第33話 二匹 ノ 獣

 

 その後も何度か創造する力を使ってみたが結果は変わらない。まったく反応しないのだ。


 難しくて出来ないとかイメージが明確でないために起こる動作不良とは違う。これは創造する力がマンデイを対象として認識してない時に起こる現象。


 つまり……。


 (マンデイ)

 (なに)

 (たぶんマンデイの体はもう、物という段階から逸脱してしまったんだと思う)

 (そう)

 (すでにマンデイは人形というよりは生物に近い。だから創造する力は使えない)

 (よかった)

 (よくない。このまま体をうまく動かせなかったらどうする。もっと早く軽量化の特徴を付与しとけばよかったんだ。変なことばっかやってて、一番肝心なことをないがしろにしてて。結果がこれだ!)

 (それでもいい)

 (確かにマンデイの成長は嬉しいよ。生物に近づいたのは良いことだろう。でも、もう俺の能力は使えなくなるんだぞ? 軽くすることも出来ないし、頑丈にすることも出来ない。このまえのシカみたいなことがないように強化しようと思ってたんだ。外皮を固くして衝撃を吸収するような肉をつけようと。いつかしようと思ってた。こんなことになるって事前にわかってたらもっと早くしてたのに)

 (ファウスト)

 (なんだ)

 (いき物の体はがんじょうに造りかえられない)

 (あぁ)

 (軽くするのは)

 (出来ない)

 (いままでのマンデイはふ自然だった。いまが自然)

 (でも不便だ。危険だし)

 (それでいい。マンデイはファウストのそばにいる。めが見えるようになって、体は自然になった)

 (……)

 (これ以上、なにものぞまない)


 この子の生き方や姿勢はいつも救いになる。俺なんかより、ずっと大人だ。


 なにも創造する力だけが俺のすべてってわけじゃない。俺は俺に出来ることをしよう。ちゃんとマンデイをバックアップして守ってあげるんだ。


 眠るまえに、少しマンデイと話をした。


 (なぁマンデイ)

 (なに)

 (俺を恨んだことはないか)

 (どうして)

 (俺のせいで苦しい思いをさせた)

 (楽しいこともいっぱいあった)

 (そうか)

 (カエルはいやだった)

 (悪いことをした)

 (うらんでない)

 (いつもありがとう、マンデイ。お前の存在が俺の支えになってる)

 (うん)


 翌朝、素晴らしい出来事があった。


 なんとゴマが砂場におしっこをしてたのだ。たまたま排尿したのが砂場だっただけだろうけど、俺は大袈裟にゴマを褒めた。こういうのの繰り返しがしつけなんだろう。


 猫を飼ってる時はあんまりしつけとかしてなかったから新鮮で面白い。犬派に寝返りそうだ。


 俺産の砂はかなり高品質だ。水分を吸収して固まり、そのうえ消臭効果があるためにまったく嫌な臭いがしない。このままおしっこを覚えてくれたら掃除の手間が省けそう。


 そのうちフリスビーとかもしてみたい。この世界の獣って身体能力が高いから、けっこうアクロバティックな技とかも出来るようになるかも。夢は広がる。


 固まった砂は外に捨てたのだけど、なにか妙な、なんともいえない変な感覚が残った。なんだろう、この感覚は。


 部屋に戻ってから違和感について考えてみたけど、すっきりはしなかった。魚の小骨が喉に刺さったような。糞詰まりしたような感覚。


 うーん。


 気を取り直して日課であるマンデイの魔力補給。


 今日は最初からフューリーがいる。作業はお休みだそうだ。


 俺はヨキの体についての考察をしながら、発電機の規模を拡張することに。実は新たに計画していることがあり、そのために魔力が必要なのだ。


 新たな計画。


 ゴマのために猫タワーならぬ犬タワーを造ったのだが、あんまり興味がないのか使ってくれない。


 俺はなにかと忙しいし、マンデイも勉強の時間はきっちり確保しているからゴマの遊び相手になる時間は限られている。そして実体のないヨキと出来る遊びも少なく、イケメンのフューリーもいつかはいなくなるわけだから、あまり頼りには出来ない。


