第104話 強化 ノ 時間

 周りに誰かがいると幸せだ。仕事も見る場所も増える。やっぱり俺は忙しい方が向いているみたいだ。退屈は人をダメにするんだな。


 「なぁファウストの旦那。なにを造ってるんだ? かなり物騒な物に見えるんだが」


 声をかけてきたのは新闘将クラヴァンだ。


 「えぇ、これはですね、拘束具兼拷問器具兼処刑道具です。頭や手足に装着します、このように。解除する方法は唯一つ、特定の魔力です。やっぱり魔力関連の品を創造するのは楽しいですね」

 「そ、そうか」

 「時間が経つごとに針は伸びていき、肉に突き刺さり、骨を貫通します。急所は外すので、最後まで苦しめることが出来る」

 「な、なぁ旦那、一つ訊いていいか?」

 「どうぞ」

 「まさか、俺に使うなんて言わないよな?」

 「あはははは。変な質問をしますね。クラヴァンさん以外誰に使うというのです?」

 「ちょっとまってくれ。あの子がお前の女だって知らなかったんだ。それに俺はただ口説いただけだろ?」


 創造してる時が一番幸せだ。


 よし、完成した。早速使ってみよう。


 「へぇ、下着一枚で部屋に侵入して口説いただけ。へぇ」

 「すまん。謝罪する。二度とマンデイちゃんは口説かない。だから勘弁してくれ。痛い痛い痛い痛い」

 「ダメですよ動いたら。それ、動けば動くほど締まりますから。にしても強化術ってホントに便利ですねぇ、常人なら結構刺さってると思うんだけどな。あっ、この器具が壊れる心配は無用。その針、百人乗っても折れないんで」

 「助けてくれ! 誰かぁ」


 にしても固いなクラヴァン。眼球に刺さるようにデザインしとけばよかった。


 「なぁマンデイ」

 「なに」

 「あれさ、眼球に刺さるようにしとけばよかったかな?」

 「そっちの方がいい」

 「そっか、じゃあ今度はそうしよう」


 物音を聞きつけて真っ先に飛んできたのはマグちゃん。


 「どうしタ?」

 「あぁ、マグちゃん。クラヴァンさんがマンデイを襲おうとしたんだ。だからお仕置き中。処刑道具を造ってみたんだ」


 即興にしては中々の出来だ。やっぱり目的がはっきりしている方が造りやすい。


 「妖精さん! 助けてくれ! 殺される!」

 「マンデイを襲っタのなラしょうがナイ」

 「そ、そんな!」


 うん、しょうがない。


 「クラヴァンさんが来世は幸せになれるように皆で祈ろう」

 「うン」

 「俺が先に祈るから二人とも続いて」

 「わかっタ」「うん」

 「クラヴァンさん」

 「「クラヴァンさん」」

 「来世では」

 「「来世では」」

 「どうか」

 「「どうか」」

 「お幸せに」

 「「お幸せに」」

 「ギャ~~~!」


 さて、冗談はこのくらいにして、解除してあげよう。


 あぁあぁ可哀想に、子猫のように震えているじゃないか。


 「冗談ですよクラヴァンさん。殺すわけないじゃないですか」

 「とても冗談には見えなかった」

 「半分本気でしたからね。もしマンデイが抵抗できず本当に襲われていたら、あなたの体は穴だらけになっていたでしょう」

 「え……」

 「この世にはねクラヴァンさん、押しちゃいけないボタンというのが存在しているのですよ。知らなかったからとか間違ってとかそういう言い訳が通じない、シャレにならないボタンが存在しているのですよ」

 「……」

 「あら? クラヴァンさんは返事も出来ないのかな?」

 「は、はい!」

 「今後は、間違っても、ボタンに、触れないように」

 「はいっ!」


 結構騒いだからか、ミクリル遊撃隊の面々がぞろぞろとマンデイの部屋に集まってきた。


 「ファウスト、何事だ!?」

 「クラヴァンさんがマンデイに手を出したのでお仕置きをしてました」

 「なんだと!? クラヴァン! お前という奴は!」


 ミジンコみたいに小さくなるクラヴァン。


 「すいませんもうしません絶対にしません俺去勢します絶対に女の子には手を出しませんえぇ絶対に……」


 ……。


 ちょっとやりすぎたかもしれない。




 こういったトラブルはあるものの、賑やかなのはやっぱりいい。


 食卓を囲むのも大勢の方が美味しい気がするし。


 「クラヴァンさん、すいませんが食後の片づけをお願いしますね」

 「はい! 喜んで!」


 未発達な細胞ベイビー・セルの打ち込みは無事に終了した。妙な反応をしている人は一人だけで後は比較的安定していると言っていい。


 打ち込みから五日程度しか経過していないが、すでに良い変化をしている人がいる。


 筆頭はミクリル王子だ。彼は力が強くなった。握る力や投擲力がいままでと桁違いに高くなっている。天然の強化術といった感じ。このまま成長を続ければ、一対一が鬼のように強いマンデイみたいになるかもしれない。


