第102話 過保護

 リズと離れること自体にそう抵抗はない。


 使命のある俺の周囲で暮らしていくには、彼女は優しすぎる。いつか離れる日が来るかもしれないとは考えていた。


 だがこのまま離れてしまったら、あの子、無策で侵略者のところへ行って「もう侵略はやめてください。世界を平和にしましょう」みたいなことをしでかすような気がしてならない。そんなんで平和になればいいよ? でもたぶんダメだ。それで終わるなら勇者はいらん。


 いっそフューリーさん家に留学させるか? あそこには無敵の前線がいるしリズの負担はいまより少なくなるだろう。アホ鳥様との相性もいい。だがフューリーのところへ行っても、戦いが続ことに変わりはないか。


 非戦闘要員としてゲノ・オブ・ルゥに残ってもらうという選択肢もないことはないが、そうなったらそうなったで別の方へ悩みそうな気がする。「皆が戦っているのに私は……」的な。


 仲間が負傷した時に、「私のせいで」みたいに考えて、また変な行動とられてるパターンもある。


 どう転んでもうまく行きそうにない気がする。もういっそ達者でいることを願って潔くバイバイするか。いや、このまま別れたら心配で夜も眠れない。


 「なにを悩んでル」


 独りでうんうんと悩んでいると心配したマグちゃんが声をかけてきた。


 「リズの進路。もう戦うのは無理みたいなんだ。でもこのまま放り出したらまた侵略者相手に単独で突っ込んだりしそうな気がしてな」

 「リズなラ、やり兼ねなイ」


 ですよねぇ〜。


 「かといってフューリーさんの所に預けても誰かと戦うことには変わりはないしねぇ」

 「確か二」

 「なんか良い案がないかな」

 「護衛ヲ付けれバいイ。リズが間違っタ事ヲしなイ様二見張ル護衛ヲ」


 なるほど。


 「それ、誰がするの?」

 「私ハしなイ。使命ガあるカラ」

 「うん。マグちゃんに抜けられるとすっごく困る」


 頼むなら離れ離れでも安心できるくらいの実力があって、あらゆる局面に対応する柔軟性、そしてリズの暴走を止める冷静で賢い人物、か。


 う〜ん。一人しか思いかない。




 「と、いうわけなんですがお願い出来ませんか?」

 「なぜ俺が」

 「ヨキさんしか思い浮かばなかったんです。アホの子リズさんの暴走を止めて、かつ護衛としても優秀、冷静で経験豊富。もし今後の予定がなかったら、でいいのですが無理でしょうか」

 「確かに俺にはもう帰る場所もない。したいことといえば剣の腕を磨くくらい。だがな……」

 「やっぱり辛いですか?」

 「いや、辛いということはないのだが」

 「だが?」

 「俺は一度ミスをした」


 へぇ、ヨキちゃんも色々考えてるんだな。


 「学んだのでしょう?」

 「ん?」

 「ミスをしたという自覚があり、今後したくないという意思がある。人はそうやって成長するんですよ。次におなじような局面に遭遇したらきっとヨキさんは以前より優れた決断を下す事でしょう」

 「……」

 「剣の道もそうじゃないですか? 何度も負けて、ミスをして、それでも上へ上へと這い上がり現在いまの場所まで辿り着いた」

 「あぁ」

 「いま心から信頼してこういうことをお願い出来るのはヨキさんしかいません。リズを……、僕の数少ない友人の一人を守ってあげてくれませんか?」


 少し間が空いた。そして。


 「……わかった、引き受けよう」

 「良かった。ヨキさんが護衛してくれるのなら安心だ。感謝します」


 このようにして優しすぎる悪魔リズベットと消える剣士ヨキの離脱が決定した。


 二人の離脱をメンバーに伝えた日の晩、ゴマがヨキに付いて行きたがっているとフューリーから教えられた。


 そういえば最初に傷ついてはぐれたゴマを拾ったのはヨキだったし、ゴマが一番懐いていたのもヨキだった。だからゴマがヨキについていきたいと思うのは当然の帰結なのかもしれない。