 ゴマがひとりぼっちになるのかと考えるとチクリと胸が痛む。


 と、いうわけで。ゴマの弟か妹を造ってみようと思うのだ。


 造るからには責任をもって教育してバックアップ、立派な生き物にしてあげたい。


 最終的に俺は魔王討伐をするわけだが、そこにヨキやゴマは連れて行かない予定である。だからヨキは人の集団のなかでやっていけるような体を、ゴマには一緒に狩りが出来る兄弟を、それぞれ提供しようと思ってるわけだ。俺なしでも生きていけるように。


 ヨキの体はちょっとお休み。イメージがまだ固まっていないからね。


 ゴマの兄弟に関しては、マンデイ方式で造ろうと思ってる。


 俺がもってる魔核は二つ。


 一つは誕生日に貰ったフロスト・ウルフのもの、もう一つはなんの生物のものかわからない実験用のもの。ゴマは犬系だからフロスト・ウルフの魔核は絶対に造りたい。将来つがいになったりするかもしれないし。


 もう一つの魔核はマクレリアと相談してからだな。厄介な生物が生まれたりしたら後処理が大変そうだし。


 早速、作業に。


 まず地熱の取り入れ口を拡張する。フィルターも広くしなくちゃいけないんだけど、ここは発電機。魔力は腐るほどある。一度造ったノウハウもあるため、そう苦労はしなった。かかった時間は約三時間程度で、いままでの二倍ほどの魔力を産出可能になった。


 余裕がある時に追加で拡張するか、二基目を創造するのも悪くないな。魔力はあって困るものじゃない。


 今日の作業はここまでだな。魔核を削って成長する因子グロウ・ファクターを埋め込むのにはルゥの手助けがいる。この場では出来ない。


 (聞くと見るとでは大違いじゃのう)


 いままで俺の作業を眺めていたフューリーが声をかけてくる。


 「なにがです」

 (おぬしの能力だ。なるほど、あの強力な魔法はこれを使って発動しおったのか)

 「まぁ本来は攻撃用じゃないんですけどね」

 (これは我も使えるかのう)

 「使えますよ。言ってくれたらフューリーさん用のカプセルも造ります」

 (入用いりようになったら頼むかのう)

 「いつでもどうぞ」

 (しかし便利な能力じゃのう)

 「どうでしょう。わりと制約も多いですよ」

 (我の能力も似たようなもんじゃのう)

 「神の能力って全部そんな風なのかもしれませんね」

 (うむ)


 家に戻って魔核の件をルゥとマクレリアに相談してみた。


 「フロスト・ウルフはいいんじゃないかなぁ。ゴマちゃんとの相性もよさそうだし、本来群れる生物だから集団行動には向いてる。でももう一つは止めた方がいいねぇ」

 「なぜです」

 「これはねぇ、明暗由来の生物、餓鬼の魔核なんだよ。とにかく知能の低い生物でねぇ、食べること、ただそれだけのために生きてる。畑は荒らすし家畜は襲う。繁殖力が強いのも厄介でねぇ。外の世界ではずっと昔に駆逐されちゃったんだ」

 「なるほど。共存は難しいわけですね」

 「そうだねぇ。繁殖期以外は同族もエサにするような生き物だからねぇ」

 「わかりました。止めときましょう」


 そうと決まれば善は急げだ。まずはマンデイを創造した時の要領で犬の体を造る。もちろん(軽量化)(衝撃吸収)の肉、(打撃耐性)(斬撃耐性)の皮を使うのは忘れない。大きさはゴマとおなじくらいに設定。ルゥに核を保護してもらいつつ一部を採取、生きているうちに成長する因子グロウ・ファクターに組み込み、造った体に埋め込む。


 マンデイの時は一発で成功したが、今回もおなじように成功する保証はなかった。ドキドキしながら様子を見ていたのだが、造った犬は、バタバタと手足を動かしはじめた。


 よかった。うまくいった。


 俺の記憶をのぞいた経験があるルゥは、マンデイが生まれてきた時の状況は知っていたのだが、実際に目にするのは初めてだ。興味深そうに観察している。


 不安を感じさせないように魔力の導線を繋いで、新しい家族の映像を見せる。俺、ルゥ、マクレリア、マンデイ、ヨキ、ゴマ。次いで生まれてくる過程と歩くイメージを。生まれてきた子は、すぐに落ち着き、トテトテと歩み寄ってくる。