 次点で弓将のルート君。元々視力には頼らない独特の感知能力をもっていたのだが、その精度が上がった。リズの変態的な聴力を使った感知範囲には遠く及ばないが、相手の感情を読みるような面白い能力を手に入れたのだ。弓の射程以上に感知できているようだからルート君にも超長射程の武器を造ってあげたい。


 そして妙な反応をしている人。


 「アレン君、大丈夫?」


 捕虜のアレン君だ。


 「かゆいです。眠いです。お腹が空きました」


 似たような現象はかつてもあった。ネズミの獣人、ジェイだ。彼女の成長過程は俺が経験した体の改造に似ていた。アレン君は体の改造の症状プラス皮膚の変質がみられる。いまある健康な皮膚がぽろぽろと剥がれていき、赤みがかったウロコのような外皮に変わっていったのだ。


 「めまいは?」

 「少し」


 一応マンデイに経過を診てもらっているのだが、健康上はなんの問題もないらしい。


 このまま慎重に進めていくしかない。


 「ファウスト様、訊きたいことがあるのですが」


 と、声を掛けて来たのは現国王の所有する五将の一人、ユキ・シコウだ。


 新五将の未発達な細胞ベイビー・セルの打ち込みから少し経ってから、彼女はルドに連れてこられた。デ・マウとドミナ・マウという国防の柱を失ったデルア王国は、戦力の増強が最重要課題だった。そして、デルアが出した解答というのが、いまいる五将、ユキ・シコウとワイズ君の強化だ。


 ワイズ君はミクリル遊撃隊に参入しているから、ユキ・シコウは将としては一人、国防を担うことになるらしい。非常に不憫である。


 ちなみに、最初は全兵士に未発達な細胞ベイビー・セルを打ち込むように依頼されたのだが、断った。強化した人間が敵に回ったら困る。管理できる範囲じゃないと無理。


 「僕で答えられるなら。あっ、それと僕に様をつける必要はないですし、口調も普通にしてもらっていいです。そんな風に丁寧な感じでされちゃうと肩が凝るので」

 「しかし――」

 「いいんです。ユキさんの方が人生の先輩ですし、なにより普通にしてもらった方がやりやすい」

 「あぁわかった。だが不快に感じたらいつでも言ってくれ」

 「はい、そうします。で、訊きたいことってなんですか?」

 「ドミナの件なんだが」

 「魔将ドミナ・マウですね。それがどうしました?」

 「ミクリル王子やルド殿から説明はされたのだがどうも腑に落ちんのだ。死霊術というのは簡単な命令を遂行する死の傀儡を操作する術だと思っていた。だがドミナは違った。他の死体とは違い高い知性を感じられたし、感情的な発言もしていた。やはりアイツが死体だったとは考えられない」

 「あくまでも憶測にしかすぎませんが、かまいませんか?」

 「あぁ」

 「あれは複雑なシステムですから」

 「システム?」

 「えぇ、ドミナ・マウとは五百年まえに死亡した死霊術師の名であると同時に、教育メゾットでもあり、部隊の名でもあり、技術の名称でもあるのです」

 「すまん、かみ砕いて説明してくれるか?」

 「えぇいいでしょう。まずはですね……」


 俺が初めて違和感を覚えたのはヨキ隊の救出に向かった時だ。


 マクレリアの事前情報では簡単な死体なら千程度の個体を、操るのが難しい個体なら十程度を同時に操作できるとのことだった。が、いざ戦ってみると際限なく死の傀儡が湧いて出てくるではないか。まるで蜂の巣をひっくり返したように。


 五百年の間に死霊術という魔法そのものが洗練された可能性も考えてはいた。が、それにしても妙だなと思う点がいくつかあった。


 まずはドミナが操っていた死体の殆どが飛竜だった点。


 「ん? それのどこがおかしいのだ?」

 「ユキさんは空を飛ばないからわからないと思いますが、飛行するって結構高度な技術だったりするんですよ」


 風の流れを読んだ上で翼を動かし、目標に向かって進路、高度を変化させなくてはいけない。死霊術がどういうものかはわからないが、確実に言えることが一つある。術者が人間である以上、飛竜を操作するより人間を操作する方が楽に決まってる。


 つまりドミナ・マウは五百年の間に、人間より操作が難しい空を飛ぶ生物を、千以上同時操作していたのである。さすがに強化されすぎだ。


 次の違和感は死体の管理。


 デルア潜入中のリズが、聞きとった情報。地下から音がする、というもの。これによりシャム・ドゥマルトの地下にはドミナ専用の死体の貯蔵庫のような物が存在しているというのが容易に想像できた。


 そしてそういう施設があるなら誰かがそれを管理していないとおかしい。経年劣化しないように適切な環境に保ち、傷ついた死体を修復しなくてはならない。


 誰かがしていないとおかしい。それも死体の扱いに理解があり、あれだけの死体の管理を出来るほどの人手が。一体誰が?


