは手榴弾タイプの爆弾だ。


 起爆するための行動をとると、一定の時間経過の後爆発する。ウェンディさんに創造した飛榴弾でいうと甲なら三十秒程度、乙なら十秒、丙なら五秒。しかし敵が少し賢かったらそのパターンを学習する。というわけで考えたのが即起爆が可能な爆弾だ。


 「以前ウェンディさんにお渡しした爆弾創造キットにひと手間加えるだけで即爆破が可能な爆弾になります。こちらが送信機、で、これが受信機。この筒が雷管本体。造り方はわかりやすくマンガにしてみたので後でウェンディさんにお渡ししてください。ナビゲーターのバクちゃんとダン君が簡単に解説してくれてます」

 「わ、わかった」 

 「今回お渡しする物はどれも造りが複雑で自己複製機能を付けることが出来なかったので、壊れたらそこでお終いです。なので予備も造ったので後で持って帰ってください」

 「なにからなにまで済まないな」

 「いいえ、なんのこれしき。百個ずつありますから持ち運びが大変ですが……」

 「百だと!?」

 「えぇ壊れたら困るので。足りませんか?」

 「いや、足りるだろう。おそらくな」

 「それは良かった。ミクリル王子と離れていいるあいだに飛行船も創造しましたので、それを使ってシャム・ドゥマルトに運びますね」

 「あ、あぁ」


 誰も死なずに目標を達成する。そのためには味方全員に強くなってもらわないと困るのだ。


 「あっ、それとミクリル王子」

 「なんだ」

 「僕から一つ警告があります」

 「言ってみろ」

 「ベルちゃんとアレン君のことです」

 「あぁ。二人がどうした」

 「侵略者は生物の負の感情を刺激して感化、こちらの兵を手駒にしてしまいます。そして囁く悪魔と呼ばれる個体が侵略者の手助けをしている。今回の獣のエイチとガンハルトも彼らに心を奪われましたね? エイチはジェイさんと一緒になれると言われ、ガンハルトは獣を支配できるとそそのかされて」

 「そうだ」

 「その感じでベルちゃんとアレン君が敵側に寝返ったら大変なことになります。絶対に心が奪われないようにしっかりとメンタルのケアをしておいて下さい」

 「なぜベルとアレンなんだ」

 「アレン君とはお会いになりましたか?」

 「いいや、まだ会ってない。デルア領の北部であった暴動を鎮圧しに行ったと聞いている」

 「一人でですか?」

 「あぁ、そう聞いている」

 「変に思いませんでしたか?」

 「変、というと?」

 「たった一人で暴動を鎮圧できるはずがないじゃないですか」

 「ユキの指示だ、彼女の考えたのなら問題はないだろう」

 「ユキさんはおそらくこう考えたのでしょう。どんな規模の暴動でもアレン君なら一人行けば解決すると」

 「話が見えないな」

 「簡単に言うとアレン君はメチャクチャ強くなっています。純粋な戦闘能力ではマンデイやユキさん以上。僕個人の意見ではフューリーさんに匹敵するのではないかと考えています」

 「なんだと!?」

 「壊れた成長。アレン君を一言で表現するとそんな感じです。敵に寝返ったらどうなるかわかりますね?」

 「あぁ」

 「それとベルちゃんですが、あの子はおそらくルゥと一緒です」

 「というと?」

 「知の代表者である僕がこの世界に再構成されたエネルギーの余波を吸収して生まれた子供。生まれながらにして選ばれた人間です」

 「なぜそう思うんだ」

 「代表者を再構成した時に影響を受けた人間がいる。知の管理者に話を聞いた時に最初に疑ったのがベルちゃんでした。で、今回で確信した。彼女はマンデイの攻撃を回避し続け、獣の内紛では一人でジェイさんとムドべべ様を救出。それも傷一つ負わずに」

 「それはベルが相手から認識されないからじゃないのか?」

 「ベルちゃんの能力は奇襲には有効ですが、相手から姿を認識された後では意味がありません。つまり戦闘の前半は能力の恩恵が大きかったでしょうが、後半は彼女自身の実力だった、ということです」

