第82話 夜 ノ 訪問

 【ホメオスタシス】、ゴマのアーマーとハクのマジックスーツ、ルドの経過観察とジェイのリハビリ、ルゥの治療。


 すべきことは山積してる。


 創造系のお仕事は、まち時間がひたすらに長い。創造する、増殖させる、試す、考察する。まったく勇者感のない地味な作業の繰り返し。たぶん今回の俺の人生、最後の一瞬までこんな感じなんだろうと思う。そんな予感がする。


 だがまぁ、他人の存在にビクビクしながらただ引き篭もってただけの前世に比べれば、ずっとマシだ。それなりに頼りにされてるし、やり甲斐がある。


 空いた時間はルドやマンデイと魔術のお勉強をしたり、ジェイやマグちゃんとお喋りしたり、獣班と一緒に狩りをした。誰かと一緒にいると地味な作業も苦にならなかったりする。まえの人生で感じることが出来なかった喜びだ。


 ある日のこと。


 「ねぇねぇファウストさん」


 声をかけてきたのは暇を持て余したオスト、もしくはヴェストである。


 「なんです?」

 「ちょっと思ったんだけどー」

 「はい」

 「ファウストさんって全然代表者みたいじゃないよねー」


 グサっ。


 言葉の刃が胸に刺さる。なんだいきなり。


 「そ、そうですかね。でもほら、空飛べる人なんてそうそういませんし、それにこの農園だって、マンデイだってぜーんぶ僕が造ったんですよ」

 「うんうん。でもファウストさんってなんだか地味だし、異常に腰低いし」


 グサグサっ。


 「周りのメンバーだってさー」

 「あっ、確かに。悪魔と幽霊と人形と毒虫とおっきな獣だもんねー」


 グサグサグサっ。


 「なんか正義の味方っていうよりー」

 「悪の親玉みたーい」


 グサグサグサグサっ。


 「やってることも悪人みたいだしねー」

 「ホントホント」


 ……。


 「別に僕だって好んでいまのメンバーを集めたわけじゃないしやってることが悪人だって言われても戦略上しょうがないことだったしリズさんもヨキさんも性格悪くないから別に親玉って感じじゃないからそんなこと言われてもしょうがないじゃん地味なのは生まれつきそんな感じだからどうしようもないしていうかマンデイは人形だけどもう生き物に近いしゴマも昔はすげー可愛くていまみたいなゴツい雰囲気になるなんて想像できなかったから僕の責任じゃないし。地味……。地味……。」

 「ごめん!」

 「落ち込まないで!」

 「腰低いのだって年下だしまだ立場的に弱いから相手を不愉快な気分にさせて不利益をこうむりたくないっていう考えがあってのことだしそりゃフューリーさんみたいに国に認められた代表者は楽でいいですよでも僕みたいに権力者から睨まれたらどうしょうもないじゃないですか僕だって代表者みたいなことしたいさフューリーさんみたいにカッコいい感じになりたかったさ聖剣とか振りまして女の子にキャーキャー言われてハーレム築くみたいな展開を妄想したさ」

 「あっヴェスト、私用事思い出しちゃった」

 「わ、私もー」

 「でも現実的に無理じゃないですか初めて攻撃されたのが五歳でそこから生き残るために必死だったし芋虫とかカエルとか食べてなんとかここまで来たわけだから味方が悪役っぽいとか考える余裕もないじゃないですかていうか結構派手だと思いますよこのまえだって僕王都を吹き飛ばそうとしたんですよ二人にも見せたかったファンさんに阻止されたから結局失敗しちゃったけどもし成功してたら絶対に地味なんて思わなかったはずだしなんなら今度不干渉地帯を吹き飛ばしてご覧にいれましょうかフフフ、フフフフフフフ」


 …………。


 あれ? 双子ちゃんはどこへ?


 というより俺はなにを?


