第106話 重
ミクリル遊撃隊の強化が一段落した頃。
「そろそろ主が産まれる」
と、マンデイが教えてくれた。
フューリーたちが不干渉地帯を出発する直前に、獣の王亀仙が予知した情報を教えてくれていたのだが、ミクリル遊撃隊の強化に集中しすぎててすっかり忘れてた。そういえばそんなイベントがあった。
本来、不干渉地帯が新たな主を生み出すのにはある程度の時間がかかるのだが、長期間の主の不在は神の土地を荒廃させてしまうから、出来るだけ早く主を生まなくてはならない。
では少ないエネルギーで強い個体を生み出すにはどうすればいいか。
最初から強い種を主に選べばよいのだ。
ハマド様にしろアホ鳥様にしろ、種として特別に強力なわけではなく、不干渉地帯の祝福を受けてスペシャルな成長をした個体だ。代表者に施される改造のような事をされるわけである。
主に与えられる恩恵は、体がデカくなったり、大規模な魔法を使えるようになったりとシンプルな強化ではあるが、限られた土地でトップに立てる位のレベルにはなる。
で、今回新しい主に選ばれるのは鹿だ。種の名はケリュネイア・ムース。知性が高く大変な長寿、魔法に優れ、性格は閉鎖的で高潔、一度敵だと認識すると相手の群れや家族を壊滅させるまで止まらない。戦闘能力は不干渉地帯随一。極めて繁殖能力が低いため、この土地に存在する個体は数えるほどしかいない。
神の土地である不干渉地帯で再構成されているということは、壁の外で絶滅してしまったということを意味する。これだけ優秀な種が絶えてしまったのには理由がある。
その昔、土地を巡って二つの種族が争った。
一方は魔法攻撃を得意とし、高い知能で戦略的に攻める高潔な種。もう一方は攻撃が当たらない位に素早く、闇討ちや環境破壊に秀でた種族。ラピット・フライだ。
餌場と土地の争奪が原因で種族規模の戦争になってしまったラピット・フライとケリュネイア・ムース。個体同士の戦いなら毒しか攻撃手段のないラピット・フライに勝ち目はない。広範囲の魔法で逃げる暇もなく絡めとられてしまったはずだ。が、著しく好戦的で情け容赦のない毒虫は、ケリュネイア・ムースの餌場に毒を撒き、水を汚して追い詰めた。
ケリュネイア・ムースの高潔で閉鎖的な性格は生息域を広げるのには向いておらず、また繁殖能力の低さも災いして、個体数は激減していった。更に追い討ちをかけるようにデルア王国の著しい発展の時期が重なり、森が削られたために彼らは絶滅の道へと進むことになった。
「で、その鹿が成体になるまで見守るのが俺の仕事なわけですか?」
フューリーが帰る直前、こんな会話をした。
(うむ)
「でも閉鎖的な性格なんでしょ? 僕の助力を受けるかな」
(亀仙が予知した未来ではほとんどのパターンでファウストと主が親密な関係になっておるらしいのう)
「ほとんど、ねぇ」
ほとんど、ということはうまくいかなかったパターンも存在しているわけだ。
(自然としておればいい。さすれば結果はでるだろう)
うぅむ。一ミクロンの自信もない。
ちなみに知性が高いだけあってコミュニケーションは可能らしいのだが、なにせ情報が少ない種族であるためにどのような手段をとるのかは不明。最悪マンデイが魔力の導線を繋いで、映像で会話することになるだろう。
早速、必要物品を創造してみた。
俺らしく交渉する、簡単そうで難しい。
「と、いうことでミクリル王子、僕たちは少し離れますが、くれぐれもこの土地の生物を傷付けたり環境を破壊しないようお願いしますよ。ていうか外出しないようにしてください。
食糧は農園にも家にも備蓄があるので足りると思います。暇な時に遊ぶボードゲームや様々な道具を創造してみたので時間潰しに活用してみてください。ルゥの自室には大量の書物もあるので読んで貰っても構いません」
「あぁ、それなんだがなファウスト。俺たちもお前に
「随行て……」
「この土地では私よりお前の方が立場が上だ。言い方が気になるなら変えよう。私たちを連れて行ってくれないか?」
「なぜです?」
「この土地はデルア領内にある。主と近しくなっておいて損はない」
そっか。やっぱり王子様なんだなこの人。
「残念ですが、ミクリル遊撃隊と
「そうか……」
「もし無事に接触に成功して、かつ友好関係を築けたら真っ先にミクリル王子にご紹介しましょう。それでどうですか?」
「わかった」
「それじゃ、行ってきます」
「あ、ファウスト」
「なんです?」
「これは魔術か魔法に使う物なのか? 昨日までなかったも思うのだが?」
「あぁそれは暇つぶしのゲームです。◯イスターという遊びですね。この四色の丸に手足を乗せて遊ぶというルールです。詳しい説明書はそこにあるので暇な時に読んで遊んでみてください。仲良くなりたい人とやるとぐっと距離が近づきますよ。あっ、クラヴァンさんには絶対にプレイさせないように。スケべな使い方をしそうだから」
「わかった。遊んでみよう」
ケリュネイア・ムースの生息地はかなり深い森だった。
俺が住む不干渉地帯は獣の世界の飛び地であり、えらく厳しい自然がデフォルトなのだが、その場所はより鬱蒼と木々が生い茂っているせいで昼であっても冬の早朝レベルで暗い。植物相もだいぶ違っており、驚くくらい巨大な花や、ひと目見ただけで絶対に触れちゃいけないとわかる気持ちの悪い色をしたキノコ、身体中にカビ? コケ? の生えたトカゲがいたりと、終始おどろおどろしい感じだった。
