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 開かれたドアのそばに立っていたのは、長身で細身の男子生徒だった。

 ネクタイをせずワイシャツを第二ボタンまで外し、上着のジャケットのボタンを留めず、両手はズボンのポケットの中に入れた背中をやや丸めているため、首元に何重にも巻かれた金色のネックレスが目立つ。

 今日勝負したバスケ部の先輩とは別の意味のチャラさがある。


 ネクタイをしていないため学年はわからないが俺たち一年生のものとは違い、型が崩れた制服を見れば上級生であることはわかる。

 チャラいあんちゃんは、皆に注目されているのもかまわず、俺たちに目を合わさず部屋の中につかつかと入ってきて、熊谷部長に話しかけた。


「やっほー、ノン。今日も一人でちくちくと針仕事、寂しさのあまり泣いてんじゃないかと思って慰めにきてやったよ」

「あらあら、おあいにく様、寂しくなんかありませんよー。この人達を見て。新入生が四人も入ってきてくれたの。だからあなたはお払い箱ね。伊藤圭一郞(いとうけいいちろう)君、長い間幽霊部員お疲れ様。もう会うこともないでしょう」


 二人はかなり親しく見える。「ノン」って熊谷部長のあだ名のようだ、法子だから「ノン」か。


「ちょっとちょっと、それはあんまりじゃないの。お互い赤ん坊の頃からの付き合いなんだし、そう簡単に小指と小指を結んだ赤い糸は切れないよ」

「赤い糸でなんて結ばれていませんよーだ」


 チャラいあんちゃんこと伊藤圭一郞は慌てた。

 部長は赤い舌をちろりと出し、しかめっ面を彼に向ける。

 今の彼女には今まで俺たちに接していたときに纏っていたお姉さんオーラが消えている。

 彼の登場は聖母のようだった部長を、普通の女の子へと変えてしまった。あるいはこちらのほうが彼女の素なのか。


「そんな顔も素敵だぜ、ノン」


 美女に冷たくされても彼はまったくこたえていないようだ。このチャラいあんちゃんもきっと女の人に不自由してないのだろう。


「ん? その金髪、君はひょっとして今年入学した話題の美少女の・・・・・・確か名前は荒木玲惟羅!」


 彼は今初めて玲惟羅に気がついたように言った。本当は入ってきたときに彼女のことをちらりと見ていたのを俺は知っている。


「いかにも予の名前は荒木玲惟羅じゃ」


 玲惟羅は彼に興味なさそうだ。その態度は素っ気ない。

 そもそも、チャラい男子というのは彼女達美少女にとって天敵である。


「バスケ部の田中が早速コクりにいって自爆したって聞いてる。ほかにつきあってる人でもいるのかい?」

「いないように見えるのかの」


 チャラいあんちゃんはあごに手を置き、椅子に座ったままの玲惟羅の全身をなめ回すように見た。


「それもそうだ。さしずめ田中をバスケで負かした一年坊が彼氏ってところかな」

「お主にそこまで答える義務はない」


 玲惟羅はそっぽを向いた。


「こりゃ、手厳しいねぇ。でも俺、強気な女の子が好みなんだ。携帯のアドレスを交換しようぜ」


 彼は上着の内ポケットからスマートフォンを取りだして振った。


「はいはい、部活の邪魔だからそろそろお引き取り願おうかしら」


 部長が椅子から立ち上がり、チャラいあんちゃんと玲惟羅の間に立ちはだかる。


「やだなぁ、焼きもち? 心配しなくても俺の一番はノンだけだよ」

「わかりました。分かりましたから出て行って」


 彼の背中をぐいぐい押して外の廊下へ追い出した。


「ごめんなさいね、変なやつが乱入したせいで話の腰を折って」


 ドアをぴしゃりと閉めると一同に頭を下げて謝罪した。

 追い出してしまったのはいいが、話の流れからいうと彼は一応手芸部員ではなかろうか。

 永一郎が興味津々という顔で聞いた。


「あの人、部長の彼氏なんですか?」

「いやねぇ、親同士が仲が良いので私たちも小さいときからのお知り合いなの。彼は私にとってできの悪い弟という感じかしら」

 

 部長は立ち上がったついでにみんなのお茶を入れ直した。


「手芸部の活動は何をするんですか?」


 彼女が入れ直してくれたお茶をみんなで飲み一息つくと、今まで周りの様子をうかがうだけで黙っていた持田さんが口を開いた。


「基本的に自由行動だけど、文化祭の時期には映像研究会と演劇部を手伝って衣装を作ったりするわ。クリスマスやバレンタインが近づいてくると、彼氏用のプレゼントにマフラーやセーターを編みたいんだけど編み方が分からない、という人のお手伝いをしたりするわ」

「文化祭もクリスマスもまだだいぶ先ですね」


 この学校の文化祭は十月に行われ、共学になる前に親に連れられてきたことがあるが、意味のわからない展示品と研究発表ばかりで、当時の俺には非道く退屈だった。


「そうなの。だから今、私が作ってたのは新任の先生が職員室で使う座布団なの」

「なるほど、教師の機嫌を取り籠絡すると言うことだな」


 玲惟羅が腕を組み感心する。


「まぁ、そんな下心がないといえば嘘になるけど、普段お世話になっている先生にご恩返しをしなくちゃね」


 そんなことを話しているうちに六時になり、今日は解散となった。

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