第95話 狙撃
◇ 闘将ユキ ◇
敵が使ってきたのは毒。
前回とおなじ手だ。だがこちらには死神ドミナ・マウがいる。簡単に解毒できるはず。
だった。
自軍に動きはない。
神の土地の壁から生まれた獣の群れは、なんの迷いもなくこちらに突進してきている。
なにをモタモタしている。早く解毒を。
身体がだるい。まるで訓練用の重りを抱えながら戦っているようだ。
やはり予感は当たった。この戦いは良くない。勝ち負けや生死の問題じゃなく、もっと別の、なにか別の物を奪い合っている。
その時、宰相デ・マウの声が頭に響く。
『案ずるなデルアの子よ。この程度の策、児戯に等しい。貴様らの後ろには私がいる。心置きなく戦うがいい』
奴の十八番、付与術だ。体のだるさが引いていくのがわかる。が、いつもより精度が低い。感染症にかかったような体の重さがまだ残っている。
このまま毒が回っていったらどうなる。倦怠感の次はなにが来る。ドミナはなぜ解毒しない。
くそっ。敵が見えない。敵はどこだ。敵は誰だ。この獣の群れを倒せば私たちの勝利なのか?
◇ 舞将リッツ ◇
「やはりこの戦い、勝ち目がないね」
「リッツ様?」
「ルート。君はここにいなさい。僕はヨルを討ち取ってくるよ」
「いけません。ルベル様から貴方を助けよと言い付けられているので」
「ねぇルート。僕たちはきっと負ける。最初からそうだった。全部後手に回って、楽に攻められてる。ドミナがこの毒を解毒しようとしないのはなぜだと思う?」
「わかりません」
「出来ないんだよ。相手はこちらの手の内を読んでる。いつも巧妙にこちらの穴を突いてくる。凡庸なトップの我々には勝ち目がない。そういう場合、敗戦国に住む一人の人間として、そして軍人としてなにをすべきかわかる?」
「すみません。僕は一般人なので」
「なら教えてあげるよ。もう未来がないと理解した時、自分が乗っているのが泥船だと知った時、人は希求するんだよ。己の生の意味を」
「どういうことでしょう」
「君はここにいて獣を狩りなさい。それでいい」
「しかし……」
「二度は言わないからよく聴けルート。僕の邪魔をするな。僕の愉しみを奪うな。少しでも長く生きていたいのなら」
「……」
血が欲しい。アイツの体を壊したい。悲鳴が聴きたい。
あぁ興奮する。アイツがいる。ヨルがいる。
すぐそこに。
◇ 魔将ドミナ ◇
「ドミナ! 毒の解析はまだか!」
デ・マウ。
偉そうに、無能め。
誰のお蔭でいままで勝ててきたと思ってるんだコイツは。
「どうやらラピット・フライが繁殖に使う毒のようだ」
「それがわかってるなら早く解毒しろ。魔力の無駄だ」
「無理だ」
「なぜ」
「拮抗する毒を入れて緩和する以外、道はない」
「ならば早く」
「出来ない」
「なんだと?」
「解毒はお前が思っているような単純なものではない。これだけ特殊な毒となると相応の時間がかかる」
「致死毒なのか?」
「いいや、違う」
「ならばこのまま押し切る。不干渉地帯の獣さえ根絶させてしまえばいい。後は囲み、潰す。獣共は無策に突っ込むことしか出来ん。いまの状態でも殲滅できる」
無策に突っ込む、か。
前線に出している巨人の死体から送られてくる情報から判断するに、訓練されたこちらの兵より獣の群れの方が断然統率がとれているようだ。
「デイ、獣共の動きはお前が思う以上に洗練されているぞ。まるで、ダンスのようだ」
「奴らは我々に対抗するためにいま生み出された生物だろう。なぜそんな動きが出来る」
「恐らく敵に獣を操る指揮官がいる。この上なく優秀な指揮官だ」
「誰だ! 早くそいつを潰すんだ!」
「いま探している」
どれだ。どれが指揮している。獣の群れが見える場所。
上空か? 狂鳥は……、雲の中に隠れた。
怪鳥は群れのまえの方で戦っている。とても味方の位置を把握出来る場所にいない。
「む?」
「どうしたドミナ」
「いや送り雀が一羽、やられた」
なんだ? なにをされた。まったく見えなかった。
流れた矢にでも当たったか。
地上に指揮官がいるとすれば、前線の少し後方に位置取っているか。
「ん?」
「今度はなんだ」
「また送り雀がやられた。なにかが攻撃してきている。見えない攻撃だ」
「敵には姿を消す者がいるという。飛竜で送り雀を護衛しろ」
まただ。またやられた。なんだ。なにをされてる。
ん? 羽?