 憶えてない。なにがあったんだろう。





 なんだかんだでこ良い機会だったかも知れない。


 デ・マウ打倒のために集まったメンバー。種族も背景も年齢も能力もバラバラだけど、この期間がクッションになったお陰で、少しずつ理解できてきたような気がする。


 ルドはルゥ関連になると変態っぽくなるけど、普段は意外と常識人でしっかりしてる。双子ちゃんはただ天真爛漫なだけではなく空気を読むとこは読んで立ち回ってるように思う。ジェイさんは最近大人しくて、マグちゃんと仲が良いみたいだ。いつも顔を赤らめてるけど熱でもあるんだろうか。あの人、強がりだからしっかりケアしてあげよう。


 未発達な細胞ベイビー・セルの打ち込みをおこなったルドだが、やはりなんの問題もなさそうだ。限りなくルゥに近づいた。そんな感じ。


 ルゥはとりあえず落ち着いている。Dr.マンデイも、いますぐに心停止する可能性は低いだろうって言ってたし、状況は悪くない。


 最近、創造系のお仕事の合間にゆっくり時間をかけて皆と接している。仲間っていいなって思う。これからどうなるかなんて、誰にもわからない。今回デ・マウに捕まって命を落とすかも。でも、いまこの瞬間はみんなと出会えて良かった。心からそう思える。


 ずっとこんな風に、なんて考えてしまう。


 あっ、これって死亡フラグかな? しみじみ、シリアス。違いますよー。回収しに来ないでねー。


 「よし、行くかマンデイ」

 「うん」


 準備期間にみんなと相談して作戦を固めた。


 まずデ・マウの魔術対策の【ホメオスタシス】の実証実験だが、これを担当するのは俺とマンデイだ。ルドの魔術通路を使って【ブルジャックの瞳】に感知、対応されるまえに急襲する。


 いままでの経験上、竜騎士の数が少なく、かつ敵の反応も鈍い夜中に決行することに。


 ムダにスペックの高いリズの目は視程なんて概念はないようで、夜中でも遠くまで見える。どういう原理なのかはさっぱりわからない。そこまで視力が良くなったのになぜ味覚はまったくだったのだろう。それもどういう原理なのかさっぱりわかってない。


 今回はあくまでもデ・マウに魔術を使わせることが目的だ。問題は【ホメオスタシス】がきっちり働いてくれるかどうかのチェック。もし効果がなければ逃げ出すことも出来なさそうだ。かなり苦しい展開になるだろう。


 だが自信はある。【ホメオスタシス】さえ機能すれば俺とマンデイの脳はあらゆる変化を受けつけない。無感情。常に平然としていられるはず。


 マンデイには魔力を電気に変換する器具を装着した。【ホメオスタシス】を活動させるのは襲撃の直前だ。


 襲撃計画は二つのステップからなる。



 STEP・1


 デ・マウの魔術の効果範囲内に侵入。


 魔術による精神攻撃、幻覚を防ぐことが出来るかをチェックする。


 これをすることで得られるメリットは、魔術を無効化できると確信をもてること。デメリットは相手にこちらの手札がバレるということ。


 ルゥ以外の【ゲート】持ちがいて、精神攻撃を無効化できるという情報を与えてしまうことになる。


 あまり考えたくはないが、もし無効化できなかった場合、確実に捕まるというリスクも。


 不意打ちに使えそうだから極力手の内はバラしたくないけど、ぶっつけ本番で効果がなかったので全滅しました展開を避けるためには仕方がない。


 無効化できなかった場合は南無三。


 デ・マウと何度も対面できるはずもないから、そもそも【ホメオスタシス】が発動しないのなら後で詰む。結論が早いか遅いかの違いだけ。



 STEP・2


 ここから分岐する。


 まず【ホメオスタシス】により精神攻撃を完全に無効化できた場合。

 

