第6話 幽霊雑学①


     /要


 事務所兼自宅へと帰った時には、六時半になっていた。

 帰宅部の私にしてみれば、普段の帰宅時間に比べてかなり遅い。


 というのも、昼間に縁谷さんに持ちかけられた一件について、生徒会室にお邪魔していたからである。


 帰ってみれば、事務所には四人の姿があった。

 所長の茜は当然として、私と同じ所員で先輩の最遠寺黎。

 あとの二人は由羅と、アルバイトの桐生真斗である。


 黎と私の名字は同じだけど、血の繋がりは全く無い。

 本当の名前は別にあって、最遠寺という姓は便宜上そう名乗っているに過ぎないらしい。


 最初、京都にやってきたばかりの私の世話をしてくれた人で、この面々の中ではお姉さん的存在だ。

 基本的に優しくて、面倒見が良くて、ついでに美人で。

 茜のようにすぐ怒ったりしないところも良かった。


 だけど素性は知れなくて、偽名を使っていたりすることからも、割と正体不明だったりする。

 まあこの事務所に出入りするような人は、だいたい皆が皆、正体不明だ。


 そしてもう一人――桐生真斗。

 日本には異端に対する組織の名門として、西の九曜、東の最遠寺とその両家が有名だけど、彼は九曜家にて修練を積んだ咒法士じゅほうし、だと聞いている。


 だけど実際には咒法は苦手らしく、ほとんど使わない――使えないらしい。

 その代わりに銃技や剣技、ナイフの扱いには慣れているようで、私も少し教えてもらっていた。


 だけどさほど突出するような技能でもなく、ごく普通だとも言える。

 体術まで絡めれば、明らかに茜の方がずっと強い。


 どうやら九曜家においては落ちこぼれだったらしく、彼自身、自分が強いとは一言も言いはしなかった。

 ……なんだけれど。


 実際には誰よりも強いのかもしれない。

 あの茜が一目置いているのは確かだし、化け物じみた力を持っている由羅ですら、自分を止められるのは真斗だけとまで言っていた。


 一緒に仕事をしたこともあったが、これまでに失敗したことも無いし、どの依頼もそつなくこなしている。

 でもこれといって凄いと思ったことも無かった。


 この事務所の中ではバイトだし、実力的にも一番下っ端のはずなのに。

 正直言って、よく分からない。


「ふうん……幽霊、ねえ」


 その真斗が、私の話を聞いて、口を開いた。話、というのは、もちろん生徒会からの依頼についてである。


「その手の怪談話って、どこの学校にでもあるよな。まあ、俺が高校の時には無かったな」

「幽霊って、お化けのことでしょ? そんなのどこでもいるものなの?」


 興味津々、といった感じで由羅が話に乗ってきた。


「さあな。けど未練云々で迷って出て来るのが幽霊ってのなら、この街にはうようよいるだろうさ」


 肩をすくめて真斗が言う。

 確かにこの街――京都は、かつて千年王城と呼ばれた場所だけあって、栄華を極めると同時に、それ以上の災厄にも見舞われているはずだ。

 不幸な最期を遂げた者も、決して少なくないはず。


「ちなみに幽霊何ぞを見たことのある奴は?」

「わたしはないわね」

「私もないな」

「ん~、私も」

「ついでに俺も、と」

「む……」


 ここにいる全員の答えに、私は思わずたじろいでしまう。

 私だって見たことは無いのだが、幽霊――もしくはそれに近似する存在はあると思っていた。

 実際には存在しないのだろうかと、少し心配になる。


「い、いるのは間違いないと――わたくしはそう認識していましたが」


 慌ててそう聞いてみる。


「そうね」


 私の心配を余所に、黎が頷いてくれた。


「わたしは見たことはないけれど、いるのは確からしいわ。意思の残滓――とでも言うのかしら。でも存在が希薄すぎて、誰にも認識できない。しようとするこちらの意志すら無いものだから、それはあって無いようなものなのよ」