 ユキと共に現れたドミナが護衛も付けずに現れたのも気になった。もしユキが突破されればドミナもやられる可能性があったのにだ。デルアにおいて、ドミナ・マウが国防の要であるというのは小学生でもわかる。ドミナを失えば死体の兵士がすべて再起不能になるからね。だとすると行動が軽すぎる。


 そして五百年前、確かにドミナを殺したというマクレリアの情報も引っかかっていた。毒のスペシャリストであるマクレリアは、同時に人体の仕組みのスペシャリストでもある。そのマクレリアが死んだと言っているのなら、死んでいないとおかしいのだ。


 俺は一つの仮説を立てた。死霊術師は複数人いるのではないかと。


 操作が難しいであろう飛竜が大量に襲いかかってきたのはなぜか。死霊術師が何人もいるから。


 なぜドミナが部下も付けずに一人で敵前に姿を現したのか。ドミナが崩れても死霊術のシステムは破れないと安心していたから。


 死体の管理はどうしていたのか。死体の扱いに理解がある人、つまり死霊術師の部隊が死体を管理していたから。


 死んだはずのドミナ・マウがなぜ普通に動いているのか。複数の術者が操ることでより高度な操作を可能にしているから。


 術者が複数いると仮定すると、違和感はすべて解消された。


 「なるほどな。で、死霊術師が誰かはどうやって判別したんだ? 五将の私ですらドミナの死霊術のカラクリに気づいていなかったのだぞ」

 「解毒の順番です」


 デルア本隊の進軍中に毒を散布した時、敵の様子をリズに観察させていたのだが、特に解毒の順番を記憶しておくように指示を出していた。もし俺がデルアを指揮していたとするなら、まず先に重要な人物から先に解毒するからだ。要となる人物、生物から体の自由をとり戻させる。


 予想ではデ・マウや五将をまっ先に治療し迎撃の体勢を整えるだろうと思っていた。が、彼らが最初に治療したのは何人かの一般兵だった。


 「家に戻ると、マンデイがデルア兵の捕虜を捕まえていました。アレン君です」

 「ん? それがどうした?」

 「なぜこんな大事な決戦にキコリを連れてくるのです?」

 「戦いに数は必要だろう」

 「ユキさんはずっとデルアの人だから違和感がないかもしれませんがね。僕が再構成されるまえに住んでいた世界ではありえないことなんですよ。訓練していない、しかも子供を戦場に放りこむのは」

 「ほう。で、それがどうしたんだ?」

 「最初に解毒されたのはね、すべてアレン君のような装備が整っていない一般兵だったんです」

 「……なるほど」


 魔法や魔術にには有効範囲がある。


 デ・マウが自分の魔術の効果範囲に合せて王城を円形にデザインしていたように、魔法使いや魔術師にとって、その範囲内で戦えるかというのにはかなりの神経を使う。


 だから死霊術師も出来るだけ軍の中心にいなくてはいけない。だが攻撃されると困る。じゃあどうするか。正規軍に扮装するよりはアレン君のような討ち取ってもしょうがないような雑兵を装って軍に潜入すればいいのだ。


 日頃から一般市民を助っ人として雇っていれば、いつもは訓練に参加していない人物が増えても違和感なく軍に忍び込める。


 「すべてのピースが揃いました。あとは術者らしき人物を遠距離から安全に処理するだけの簡単なお仕事です。まぁ結果的にドミナ・マウには逃げられましたが」

 「……」

 「どうしました?」

 「あの日からずっと、なぜ負けたのかを考えていた。お前の話を聞いて納得がいったよ」

 「えぇ死霊術を攻略できたのが勝因でした」

 「いや、そういうことじゃない」

 「え?」

 「お前がいたからだ。敵にお前がいたから我々は負けたのだ。しかも神から授かった能力ではなく、お前個人の能力に我々は負けた。代表者は以前生きていた世界の記憶があるというな、お前はさぞ有名な将だったのだろう」

 「いや、ただの引きこもりでした」

 「引きこもり? 冗談だろう」

 「マジです。がっつり引きこもってました」

 「知の世界に生まれなくて良かったよ。引きこもりのお前がこれほどの能力を持っているなら外の連中はどれだけ強いんだ。そんな世界で生き残れる自信はない」


 なんかすごい誤解をさせてしまった気がする。が、まえの世界を一から説明するのも面倒だ。


 まいっか。このままで。

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