第63話 潜入 王都 Ⅱ

 翌日、勤務先を紹介された。


 娼館と言われたから、ってきり特定の店舗の護衛をするものだと考えていたが、いくつかの店を担当するらしい。俺たちが住むのは【昇天】という老舗。なんと品のない名前だろう。


 仕事内容は簡単だ。


 トラブルがあれば呼び出され、出向く。過剰防衛は処罰の対象になるので使用するのは木剣のみ。問題解決に兵士を呼べば法外な袖の下を要求されるから俺は一人で客の制圧、兵士への引き渡しをしなくてはならない。


 楽な仕事ではない。だがこの体だ、死ぬことはないだろう。


 歓楽街は王都の中央から少し外れた治安の悪い地区だ。


 客に接触できれば敵を知るいい機会になるかもしれないが、システム上それは出来ない。【昇天】での待機が基本になるからイサキを訪問する機会は限られる。娼館での労働はうってつけだと思っていたが、これだと条件が悪い。


 不本意ではあるが、安全な範囲でリズベットになんらかのアクションを起こしてもらうしかないか。


 「リズベット」

 「はい」

 「このまま待機してもらちがあかん。出来るだけ早く従業員に接近して欲しい。出来るか?」

 「はい。わかりました」

 「下働きを申し出て、接触の機会を増やそう。面倒事が増えるかもしれんが頼めるか?」

 「はい。やってみます」

 「すまない。俺が動けないばかりに」

 「謝らないでください。私も働きたいんです」


 情報を聞き出すには理由がいる。こういう仕事を選んだ男の思考回路は……。


 「仕事を探しているという設定にしよう。最終的に兵士として名を上げたいという野心がある。そしてお前は主人のために情報を集めたい。どうだ?」

 「やってみます」

 「お前を泊めてくれるくらいだ、変な感情は抱かれていないと思うが気をつけろ。なにかあればすぐに通信を」

 「任せてください」


 いくらリズベットでもそんなすぐには情報を引き出せないだろう。しばらく成果が得られなければ場所を移ることも考えておかなければな。手ぶらで帰ればファウストからなにを言われるかわからん。


 ヘマしていないかの確認もしなくては。リズベットのことだ、どんな行動をとるのかまったく理解できん。


 「それでは行ってきます」

 「あぁ」




 晩。


 誰かがドタドタと階段を登ってくる音がした。続いて複数の女の高い声。


 『リズベット、お前か?』


 念のために通信で語りかけてみる。すると。


 「はいは~い。私でしゅよ~」


 と、扉の向こうから返事がしてきた。なぜ通信で返さない?


 あまりの出来事に固まっていると、バン、と扉が開いた。


 「おかえりなさ~い。あれ? ただいま? どっち?」


 酔ってるのか? 小柄で短髪の女がリズの肩を抱えている。そして、その後ろからワラワラと女が。


 「やだ~リズちゃん。ただいま~、でしょ。あれ? おかえり? あっ、こばんばんわヨルさん。あらマジで超イイ男じゃん。ねぇねぇ店に来てくださいよ! サービスしますよ~」


 小柄な女。


 「私を指名してくださ~い」


 と、背の高い女。


 「ヨルさ~ん。女は見た目じゃないですよ。テクニックです。テクニック。選ぶならぁ、わ・た・し」


 キャッキャ、キャッキャ。


 なにが起こってる。


 「もぉ言ったじゃらいですか。ヨキさん、あっ、ヨルさんはそういうのが嫌いらんでしゅよ~」

 「バカね、リズ。そういうことが嫌いな男なんていないの。そういうことのために生きていると言っても過言でもないわ。ねぇ、ヨルさん。そ・う・い・う・こ・と、お嫌い?」


 小柄な女がわざとらしくも嬌艶きょうえんな流し目をする。状況がうまく把握できない。リズベットはこの女たちと酒を飲んでいたのか? 下働きをしているんじゃないのか?


 ねぇねぇヨルさん? ヨルさ~ん? ヨルさん? ヨ~キさん、あっ、間違えた、ヨルさ〜ん。


 ワイワイ。キャッキャ。


 ちっ。


 この阿呆を少しでも信じた俺が間違っていた。




 「説明しろ。なにがあった」

 「みんらと仲良くらっちゃってぇ。それで飲もうかって話にらってでしゅね。みしぇでね、はい。あぁ楽しかった」


 リズベットは寝台に体を横たえる。


 コイツはいつも斜め上の結果を出すな。


 言いたいことは山のようにあるが、いまこの状況でどんな説教をしても意味はあるまい。


 「成果はあったか?」

 「あっ、そうそう聞いてくらはい。オキタっていう悪人がいましゅ。それがぁ悪い奴なんでしゅ、はい」

 「それで、その悪人がどうした?」

 「あぁそいつ最悪なんでしゅよ。女の子がみんら言ってました。横暴らんでしゅよ。でも誰も裁けない。らんでだと思いましゅか?」

 「さぁな」

 「裏に大物おおもろがいるんでしゅ。オキタは大物おおもろの依頼を受けて裏の仕事をしていましゅ。誰が背後にいると思いましゅか?」

 「誰だ」

 「第一王子らいいちおうじでしゅ」


 ほう。


 なかなかデカい魚が釣れた。




 『なるほど。そういうことならオキタと接触しましょう。うまくいけば第一王子に近づいて中枢の情報を収集できるかもしれません。どうすればいいのかパッと思い付かないのですが、なにかアイデアがありますか?』