「――らしいな。私もその程度のことは知っている。亡霊の類の事件は、少ないとはいえ無いわけではないし。もっとも私は受けたことはないな」

「まあ見えないものを相手にするってのは、難儀だろーし」

「それ以前の問題だ」


 真斗の言葉に、茜が言う。


「周囲に認識されていないものは、基本的に無害――事件など起こさない。意味の上で、それは無いに等しいのだから、起こし様も無いだろう?」

「そりゃま、そうか」


 真斗が納得すると、茜はこっちを見た。


「要。幽霊騒ぎと言ったが、騒ぎになっている以上、すでに『見えて』いるんだろう?」

「はい。多少、状況を調べておきましたけれど、複数の目撃証言があるのは間違いありませんわね」


 主に生徒会からの情報だ。


「お前は見たのか?」

「いえ――一応校内を意識して回ってみましたが、それらしいことは、何も」

「その幽霊が、周囲から見えるほどまでに存在を肥大させていたとしても、日中では確認も難しいだろうな」

「え、昼間ってやっぱりお化けっていないの?」


 きょとん、として由羅が聞く。


「いないわけじゃない」


 茜の言葉を継ぐように、隣にいた黎が後を続ける。


「ユラ、例えば蝋燭の灯りを思い浮かべてみなさい。夜であれば、それはとても目立つでしょう? 遠くからでも分かるほどに、存在感を出すわ。でもそれが太陽の光の下だったらどう?」

「あ――なるほど。それよく分かる」


 それは私にとっても分かりやすい説明だった。

 夜は静寂になる。

 音が消え、光が消えて、周囲の全てが静まり返る。


 そういう状況下でならば、普段から存在が希薄な幽霊でも、認識され易くなるということだ。

 考えてみれば単純で当たり前の話で、夜に幽霊がよく目撃される理由は、これで納得がいく。


「じゃあ要の学校って、やっぱりお化けいるの?」


 なぜか楽しそうに由羅が尋ねる。

 聞かれて茜は肩をすくめてみせた。


「意思の残滓と、想念の集合体――これは違うようで、よく似ている。見えただけでは、違いの判断は難しい」

「え? なにそれ、よくわかんない」


 途端に顔をしかめる由羅。

 小難しい話が嫌いなのは、相変わらずのようだ。


「つまり――あれだろ?」


 茜の言葉に皆が少し考え込んだ後、口を開いたのは真斗だった。


「要するに、ただの噂って可能性もあるってことだろ。お前が言いたいのは」

「え、なんで?」


 由羅が小首を傾げた。

 私も真斗を見る。


「噂っていうのは、微小とはいえ人の思念なわけで。それが広がれば広がるほど、大きくもなる。数っていうのはけっこう馬鹿にならねえし。そーゆうのが集まりすぎると、本当にはあり得ないものでも、あるように見せかけられたりするってことだろ?」

「真斗の言う通りだ。噂というのは馬鹿にならないと思う」


 ……そういうものなのだろうか。

 たかが噂――そんなものが、あり得ないものを作り出してしまうなんてこと。


「この場合、噂の原因を突き止めて、それがただの噂だって噂をばら撒き直せばそれで解決するんじゃねえの」

「原因を突き止めるまでもないな。まったくでたらめな噂で塗りなおすだけでも効果はある。所詮、元がでたらめなんだから」

「つまり――気のせい、ということになるんでしょうか?」

「それに近いな」


 確かに、と思う。

 人間、恐怖で神経が過敏になっていたりすると、風のささやきも幽霊の泣き声と勘違いするって言うし。


「ふうん……だったら何だか残念」


 何が残念なのか知らないが、由羅はがっくりと肩を落としてみせた。


「別にそうと決まったわけじゃねーだろ?」

「え?」

「茜が言ってただろうが。どっちなのか判断しにくいって」

「あ、そっか。噂じゃない可能性もあるんだ」

「こればかりは、実際にそれを確認するのが一番手っ取り早いだろう。問題は、誰が確認するか、だけど」


 そこで、茜は意味ありげに真斗を見た。

 何でここで真斗を見るんだろう……?

 途端に嫌そうな顔になる真斗。


「俺は嫌だぜ。幽霊とか、ゾンビとか、その手のは苦手なんだ」

「あ、ゾンビって、二年前にいっぱい出てきたやつ?」

「どーしてそこで嬉しそうな顔になる」


 ジト目になって、真斗は由羅を睨んだ。

 由羅はどこ吹く風っていう感じだったけど。


 でもゾンビって何だろう……?


「真斗って、ゲテモノ嫌いだものねー♪」

「黙れ馬鹿由羅。……それより茜、それって俺じゃなきゃいけないのか?」

「適任だろう?」

「けどなあ……」


 馬鹿と言われてぶーぶー抗議の声を上げる由羅を無視して、真斗はうーんと腕組みして視線を宙に彷徨わせる。


「だって言うけど、どーする、エクセリア?」

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