第107話 ケリュネイア・ムース

 鹿っていうからどういうのかと思ってたら、ヘラジカみたいな感じだった。


 体のサイズはフューリーと同程度か少しデカい位。体が緑色に見えるが、よくよく観察してみると体毛にこけが生えているようだ。動物と植物の中間みたいなイメージ。


 知能が高いとは聞いていたが、まさか構音器官をもっているとは思わなかった。普通に喋れるのか。


 「もしかしてケリュナイア・ムースの方?」 

 「いかにも。貴様は何者だ」

 「ファウスト・アスナ・レイブと申します。あなたを探しにきました」

 「なぜだ」

 「あなたの群れで子をはらんだ個体はいませんか?」

 「だとしたらどうだと言うのだ」

 「その子はこの神の土地の新しい主になります。保護しなければなりません」

 「必要ない。帰れ」


 ほうほう。


 やっぱり知性があるとコミュニケーションが面倒じゃなくていいな。考えてることがわかるって素敵だ。どっかのアホ鳥様とは大違いだよ。


 だがやはり性格は閉鎖的なようだ。いや、俺みたいな奴が急に現れたら誰だって警戒するか。


 「亀仙はご存知ですか?」

 「……」


 急に攻撃してくる感じじゃないが一応警戒しておくか。


 『マンデイ、俺の後ろに隠れて周囲を警戒。仲間がいるかも。マグちゃんは、このケリュネイア・ムースの背後を取れる位置で待機。攻撃してきたら俺の指示を待たずに抑制に動いていい。反撃には充分に警戒するように』

 『うん』『わかっタ』


 ケリュネイア・ムースに大きな動きはない。値踏みするような目でこちらを見ている。


 「亀仙は獣の世界の前代表者で、未来を予知する能力があります。すべての予知が当たるわけではありませんが、今回は獣の世界の関連の話ですから、外れはしないでしょう」

 「なぜ亀仙は貴様のような卑小な生物に我々の保護を依頼したのだ」

 「一応は知の世界の代表者なので……」

 「ぬかせ」

 「ですよねぇ。ぽくないですもんね。でも本当の話なんですよ? 神に与えられた恩恵は創造する力。この後ろにいる子も、そこに飛んでる子も僕が造ったんです。ちなみにちょっとまえに、国を一つ半壊させました。そこそこ強いんですよ?」

 「ふはははは。そこまでの力をもっている男がただ歩くだけで根を上げるのか? 冗談にても程度が低すぎる」

 「【亀】が重すぎるんですよ。ただ機動力を捨てた代わりに耐久に全振りしてます。あっ、そうだ! 僕の能力の証明をしましょう。あなたが出来る最高火力の技を僕に使って貰っていいですか? 耐えてみせましょう」


 なにも使わずに終わったらこのクソみたいに重いスーツを着てきた意味がなくなるしね。


 「死ぬぞ?」

 「あっ、死なないから大丈夫。わずかに存在していたケリュネイア・ムースの記録に目を通し、考察して、あなたたちの攻撃なら千発は余裕をもって耐えるレベルの耐久に調整してます。と、いうより、生物単体でこのスーツを攻略するのはほぼ不可能でしょう。なので安心して攻撃してください。で、無事耐え切れたら少しは僕の言うことを信じてくださいね」

 「あぁ、わかった。では行くぞ」

 「どうぞどうぞ」


 ケリュネイア・ムースが頭を下げ、力をためている。まずは打撃系ね。了解。


 『マンデイ、マグちゃん、巻き込まれないように距離を開けてて』

 『うん』『わかっタ』


 この鹿、体がデカいわりにそこそこ素早い。種として強い奴らはみんな能力のバランスが取れてるな。デカいだけじゃない。速いだけじゃない。


 まぁ速いと言っても驚くほどじゃあないな。


 ツノがスーツに当たる瞬間は緊張した。本当に大丈夫だろうかと。だが高い音をたてて壊れたの【亀】ではなく、ケリュネイア・ムースの角だ。根元からポッカリと、そりゃ見事に折れた。


 「ほう」

 「あっ、すいません。後でちゃんと治しますので……」


 間髪入れずに前蹴り。体重を掛けられたからバランスを崩して転倒してしまった。これを勝機とばかりに畳み掛けてくるケリュネイア・ムース。俺の顔や胸、腹をめがけて無茶苦茶に踏みつけてきた。


 殺す気かな? 殺す気なのかな?