 その場合は、近くにいる兵士と戦う。デ・マウの付与・強化の具合を確かめるのが目的だ。


 ある程度戦ったら撤退する。あくまでも相手のレベルの確認をするだけ。


 もしお手上げレベルで強化されてたら、死ぬ気で逃げ切って不干渉地帯に引きこもる。相応の時間をかけて、なんらかの策を講じなければならないだろう。


 次に【ホメオスタシス】が中途半端に精神攻撃をカットした場合。


 すぐ逃げる。命を大事に。


 逃げ切ることさえ出来れば次がある。新しい武器や防具を創造すれば可能性があるが、死んだらなんにもならない。


 最後に【ホメオスタシス】がまったく機能しなかった場合。


 とりあえず全力で抵抗する。頑張って逃げる。もしダメそうなら援軍が来るまで粘る。ギリギリまで粘って、それでもダメなら即死できるスペシャルな毒を使って自害する。


 万が一にもないだろうが、チャンスがあればデ・マウを討ち取る。あるいは【ブルジャックの瞳】を破壊するという姿勢は忘れない。


 もし捕まったらムドベベ様、ジェイ、リズの遠距離部隊がデ・マウの魔術効果の範囲外から牽制し救出を試みる。一応そういうことにはなっているが、遠距離からチクチクやったところで感は否めない。


 相手を苦しめることにかけてはデ・マウの右に出る者はない。痛みの幻覚、人工的にデザインされた呼吸苦や疲労、思い出したくないトラウマの鑑賞会。奴は敵の心をイジメるプロだ。耐え切れる自信がない。


 それにもし俺が精神支配を受けて相手の手駒になってしまったら、みんなに迷惑をかける。俺が敵に回ったら、かなり苦労するだろう。


 ちなみに致死性の毒を携帯していることはマグちゃん以外のメンバーは知らない。ムダに不安を煽るような情報を与える必要はないからね。


 死にたくはないし使命はある、が、デ・マウの拷問だけは受けたくない。死んでも嫌だ、ってやつだ。


 「ファウスト、怖い?」

 「いや、怖くない」

 「嘘」

 「そうだな。嘘だ」

 「大丈夫、マンデイがいる」

 「心強い」

 「うん」

 「なぁマンデイ」

 「なに」

 「危なくなったら逃げろよ」

 「嫌」

 「言うと思ったよ」


 可愛い奴だ。


 こんな風にマンデイとイチャついていると。


 「繋がったぞ」


 と、ルド。


 「ちゃんとデ・マウの射程外に繋げましたか?」

 「問題ない」


 装備の最終チェックだ。スーツは問題ない。リングも装着した。子機は攻撃全振り。


 「マンデイ、電気を止めろ」

 「うん」


 【ホメオスタシス】を発動させる。


 しばらくすると緊張で高まっていた鼓動が落ち着いていく。恐怖もない。デ・マウに対して常に感じている怒りもしずまっていく。


 正常に働いてくれているようだ。


 「おい、ファウスト」


 と、ヨキ。


 「なんです?」

 「本当に行くのか」

 「えぇ」

 「死ぬなよ」

 「そのつもりです」


 マンデイを抱える。


 城内戦、狭所での戦闘の可能性があるため、獲物は短くて扱い易いトンファー。


 「行くぞマンデイ」

 「うん」


 欲張るなよ、俺。


 デ・マウに攻撃するのは確実にやれそうな場合だけ。安全第一。


 やる。やれる。絶対に成功する。


 スーツに魔力を込めて、【ゲート】に飛ぶ。


 いくつかの通路を潜り、デルア王城の上空に出た。勿論もちろん待ち伏せしている竜騎士の姿はない。静かなもんだ。


 というより俺の心が静かだ。とても冷静でいられる。【ホメオスタシス】の効果だろう。


 まるで王都そのものが眠っているようだ。


 視界を【ナイトビジョン】にスイッチする。美しい街並みと城。いままで余裕がなくて気がつけなかった。こんなにも整然と、綺麗に建造物が配置されていたのか。



 カン、カン、カン、カン、カン、カン。



 静けさにヒビを入れるように夜に響く警鐘。


 俺の動きは【ブルジャックの瞳】のせいで筒抜けである。


 敵の親玉が突如上空に現れたわけだ、さぞかし困惑していることだろう。


 「マンデイ。行くぞ」

 「落としていい」

 「止めとく。一緒に動こう」

 「うん」



 【振動・踏みつけ】



 ガラガラと音をたてて崩れる城の天井。舞う粉塵ふんじん


 こんばんは。


 遊びに来たよ。

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