この森を一言で表現すると、嫌な感じ、これに尽きる。
今回の作戦は一つだ。新しい主の群れの攻撃を耐えつつ説得。以上。
「ダメそうならマグちゃんの毒で眠らせる。もし広範囲の魔法を使ってきたらすぐに距離をあけてくれ。絶対に無理はしないように。マンデイは俺を盾にしつつ相手に映像を送り続けて欲しい。極力戦闘は避けるけど、もしそうなったら回避と逃避優先で動くからね。ハクは皆のフォローをしてくれ。逃げれそうになかったら水場まで退いて迎え撃つ。相手を傷つけるのではなく、拘束、説得するという意識を忘れないように」
「うん」「わかっタ」(wじょてr)
「マンデイ、亀仙が予言した場所は?」
「もうすぐ」
「わかった。この辺の水場でキャンプする」
「うん」
今回の作戦のために創造したのはシンプルなスーツ一着と既存のスーツの改良、荷物運搬用の風船、即席キャンプ用の器具一式。
新規に創造したスーツは【極楽鳥】。不干渉地帯を出た後の長期移動を想定して考案していたのだが、今回、そこそこ長い移動が必要だったためテストを兼ねて創造、運用してみた。
このスーツの特徴は軽い。とにかく軽い。どれくらい軽いかというと風が吹けば飛んでいく位の重量だ。仕組みはすごく簡単で、スーツ内部に空間を造り、そこを比重の軽い空気で満たしているだけ。端的に表現すると、これは着る風船だ。
今回創造した風船も、【極楽鳥】と同じ原理でフワフワと浮いている。入れる物の重量に合せて浮力を調節すれば、理論上どれだけ重い物でも浮かせて運ぶことが出来るのだ。
改良したスーツは【亀】。耐久力を上げた。ただひたすらに上げた。だからすっごく重い。動き辛いことこの上ないのだが、攻撃力の高いケリュネイア・ムースと戦闘になった場合、とりあえず耐え続けないと満足に説得も出来ない。このスーツは元々、カウンター用のシェイプチェンジを仕込んでいたのだが、今回の目的に合わせて逃避用の仕掛けを施してみた。結構な強度だから、どれだけ強い魔法を食らおうと受け切れる。たぶん。
キャンプ用の器具は調理道具一式や携帯食料、浄水器のように基本的な物は勿論、遊び道具や蓄電器、創造用のマッドサイエンティストセットも含まれる。長期戦になるかもしれないからね。備えあれば憂いなし。
「出産前は気が立ってるだろうから、急に攻撃してくるという事態もありうる。気をつけようね」
「うん」「わかっタ」(wじょてr)
こんな時にリズがいてくれたら超便利なんだけどな。あの悪魔なら簡単に相手を捕捉して、効率的に動けるのに。
「さぁ行こう。マグちゃんは上空に展開。マンデイは俺の背後でハクは最後尾。急襲される可能性もある。周囲には充分に気を配ってくれ」
サーモグラスを使用し、周囲の様子を観察しながら進む。
森の暗い雰囲気のせいで緊張してきた。が、これも神に拾われ、神の土地に救われた男の宿命。張り切っていこう!
「マンデイ隊長。もう一歩も進めません」
「ファウスト……」
「もうやーだー。このスーツおーもーいー。足が痛いしー、膝と腰も痛いしー」
「……」
【亀】改良に気合を入れ過ぎた。
「ハークちゃん。背中にー、の・せ・て」
あっ、いま溜め息ついたなワンコロ。見たぞ。俺は見たぞ!
「マジで辛いのよ。想像の二百倍は辛い。不干渉地帯とかこの世界とか侵略者とかどうでもよくなるレベルで辛い。ねぇマンデイ、もう帰らないか? お風呂入りたいしフカフカのベッドで眠りたいし農園で物造りだけしておきたいしそもそもこの森気持ち悪いし」
俺が駄々をこねていると上空からマグちゃんが降りてきた。
「どうしタ」
「ファウストの心が折れた」
「なゼ」
「スーツが重いんだって」
「もっト軽ク造ればよかっタ。それくらいノ事モ想定しテいなかったノ?」
他はなにを言ってもいいけど、正論だけは止めて欲しかった。いまの状況でそれを言われると心にくる。
「そだね☆」
「……」
「ねぇマグちゃん、もう帰らないか? マグちゃんだって疲れただろう? ゆっくり休みたいだろう?」
「主ハどうすル」
「バカだなマグちゃん。神に選ばれた生物だぞ? 俺がいなくても大丈夫に決まってるじゃん」
「でハなぜフューリーはファウストに依頼しタ?」
……。
「主ガ未熟ナ状態デ生まれル可能性があル。だかラ保護しなけれバならなイ」
…………。
「僕……、もうちょっとだけ……、頑張ろうかな……」
「うン」
もうちょっとだけね。本当にもうちょっとだけだからね。
「ねぇマンデイ、俺、もうちょっとだけ頑張るよ?」
「うん」
「なんかないの? 偉いねとか強いねとか」
「ファウストは偉い」
うんうん。
「マグちゃんは?」
「ファウストは強イ」
うんうん。そうだそうだ。
「ハクは?」
あっ、またこいつ!
「隊長! いまハクが溜息をつきました! なに言ってんだコイツみたいな目をしました! あーあ、いまので完全に心が折れましたー。はい折れましたー。もう農園に帰ります―」
もう帰るもん。こんなスーツ捨ててやる!
と、その時。
「貴様ら、何者だ」
そこにはそれはそれは立派な角の大きな大きな鹿がいましたとさ。
おしまいおしまい。
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