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新校舎と旧校舎は一階でつながっている。手芸部は三階にあり、もちろんこちらの建物にもエレベーターはない。俺たちは一旦五階から一階に下り、また三階に上った。
「頼もう!」
道場破りよろしく、玲惟羅は横引きのドアを二回ノックしたあとその前で叫んだ。
「ど~れ~」
すぐに中から返事があった。その声は今日のクラブ紹介の時に聞いた女性のもので、なかなかノリの良い人物のようだ。
「邪魔するぞ」
玲惟羅に続いて俺たちも部屋に入ると、中では女生徒が一人、広い机の上に布を広げ作業をしていた。確かにあの女性だ。
彼女はきょとんとした表情で、隣の教室を隔てる壁を指さして言った。
「オカルト研究部はお隣ですよ」
俺たちのどこを見て、オカルト研究部に用があると思ったのか。そしてこの学校には、オカルト研究部という怪しいクラブがあるのか。今日のクラブ活動説明会には出ていなかったようだが。
「予はオカルト研究部なる物に興味は無い。我らは手芸部入部希望者じゃ。うぬがこのクラブの主で間違いないな」
上級生に対しても玲惟羅は物怖じしない。
「あらあらびっくり、こんなにたくさん入部希望者が来てくださるなんて。ようこそ皆さん、手芸部へ。私が部長の熊谷法子(くまがやのりこ)です。え~と、皆さん本当に入部希望者なの?」
椅子から立ち上がって丁寧にお辞儀をした彼女は、疑問を口にした。
「うむ、まずは仮入部ということで良いか」
「ええ、もちろん構いませんわ。どうぞ皆さんこちらに座って」
今までしていた作業をやめ、机の上をかたづけて空いている椅子に皆を勧める。
彼女は常備しているらしい湯沸かしポットと急須で人数分のお茶を入れた。彼女は自分専用のマグカップを使い、俺達は紙コップ。お茶請けのクッキーを籠に入れて机の真ん中に、お茶を皆の目の前に置いた。
「では改めて皆さん初めまして。私がこの手芸部の部長熊谷法子、二年生です」
俺たちも玲惟羅から先に自己紹介をした。皆の自己紹介を聞き終えた後部長が尋ねた。
「皆さんお知り合いのようね」
「うむ、予と旭と永一郎は同じ中学出身じゃ、そして日菜と予は同じクラスである」
「皆さん手芸の経験はあるのかしら」
皆を見渡して部長は聞いた。
「予は、マフラーや手袋を編んだことはある」
「私はぬいぐるみを作るのが好きです」
「僕は昔リリアンにはまってたことがあります」
「俺は小学校の時にぞうきんを縫ったことがある程度だな」
リリアンがなんなのかは知らないが、俺と永一郎は初心者らしい。
「そうなの。でも大丈夫、未経験者でも気にしないで。お姉さんに全て任せなさい」
彼女が拳で自分の胸を軽くたたくと、その母性の象徴が大きく揺れた。
「ところで、荒木さんは変わった口調でお話しするのね。まるでどこかの国の王様みたい」
大体の人はスルーする事に彼女は触れてきた。
「うむ、よくぞ見抜いた。実は予はベルリオーランドという国の王であった。国といってもこことは違う別次元にある国じゃ」
「あらあら、最近読み物でよく見る異世界転生というもののことかしら」
部長は玲惟羅に話の調子を合わせる。からかっているわけではなく本当に悪意はなさそうだ。
「うむ、そういうことじゃ。ベルリオーランドは十万年続く栄華を誇っていた国じゃ。予は四天王と共に、魔族二千万人の頂点に立ち、その下の人族、エルフ、ドワーフなど様々な人種を支配していた。しかし、ある日反乱が起こった。人族の一人を勇者と祭り上げ、こやつを中心にして下僕共が魔族に対して戦いを挑んできおった。奴らの反乱なぞどうということはなかったが、中立を守っていたはずのドラゴン族が反乱軍の味方になり形勢は五分と五分となった。双方死者が多く出て内乱は膠着状態が続き、このままでは共倒れは必死と思われた。だが勇者のやつが予との一騎打ちで勝負を決めようと提案してきおった」
「あらあら、大変それでどうなったのかしら」
部長はテーブルの上に置いたマグカップを両手で包み込むように持ち、真剣に話を聞いている。
大体の人はこの話を半笑いで聞き、そして二度と玲惟羅に関わるろうとはしなくなる。しかし部長はこの話をまじめに聞いているようだ、おちゃらけたりしない。
持田さんも聞き入っている。玲惟羅の話を疑っている様子はない。俺と永一郎はこの話を何度も聞いている。だからこの話の最後も知っている。
玲惟羅は話を続けた。
「残念ながら予と勇者の戦いの記憶はこの体にはない。だが最後は相打ちだったようじゃ。予と勇者の魂が天に昇り、消え去るところを感じた。それが予の魔王としての最後の記憶じゃ。そしてこの世界に人族として転生した。残念ながらこの体は魔族であった頃に比べて貧弱で魔力もなく、その辺の人と変わるところはない。しかし、予がこの世界に転生したように勇者も転生しているかもしれん。ならば二人は戦いの運命からは逃れられぬ。きっといつかは出会い、戦うことになるであろう」
「荒木さんは過酷な運命を持っている人なのね」
そう言って部長はお茶を一口すすった。
「うむ、だが今はただの人間ぞ。人の世界に溶け込み学生という営みをせねばならぬ。普通にお腹はすくし、この体は脆弱すぎて本当に不便じゃ」
「でもそれって前世のお話でしょう。この世界じゃ争う理由がないんじゃないかしら。それに荒木さんが今は普通の女の子ということは、勇者さんも普通の人として生活しているんじゃあない? もし勇者さんと出会うことがあっても、戦うなんてことはしないでお友達になるということはできないのかしら」
「それはやつ次第じゃ、予も今更荒事をする気などは無い。だがなれ合って友達をする気も無い。どうしてもというのなら下僕にしてやらんことはないがの」
部室の扉が何の前ぶりも無く突然がらりと開いた。その音のする方に全員の目が向く。
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