第13話 二人の時間

 二人で校門をまたぎ、駅の方へと歩いていく。

 こうしてまた学校の外を一ノ瀬さんと歩くことになる予感していたが、きっかけが私からになるとは思ってもいなかった。

 一緒に歩いてみれば単純なもので、どことなくあった気まずさは、私が彼女を受け入れるだけで解決する問題だった。

 今日のテストの話をしながら、長い坂道を下る。そして信号に差し掛かったところで、私は話を切り出した。

 「この間はごめんなさい」

 「・・・・・・なんの話?」

 間をおいて返事を返すその顔はキョトンとしており、どこかあざとささえ感じられた。

 「この間一緒に帰ったときの話。少し・・・・・・いや、結構言い過ぎたなって」

 「ああ、なるほどね。いいよ、別に気にしてないし。なんなら的を射た分析だなってちょっと感心しちゃったし」

 「そっか、ならよかったや」

 「そうよ。それどころか、私も自分を見つめ直すきっかけができたのよ。確かに私、あの人たちのことあんまし好きじゃないのかも」

 振り向きざまに片頬の広角だけを上げ、さながら悪役の企みのようだ。やっぱり悪魔なのではないだろうか。

 一ノ瀬さんの言うあの人たちというのは一体、誰のことを指しているのかはわからないが、以前と違って本当の事を言っているのだろうと気がつけるくらいには、わかりやすい発言だ。

 好きを伝えるよりも、嫌いを伝えるほうが簡単とは皮肉なものだ。

 初めは一ノ瀬さんの私に向ける興味を、素直に受け取ることができなかった。そして今でも、全部は受け止めきれる自身がない。

 でも、彼女の嫌いは、そうなんだと簡単に納得できる。

 駅の周辺までたどり着き、目的地までたどり着いた。

 「あそこでいい?」

 「ええ、いいわよ」

 ドアを開くと控えめなベルの音と共に、雰囲気のいい曲が耳に入ってきた。

 店員の案内に従い、奥の席に座りメニューを受け取った。

 「好きなの頼みな」

 「じゃあ、遠慮なく。和泉さんは何にするの?」

 「そうだな、私は・・・・・・アイスコーヒーでいいかな」

 「意外とコーヒー飲めるのね」

 「シロップとフレッシュ両方ないと飲めないけどね」

 「別のもの頼めばいいじゃない」

 ごもっともだ。だけど。

 「なんとなくカフェに来たらコーヒーかなって」

 「なにそれ。じゃあ、私も同じのにしよっと」

 飲み物が決まり、一ノ瀬さんは軽く手をあげ店員を呼んだ。

 あまり人が入っている様子がなく、こじんまりとした店内で落ち着いた環境が心地良い。

 カウンターから伝票を持って現れたウエイトレスに注文を告げたところで、ケーキを決め忘れていたことに気が付いた。

 「じゃあ私は無難にショートケーキで」

 「私はなしで大丈夫です」

 カウンターに戻ったウエイトレスが、ちぎったメモを店長らしき人に渡したのを見送ったところで、一ノ瀬さんが口を開いた。

 「なんで頼まなかったの?」

 「ん?まぁそこまでお小遣いに余裕があるわけじゃないしね」

 学生で、アルバイトもしていない私の懐事情はお世辞にも良いとは言えない。

 実際コーヒーの一杯も安いものではない。

 そう、と一言だけつぶやき少し考える素振りを見せた一ノ瀬さんは、お盆を持ってきた人にフォークをもう一つ要求した。

 「ちょっと、別にいいって。今日は私がお返しのために誘ったのに」

 「あなたを差し置いて私だけ食べてるなんて状況、とてもじゃないけどゴメンだわ。偉そうにお返しとか言うのなら、それくらい気が付きなさいよね」

 「うっ。それはたしかにそうかも」

 「私がもらったものを私がどうしようと勝手でしょう。ほら、半分食べなさい」

 「はい。いただきます」

 立つ瀬がなかった。

 「次同じような機会があったら期待してるわよ」

 そう言って満足そうに上に乗った苺を頬張り、こちらに笑顔を見せる。

 「次がないことを願っておくよ」

 うまく行かないものだ。二人で分けたおかげで小さくなったケーキを食べながら、コーヒー片手に談笑と、優雅なひとときを過ごす。

 会話はお世辞にも弾んでいるとは言えない。まだ二人の間には距離がある。

 無理もない。お互い出会って二ヶ月しか立っていないのだから。

 やっぱり楽しいかと言われれば、正直わからない。一人でいるときとは違って、気遣いや妙な間、それに表情や仕草に声色など、意識が向く場所が多く忙しさや煩わしさを感じる。

 だが、不思議と一ノ瀬さんといる時はそういったものも含めて、楽しさとは違う表現し難い何かがある。

 だからこそ、こういったひとときが重要で、いつしかそれが、掛け替えのないものになっていくのだろう。

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