 『問題ない。考えがある』

 『明日の夜、オキタと接触してください。僕は王都北部の山林にフューリーさんと主様と待機しています。このまえはバタバタしてて忘れてたのですが、今日はマグちゃんを送ります。マグちゃんはヨキさんにお渡ししたコートとおなじ素材の物を着てますので感知はされないとは思いますが、周囲の変化には充分に気を配っておいてください。もし不測の事態が起こった場合は、こちらにマグちゃんを寄越すように。それと、デ・マウの付与対策ボディリングの試作品が完成しました。近くに落としますので回収、装備してください。

最後に王城の敷地内には絶対に足を踏み入れてはダメです。もし第一王子と接触するような流れになっても王城の外にするように。相手が条件を呑まなかったら撤退していいです。他になにか?』

 『相手に俺の姿を見せたいから接触は夜より朝方がいい。構わないか?』

 『ん? わかりました。ヨキさんの位置バレが怖いのでそろそろ行きます。最近、矢や魔法が飛んでくるし、竜騎士も襲ってくるしで面倒なんですよね』

 『あぁ』

 『くれぐれも無理はしないように』

 『あぁ』


 ファウストの指示通りにマグノリアと合流し、ボディリングを回収、装備する。


 「マグノリア。わかっているとは思うが、周囲の人間に気づかれないよう気をつけろよ」

 「わかってル」

 「明日の計画について話す。構わないか?」

 「はい」「うン」

 「明日、俺たちはオキタ一味を襲撃する。一人を残して全滅させる予定だ。オキタは第一王子から下賜された指輪をはめている。効果はわからないが、奴はそれを使っていくつもの仕事を遂行しているらしい。主に殺し、誘拐だ。優先順位が一番高いのはオキタだ。指輪を使われるまえに殺す。マグノリアはオキタを処分した後、他の人間に指輪を使わせないように見張れ。指輪に近づく奴は殺していい」

 「ファウストは無駄ナ殺しハするなト言っタ」

 「潜入して第一王子に接近しようとも考えたが、それでは時間がかかりすぎる。殺しは必要だ。王子様に俺の体をよく知ってもらうためにはな」

 「……、わかっタ」


 


 決行の日。


 どこかから子供の騒ぐ声が聞こえる。


 小鳥が鳴き、雲間から柔らかな陽の光が射す、穏やかな朝だ。


 バタン、オキタ邸の門番が突然、前のめりに倒れた。マグノリアだ。


 さて、はじめようか。


 『リズベット、ヘマをするなよ』

 『心外ですね。私が外したことがありますか?』

 『ないな』

 『でしょ? 壁撃ちはちょっと集中しないといけないので、黙ります』

 『あぁ』


 俺は倒れた門番を一突きで仕留め、吸収し、粒子に変える。地面に残ったのは服だけだ。


 『リズベット』

 『……』


 聞こえない、か。


 家の扉の鍵を【夜風】で斬り、侵入。


 『またないノ?』

 『アイツは必ずやる。それより音で騒がれる方が面倒だ。マグノリア、準備をしておけ』

 『わかっタ』


 殺しに戸惑わないといいがと懸念していたが、もう大丈夫だろう。いまのアイツを邪魔できるものはなにもない。邪念も葛藤もない。そういう次元の話じゃない。アイツはいま、アイツだけの世界にいる。


 出会った相手を片っ端から斬り捨てていく。声を出される前に、一太刀で。簡単な仕事だ。


 室内の状況は、リズベットの耳のお蔭でほぼ理解している。アイツがが攻撃をはじめるまえに、余分な敵は全員、排除しよう。



 ドン



 破裂音がする。そして、


 『オキタ、やりました』


 そしてもう一度、



 ドン、パリンッ



 『窓、割りました』

 『よくやった』


 異変に気がついたようで、一気に騒がしくなる。


 急がなくては。


 『リズベット。指示を出せ』

 『突き当りの扉を開けてください。五人います。それ以外は一人、厨房にいるみたいです』

 『その一人を撃てるか?』

 『無理です。壁が多すぎる』


 厨房にいるのなら料理人なのだろう。残すメリットはないが、殺すメリットもなさそうだ。放置しておこう。


 五人いるなら間違いなく声を出されるな。


 不本意ではあるが、一気に決めるか。



 【幻刀・朝陽】



 無数の小さな刃を周囲に浮かべ、扉を開ける。そして、そこにいた男たちの表情を一瞬で観察し、立場の高そうな男を一人、選んだ。



 【一の太刀・刃叢】



 無数の刃を操作し、ターゲットにした男以外の四人を斬る。叫ばれないように、まず喉を、そして急所を。的確に、かつ迅速に。


 残った男が口を開けるまえに、刃をまとめ喉元に突つける。


 「選べ。大人しくしているか、死ぬか」


 男が唾を飲む。


 「お前の仲間は全滅した。もちろんオキタもだ。お前には仕事を与える。従えば生かす。拒否すれば殺す」

 「わ、わかった」

 「いまから俺がすることを見ておけ。そして、お前の飼い主に伝えろ。新しい犬を捕まえましたと」

 「言う通りにする。だからコレをどうにかしてくれ」


 俺は【朝陽】を鞘に納めると、床に流れる血液に手をあて、吸収、粒子に変えていく。


 「おい。なにをしてんだ」

 「食ってる」

 「は?」

 「だから食ってるんだ。声が大きいぞ、死にいたいのか」

 「す、すまない」

 「見てろ。ここからが本番だ」

 

 そして、転がっている死体の頭に手を触れ、一気に吸収してしまう。


 「おい……、嘘だろ」


 すべてを呑み込んだ俺は、余分になった粒子を飛ばしながら、言った。


 「コイツ、ろくな物を食ってないな。野生の獣の方がまだ美味い」

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