 理解はしているし本人たちの意思は尊重してあげたい。が、こうも戦力が欠けると辛いものがあるなぁ。


 「と、いうわけなのですが、リズさん。ヨキと行動を共にしてもらってもいいですか?」

 「別に構いませんけど、そんなことしたらファウストさんが困らないですか?」

 「困らないこはないですが、永久にリズさんを失うよりはマシです」

 「いいです。私なんかのために……」


 ネガティブ悪魔。まぁいまは心が弱っているししかたがないか。


 「じゃあ僕のために生き残ってください。リズさんがいなくなったらすごく悲しいので」

 「でも……」

 「あとこれは僕の罪滅ぼしでもあるのです」

 「罪滅ぼし?」

 「えぇ。リズさんには辛い思いを沢山させたしたから」

 「いえ、そんな」

 「旅に必要な物資を創造するので、不干渉地帯を出立するのは少し待ってもらっていいですか? お二人が生活に困らないようにしっかりと準備をしますから」

 「なにからなにまですいません。ファウストさんには返し切れないほどの恩があるのに私、裏切るような真似をして……」

 「恩を返したいですか?」

 「え? えぇ、出来ることなら」

 「じゃあ約束してください。今度会う時まで達者でいると。心も体も健康でいると。それで全部チャラです」

 「……はい、約束します。ファウストさん、本当にありがとう。あなたに会えて良かった」

 「僕の方こそありがとう。リズさんには何度も救われました。さぁ、暗い顔はもう止めだ。ケンカ別れするわけでもないですし、旅の必要物品が仕上がるまでは楽しく過ごそう」

 「はい! そうですね!」


 それから約一週間、俺は旅の準備のために奔走した。彼らに危険が及ばないようデルアに根回しをし、必要物品を創造しまくった。


 管理者からのギフト、創造する力はこういう時にこそ本領を発揮する。フューリーのような圧倒的な個ではなく、水の代表者のような恵まれた体もない。が、守りたい存在に最高の防具や武器、生活用品を造ってあげられる。こういう場面に直面すると、この能力を貰って本当に良かったと思う。


 「さて、おおよそ旅に必要な物は創造し終えました。説明をさせて貰いますね」

 「おい、ファウスト、まさかとは思うが、お前の後ろにある物を全部――」

 「おっとヨキさん、質問は最後にしてください。いまされたら混乱しちゃいます。

 まずは戦闘の必需品から。

 この箱はリズさんの弾丸を造るための物です。砂や石を入れて魔力を注いでください。終われば勝手に箱の蓋が開きます。入れた物によって重さや強度が微妙に変わるので、何度か試し撃ちをして感覚を掴むように。

 予備のライフルと、これは近接用の銃、リボルバーです。一回の装填で三発しか撃てないので、本当に追い込まれた時用ですね。

 そしてこの箱はヨキさんの体のスペア。箱の側面に部位を記載していますので。骨、筋肉、腱、内臓、皮膚、眼。定期的に新鮮な肉を食べさせてあげて、日に一度は空気の入れ替えと水分の補給をしてくださいね。放置していたら餓死したり腐ったりするから。

 次は移動用、馬車ならぬ犬車です。

 光を吸収しエネルギーとして活用してくれる上、有機物を分解して走ることも出来ます。ゴマの負担を軽減するためのギミックですね。代謝した不要物は側面のボックスに蓄積されていくので、ちょこちょこ清掃してください。

 これが寝台用の犬車、これが台所、これがトイレ、これが輸送用、これがお着替え用でこれがプレイルーム。

 そしてこちらが資産です。デルアに滞在する可能性を考慮して貨幣を準備しました。ミクリル王子にデルア王国の物価を訊いて一生遊んで暮らせる位の金額を集めてみた。あっ、創造した武具などを売って集めたお金なので正規の貨幣です。贋金ではありません。

 この辺はデルアを出たいと思った時のことを考慮して造った物です。

 金、銀、銅、魔銀、オリハルコン。この辺はデルアでも売れますし、小人の国やドワーフとも売買できるらしいです。一気に売っちゃダメですよ? 値崩れしちゃうんで。

 で、これは宝石類。ダイアモンドは小人やドワーフが好み、トパーズやアクアマリンは水の知的な生物が好むそうです。これはアメジストですが、ある種の獣人の魔法使いからの安定的な需要があるそうで、相場が安定してるっぽいので創造しました。