 懐かしいな。マンデイもこんな風だった。


 (マンデイが生まれてきた時のことを思い出すよ)

 (うん)

 (新しい家族だ)

 (うん)


 視覚や他の感覚器官が発生するまでは、俺と導線を繋いで生活することに。俺が眠っている間はマンデイが世話をしてくれることになった。


 肝心のゴマとの相性だが悪くなさそうだ。


 生物としての本能なのか、生まれた子犬はゴマの方へ鼻先を伸ばし、ゴマもクンクンと匂いを嗅いでいる。いい感じ。


 早く嗅覚を獲得して欲しいな。俺が与える匂いの情報じゃ少なすぎるだろうから。まぁ急いでもしょうがない。一歩一歩進むんだ。


 あっ。


 名前問題があった。


 くー。どうするか。


 (マンデイ、なんか案ある?)

 (ブチ)

 (破棄した名前の方な。でもこの子、水玉模様にならないだろう?)

 (うん)

 (フロスト・ウルフってどういう生き物?)

 (寒いちほうに住む狼。足が速い。氷の魔法を使う。毛はまっ白)

 (じゃあシロだな。それか……。ハク。どっちがいい?)

 (ハクがいい)

 (はい決定)


 なんかすげー安直だけど大丈夫かな。


 将来反抗期とかに突入して、タバコとか吸いながら、てめぇがハクなんてくだらねぇ名前つけたからおれっちはこうなったんだよ、みたいにならないかな。リーゼントとかになって。ないか、犬だもんな。


 そういやマンデイの名前もわりと適当につけたな。ゴマもそうだ。いやゴマて。冷静に考えたらゴマて。まぁつけてしまったもんはしょうがないか。今後、名前をつける機会があったらもっと真剣に考えよう。


 まぁハクって悪くはないよな。言いやすいし。


 そのうち後悔したりするのかな。いいか。先のことなんて考えてもしょうがない。


 肝心なのは名前じゃない。ちゃんとした成体に育ててあげることだ。


 その日の夜、眠っていると、マンデイから起こされた。


 (ファウスト)

 (どうしたマンデイ)

 (しゃべって)

 (ん?)

 (マンデイにしゃべって)

 (どういうことだ)

 (いいから)


 なんだ。あぁ目が痛い。眠てー。


 「マンデイ。まだ夜だろう」

 (よるだね)

 「明日の朝また喋ろうな」

 (うん)

 「おやすみ」

 (おやすみファウスト)


 ん?


 「マンデイ、お前、聞こえてるのか?」

 (きこえてる。ファウストの声)

 「よかったな! よかったなマンデイ!」


 俺は思わずマンデイに抱きついた。


 (痛いよ)

 「痛い? 痛いのか?」

 (うん)

 「感じるのか?」

 (感じる)


 なんてこった。なんてこった。


 夢じゃないよな? 俺、ちゃんと起きてるよな?


 「どうだ、俺の声は」

 (ファウストの声って感じがする)

 「なんだそれ。まんまじゃねーか」

 (うん)


 翌朝、マクレリアとヨキに報告。


 「よかったねぇ。私の声も聞こえてる?」


 マンデイがコクリとうなずく。


 「なんかすっごく嬉しいなぁ。自分のことみたいに」

 「僕も興奮してうまく眠れませんでした」


 俺の膝の上には新しく生まれた子犬のハクとゴマがいる。ハクもそのうち目が見えるようになって耳が聞こえるようになるんだろうな。楽しみだ。


 「おいファウスト。俺の体も忘れるなよ」

 「もちろんです。と言いたいのですが、いまのところアイデアがありません。ずっと考えてはいるのですが」

 「そうか……」

 「でも僕は諦めません。しつこい男なんで」

 「期待せずにまっておこう」

 「早くゴマをナデナデしてあげたいでしょうしね」

 「なんの話だ」

 「あれれー? ナデナデしたくないんですかー? あーフカフカしてて気持ちいいなぁー。あれあれ? ヨキさん。なんで目を合わせてくれないんですかー?」

 「おいファウスト」

 「なんです?」

 「斬るぞ」

 「あっすいません調子に乗りました」

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