「なにかが飛んでいる。それもかなりの高速だ。完全に送り雀をターゲットにしている。ラピット・フライもやられているようだな」
「ぐ。これじゃまるで……」
「手の内がすべて見透かされているようだな」
「指揮官はどこだ。早く見つけろ!」
なにかは知らんが、よくも俺のコレクションを壊してくれたな。
この埋め合わせ、貴様らの体でしてもらうぞ。
残った送り雀で上空から敵陣を観察する。
と、ある個体に目が止まった。
敵陣の中央、やたら首を振って周囲の様子を見ている狼がいる。手薄になった場所にすぐに駆けつけ爪を振り下ろす。戦況が安定すれば別の場所へ。まったく無駄な動きがない。種族も戦闘スタイルも違う周囲の獣共の動きに合わせて、常に最適な行動をとっている。
中心にいる狼。銀色の毛。一際大きな体。
アイツか。
「指揮官は銀色の毛の狼だ。巨大な体」
「王都に攻め入った狼か」
「可能性はある」
「ドミナ、その銀の狼にこちらの獣をぶつけるようグラドに指示を出せ」
「あぁ」
指揮官さえ抑えれば戦況は有利に進むだろう。
あと厄介なのは、送り雀を攻撃している【なにか】だな。
◇ 弓将ルベル ◇
戦況はこの上なく混乱している。
毒のせいか体も重い。
だがどんな状況になったとしても俺がすることは変わらん。
最も厄介な敵はなにか。
大量の獣? 違う。飛ぶ男? 消える剣士? ユキが警戒する女? 違う。全部違う。
意識外から弓以上の射程で、強力な一撃を放ってくる奴。尖った金属を飛ばしてくる魔法使い。アイツだ。アイツを討ち取らないことには始まらない。
絶対にアイツだけは俺が処理しなくてはならない。アイツを放置しておいたら味方が一方的に殺される。だから絶対に。
アイツの魔法は簡単にこちらの重要人物を殺せる。宰相やドミナ、ユキがやられればジリ貧になるだろう。
戦況が混乱している? 好都合。
毒にやられた? 好都合。
弓の射程内にさえ入ってしまえば確実に射抜ける。相手が有利なかの局面こそ、敵が前のめりになったこの瞬間こそ弓兵の不意打ちが生きる好機。この雑然とした戦況の中に立つたった一人の弓兵を見つけることが出来る者などいるはずがない。
俺は弓将。デルア最高の一射をもつ男。俺の距離で負けるわけにはいかない。
弓兵団から離れ、森に身を隠す。敵の位置はわかっている。どの様な魔道具を使っているかはわからないが、金属を飛ばしてくる魔法使いの周囲の空気は歪んでいるのだ。周囲の色に紛れ込むように、アイツはいる。
他の兵士には見えるまい。だが俺にはハッキリと見えている。お前の場所が。
もう少しだ。もう少しで弓の射程に入る。
その時、どっと体が重くなった。
宰相の強化付与の射程から外れてしまったか。
重い鎧を装備している気分だ。足が動かない。
そして何故か下半身が元気になってくる。何故だ。
退くべきか? 自軍と足並みを合わせて接近すべきか?
いいやダメだ。それでは味方の被害が増える。あの魔法使いは一刻も早く墜とさなければならない。
いけるか? いける!
一射で決める。
なかなか言うことを聞かない体に鞭を入れ、なんとか弓の射程圏内まで近づいた。
受けてみよ。デルア王国最高の矢を。我等は勝利の――
ゾクッ
弓を引き絞った瞬間に感じたのは寒気。
見られてる。
違う。
ずっと見られてた。
どうしてそんな芸当が。
獲物は、
俺だ。
一瞬、光が見えた。
そして気がつくと、俺は地面に倒れ、空を見上げていた。
肩から生温かい物が流れている。
食らった。
金属を飛ばす魔法を。
負けた。
俺が……。
いや、まだ負けてない。
あの魔法使いだけは絶対に墜とす。絶対にだ。
左腕はもう使えない。
使えるのは右腕と両足。だがそれで充分だ。
敵の攻撃は直線的に飛んでくる。しかし矢には曲射という技術がある。
射線を切れば、利はこちらにある。
俺は走った。力の限り。不思議と痛みは感じない。あるのは使命感。そして戦うという意思。
いままで培ってきた技術が、俺にはある。遮蔽物を使って敵の視線を切り、隠れ、潜伏し、そして、一方的に射る。
あの魔法使いを絶対に。絶対に討ち取る。
体が重い。泥の中を駆けている気分だ。血が止まらん。力が入らない。
林に身を潜める。もう大丈夫だ。視線は切った。絶対に見られていない。
曲射で捉える。俺は負けない。足で弓を抑えて引き絞る。力を入れれば流れ出る血。
いまさら体のことなぞ考えてもしょうがない。
これが人生最後の一射になっても構わない。アイツをやれるのは俺だけなんだ。だから。
矢の軌道を計算。敵の頭上に落ちるように――
ゾクッ
まただ。
また見られてる。
なぜだ。
なぜお――
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