 ついでに指輪や首飾りも造っちゃいました。自分で言うのもあれですが、最高の仕上がりになっています。そこそこの値で売れるでしょう。サイズは女性物はリズさん、男性物はヨキさんに合わせてますので、付けたかったら付けてもらっても構いません。お洒落、大事」

 「おいファウストお前――」

 「質問は最後にまとめてどうぞ。

 あと服ですね。フォーマルからカジュアルまでしっかりと揃えています。特にフォーマルはミクリル王子監修なので、王族のパーティーとかにも着ていけますよ!」


 リズがおずおずと手を挙げる。


 「ファウストさん。ちょっと教えて欲しいのですが、このウサギの耳のような物はなんでしょうか」

 「質問は最後にまとめてして欲しいのですが……。まぁいいでしょう。これはバニーガールコスです。男を悩殺できるので一応造ってみました。悩殺したい時に使ってください。あっヨキさんのまえで着たらダメですよ? 悩殺されちゃう。ネコ耳、クマさん、変わり種のブタ耳もありますよ。

 被服系は他にも侍コスや都市迷彩、ミニスカポリス、ゾンビ、バンパイアなどもあります。TPOに合わせて使い分けてください。

 次は生活用品ですね。

 右からケバブセット、でこれがジンギスカン、多機能鍋十点セットと万能包丁七点セット、香辛料一式、蒸し器、調理器具一式。器具には説明書を添付していますので、使い方がわからなかったら読んでみてください。あと刃物系は【夜風】やゴマの装甲と一緒で自己修復機能があるので、切れ味が悪くなったら血液などを吸わせてください。血などがない場合のために研ぎ器も創造したので、是非活用してみてくださいね。こうやってシュシュシュとやって貰うと、あら不思議、新品の切れ味に。

 で、この辺は暇つぶしの道具です。ルゥの著書の中から学術的でなく読みやすいものをピックアップして複製してみました。ちょっと文化的な気分の時は読んでみるといいかも。

 でこれは美容、整容セット。右から美顔ローラー、顔用パック、化粧水、乳液、ファンデーション用のコンパクト、紅、むくみ取りソックス、毛抜き、カミソリ、眉毛用のハサミ、耳掻き、爪切り、ヤスリ、綿棒、孫の手。自信作は孫の手です。なんとこれ、シャキン! 伸びます。もう背中が痒くて悩む心配はしなくていいですね!

 ちなみに化粧水などは穀物をベースに創造したので、なくなりかけたら穀物と水を混ぜて放置してください。勝手に増殖してまた使えるようになります。

 あとはバトミントンセットと、キャッチボール用のグローブとボール、ゴルフセット、カードゲームとボードゲーム。あっ遊び方は同封されている資料を読んでみてください。

 これは波の音を再現する楽器です。木の枝などに吊るして貰うと風に揺られて……。ほら癒されるでしょ? 眠れない夜なんかに使ってもらうといいかもしれませんね。

 クッキーも焼いちゃいました。乾燥剤と一緒に入れているので日持ちはすると思いますが出来るだけ早く食べてください。お腹壊しちゃう。

 そうだ! もしお腹を壊したらこれを飲んでみてください、マグちゃんと合作した薬です。とりあえず二年分位造ってみました。胃薬と、ケガに塗る軟膏、頭痛薬、包帯、眼帯、麻酔、骨折した場合の添え木、目薬、点鼻薬、吐き気止めと酔い止め、めまいの薬、気分をリラックスさせてくれる薬、睡眠薬、緩下剤、下痢止め、滋養強壮剤、自白剤、眠気止め、湿布は温湿布と冷たいやつの二種類、抗生物質、この辺も各種二年分くらいあります。

 あとはですね……」

 「おい! 過保護鳥!」

 「な、なんですか急に大きな声を出して」

 「これを全部持っていけると思うのか?」

 「えぇ、そのために犬車を創造したので」

 「はぁ」


 海のように深いため息をつくヨキ。


 なんだ? なにかヨキの気に触る物でも物を造ってしまったか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る