 こんなの【亀】を着てなかったら間違いなく死んでるわ。


 「あの……、ひずめまで壊れたら治すのが大変なんで、そろそろ終わりにしましょうか」

 「!?」


 驚愕の表情を浮かべて後ろに退いた鹿。


 「それと起き上がるのが大変なんで、出来れば僕が倒れないように攻撃してください。本当に重いんですよね、このスーツ」

 「驚いたな」

 「衝撃系はほとんど吸収するので、ほぼ効きません。内側に何層もの仕掛けがあってですね、そのすべてが衝撃を殺すのです。外皮も硬すぎるので斬撃も効かない」

 「ならこれはどうだ」


 折れたツノの先がチラチラと輝いていく。


 魔法か。


 押してダメなら引いてみろ、打撃がダメなら魔法を。真っ当な攻め方ではある。


 魔法の対策もしてるっていまから説明するところだったんだけどな……。まぁいいか。実際に見てもらった方が早い。


 ケリュネイア・ムースが使うのは、魔力を属性変化させずにそのまま使用する、所謂いわゆる古い魔法と言われるものっぽい。


 治癒術や付与術、強化術、俺が愛用してる魔力変換式攻撃ギアのような、シンプルな魔力の活用法。魔力を変質させる工程がないからすぐわかる。


 良かった。特殊な魔法じゃなくて。いくつかの魔法はまだ対策できてないんだよな。


 ていうかあんまり環境を破壊するなよ。生物の大量発生スタンピードやられちゃうぞ。あっ、元々この土地の生物だからその心配はないのか。


 鹿が魔法を発動。規模はデカいが想定の範囲内だ。これくらいなら余裕をもって耐えられる。


 「……」

 「魔法攻撃はこのスーツで無効化できます。いくつかの特殊な魔法を除けばね。魔力はこのスーツ内で循環し、背中にあるタンクに貯蔵されます。余剰分は空気中に放散。スーツの破損はタンクに貯蔵された魔力や相手の血液で再生されるので、かなり長い時間戦える。相手の血液を奪う仕掛けはいまは搭載していないのでお見せ出来ませんが、お望みならそのうち披露しても構いません」

 「その服は本当に貴様が造ったのか」

 「えぇ、まぁ。ただ【亀】は本当に使い勝手が悪いんです。対策できていない特殊な魔法を使われると瞬殺されますし、著しく機動性に欠けるので味方のフォローもしにくいし、逃げにくいし、心が折れるくらい重いし」

 「……貴様が知の世界の代表者だと信じてもいい。だが貴様の手を借りずとも仔の一匹育てられんことはない。それが主だとしてもな」

 「なぜ未来を予知できる亀仙は僕を派遣したのだと思いますか?」

 「……」

 「あくまでも僕の予想ですが、あなたのお子さんは死ぬか、それに近い状況になるのだと思います。一番考えやすいのは外敵による捕食ですが、不干渉地帯随一の戦闘能力と知能をもつあなた方が襲われるのはちょっと想像がつきません。繁殖能力が低い生き物は大抵、子育てが上手だったりしますしね。個人的には病気や寄生虫、未熟児などの線が濃厚かと考えています。亀仙は獣の代表者のフューリーではなく僕を残しました。このチョイスに意味があるとするなら、僕らだけが対処可能な事態が起こる、と考えるのが正直かもしれません。感染症や小さな生物、寄生虫、部位欠損なら僕がなんとか出来ますし、怪我や解析が必要な複雑な病気ならマンデイが、毒ならマグちゃんが対応可能です。戦闘力では獣の代表者に劣りますが、僕たちはより柔軟に動けます。今回、あなた方の保護に僕が選ばれた理由がそういう柔軟性なら、おそらく今後、なにか厄介で複雑な事態が発生するかもしれません。そしてその事態は、新しい主の危機かもしれないのです」

 「……」


 無言のまま遠くを眺めるケリュネイア・ムース。


 「もしかしてすでになにか問題があるのですか?」

 「ないことはない。が、貴様が敵でないという確証がまだない」


 敵でない証明か……。


 「僕たちが新しい主を襲うメリットがあると思いますか?」

 「神の土地の簒奪さんだつ

 「不可能です。この土地のトップは獣の世界の管理者であって、主は代理でしかない。ですので主を狩ったところで自分の地位が上がるわけではないし、神の恩恵も受けない。土地の怒りでミンチ肉になるのがオチです。【亀】は耐久特化ですが、さすがに生物の大量発生スタンピードを耐え切るのは無理でしょう」

 「治療用の薬を生成するために我々を狙う者もいる」

 「僕に与えられた能力は創造です。ちょっとこれを見てください」


 地面に転がっていた石を拾い、変質させる。


 「魔銀です」

 「なんと……」


 金属系の加工はコストが高くて嫌だ。発電機なしですると頭がフラフラする。気持ちが悪い。


 「他にもあらゆる素材を創造可能です。わざわざ危険を犯して主にケンカを売る必要もない。僕は知の代表者として、世界の秩序を守るために行動しています。僕が求めるのは、あなたの子供がより良く成長してこの土地を守り、統治することによって得られるパワーバランスの維持と世界の安定。それだけです」

 「わかった。信じよう。ただ少しでも怪しい動きをすれば……、わかっているな?」

 「怪しく見えたら言ってください。で、問題がないことはないと仰っていましたが?」

 「妻が妙な夢をみる。体の具合もかんばしくない」


 夢に関してはなんとなくわかる。管理者関係のなにかだろう。


 しかし体の具合か……。


 ケリュネイア・ムースの体に関する情報はほとんどないに等しい。まぁ似たような生き物の知識が応用できるかもしれないから、一応やってみよう。


 「とりあえず奥様に会えますか?」

 「不本意ではあるが……」


 やっぱりまだ完全には信用されていないようだ。それでも俺を家族の元に案内してくれるってことは、妻の状態がかなり悪いのかもしれない。藁にもすがる思いってやつかな。


 「すぐに向かいましょう」


 と、そのまえに。


 「そうだ! お近づきの印にこのスーツ、差し上げましょうか? どんな攻撃でも防げますよ!」

 「いや、けっこうだ。貴様と私では体のサイズが違いすぎるだろう」


 ……。


 ちっ。また歩かなきゃいけないのか。

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