 「……」

 「もっと恐ろしいのは、彼女がなんの訓練もしていないことですね。初めて剣を手にしたのは山賊に襲われた時、それ以前は踊り子で戦闘とは無縁。アシュリー教に救出されてからも剣の稽古はしていません。本人曰く、お祈りと踊り、花壇の手入れをしていた、ですって」

 「知らなかった……」

 「身分の低い出のベルちゃんはミクリル王子のまえでは委縮しまくってますからね。まともな会話が出来ないのでしょう」

 「あぁ」

 「ミクリル王子が今回一人でベルちゃんを行かせたのは正解ですが、部下の能力は正しく把握できていませんでしたね。認識されにくいという特徴は完璧ではありません。が、彼女自身の能力がとても高い。今後指示を出す時はそこを踏まえた上でやった方がいいでしょう」

 「肝に銘じておこう」

 「くれぐれもあの二人のメンタルケアはしっかりしてください。絶対に敵に取られたらダメな人員です」

 「わかった」


 ティーブレイク。


 外に訓練に行っているガイマン、遅いな。なにしてるんだろう。


 「ファウスト、私からも一つ警告がある」

 「なんです?」

 「今回獣を裏切ったガンハルトはフューリーの竹馬の友で正義感の強い男だったらしいのだが、それが敵方にいった。デルアに謀反を企てた私の兄オドンも元々野心家ではない。読書好きの静かな男だった。それが徐々に性格が変わっていき、しまいには自国を陥れようとした」

 「誰も信用できませんね」

 「その通りだな。誰もだ。そう考えると消える剣士ヨキや悪魔のリズベットも……」

 「可能性はあるかもしれません」

 「次に会う機会があったら充分に警戒しておいた方がいい」

 「わかりました」


 そう考えるとやはり、強化する生き物はしっかり吟味しないといけないな。


 ……。


 未発達な細胞ベイビー・セルはしばらく封印しておいた方がいいかもしれない。これ以上強化された生き物が増えたらコントロール出来なくなる。


 マンデイやマグちゃんが裏切る可能性も……。


 「父さん! ただいま!」

 「おぉ戻ったかガイマンよ。訓練はどうだった?」

 「楽しかったよ!」

 「そうかそうか。それは良いことだぞガイマンよ。何事も楽しむのが一番だ」

 「うん!」


 怪我は……、してないみたいだな。まぁ完全装備したマンデイとマグちゃん、ハクが付いているのだから安心か。


 「ファウスト、この鹿はまさか……」

 「不干渉地帯の主、ガイマンですよ? 一回会ってるでしょう?」

 「いや、ここまでの大きさになってるとは……。なるほどだからこの農場を増築したわけか」

 「気が付いてたんですね。ミクリル王子がフューリーさんのフォローをしてくれている間に頑張りました。こっちの大きいのがイェティのユキオ君、シャイな性格です。構音機能があるので喋れますけどほとんど喋りません。シャイだから。こっちの大きいのがサンド・ホースのマルコちゃん。僕がまえ住んでいた世界の円を【マル】と言っていて、女の子が【子】、丸い女の子でマルコ。喋れないですがこっちの言葉は理解しています。穏やかで可愛い子です」

 「こ、これも造ったのか?」

 「えぇ、魔核から。不干渉地帯中を探し回って、未発達な細胞ベイビーセルに耐えうる強い個体を選出、細胞をお借りして強化しました。お蔭で菌の因子ファンガス・ファクター植物の因子プラント・ファクターを手に入れることが出来ました」

 「そ、そうか。お前は相変わらずだな……」

 「ところで、ミクリル王子、今日話したことはくれぐれも忘れないように」

 「あぁ、わかっている」

 「最初に話したルゥの話も……」

 「もちろんだ。充分に注意をしておく」


 本格的に敵が動きはじめている。ガイマンの成長が一段落したら俺も動きださなくちゃな。

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