第130話 信忠生存の衝撃

 織田信雄。秀吉にヨイショされ織田家当主として三ヶ国を治めている。ところが、秀吉は外では信雄をただのお山の大将として扱っており実質織田家の家臣は秀吉に懐柔されていった。


 それを危機と感じた柴田勝家は信忠の息子、三法師を奪回し北ノ庄に匿った。清須会議で決められた正式な跡取りは三法師である。


 秀吉は三法師が居なくなったので信雄を表向きだけ立てて、三法師を亡き者にし織田家を継ぐ機会だと誑かした。信雄は余が織田の当主だとその気になっていった。


 目に余る秀吉のやり方に対し、勝家は詰問状を突き付けた。配下で信頼のある前田利家、それに傾奇者で有名な前田慶次郎利益をつけてよく話を聞くよう申し付けた。


 秀吉と利家は昔尾張の長屋で隣同士で住んでいた事があり、気心が知れた仲である。ただ、利家は秀吉が年々不気味に感じるようになっていた。若い頃と何かが違うのである。初めは利家の方が偉かった。ところが瞬く間に秀吉は頭角を現し、織田家の毛利攻め司令官にまで上り詰めた。今では織田家の中では誰も逆らえないくらい大きくなっている。


「嫉妬では?」


 岐阜へ向かう途中で利益が話しかけてきた。顔が笑っている。槍の又左が嫉妬かよと、顔で嘲笑っている。


「馬鹿を言え。それに人の心を読むのではない」


「叔父上は素直過ぎるのです。顔にもろに出てましたぞ。そんな事であの猿に詰問など」


 お前に出来るのか、とばかりの言い様である。前田慶次郎利益、天下御免の傾奇者と言われた前世では某漫画や某遊技機をキッカケにとーーーっても有名になった漢だ。利益は若い頃の利家を尊敬していた。が、最近の元気の無さに嫌気が指していた。そんなものなのかよ、槍の又左と恐れられた憧れの傾奇者は。


 岐阜城で羽柴秀吉に面会した。


「又左じゃねーきゃも。久しいのお。松殿は息災か?」


 秀吉の嫁ねねと利家の嫁松は仲が良かった。いきなり嫁の名を出されて、詰問してやろうと気構えていた、気合いが削がれてしまった。それを横で見ていた利益は、やれやれと呆れていた。こりゃいいようにやられるな、と。


 利家は秀吉を詰問した。織田家の当主は三法師様。最近の秀吉のやりようは目に余る。どういう事かと。


 秀吉は、柴田殿は北ノ庄におられ中々こちらには出てこられない。それ故に仕方なく信雄様のご命令により織田家を支えてるだけです、と。


 勝家の詰問状を元に数度詰め寄ったが、予想通りいいようにあしらわれた。それどころか、接待を受け昔話が弾み、帰る頃には仲良くなっていた。利益はその夜失踪した。利益は秀吉が嫌いだった、何故か?それはわからないが生理的に嫌いであった。


 翌朝、利家は秀吉に見送られ、沢山の土産を貰い北ノ庄へ戻っていった。利益が居なくなったが、元々厄介者と思っていたのでそのままにしておいた。この時、前田利家の腹は決まっていたのかも知れない。





 利家は北ノ庄へ戻り、柴田勝家に報告した。秀吉は織田家の事を考えて行動している。全て信雄様のご命令に従っていると。勝家は信じなかったが、利家の報告を否定も出来ず悶々としていた。そして雪が溶けたら軍を率いて上京しようと考えていた。


 そこに、武田勝頼の文が届けられた。


 勝頼の文は全国の大名へばら撒かれた。それだけでなく、京、堺でも武田忍びが流聞を流し瞬く間に広がった。織田家の真の当主、織田信忠は生きている。武田に匿われていると。


 武田軍を率いて信忠が京に登るとか、三法師を取り返しに攻め上がるとか噂が飛び交った。


 信雄は、心の底から焦った。


「ま、まさか兄上が生きておられるとは。余、余はどうなるのじゃ。兄上に織田家を取られてしまう」


 信雄は秀吉を呼び出した。




 秀吉は信忠生存を聞き、黒田官兵衛を呼び出した。


「官兵衛、どう思う」


「あの山崎の戦から逃げおおせたとは思えませぬ。武田の策略の可能性が高い」


 確かにあそこから普通では逃げられまい。普通なら。だが勝頼は普通じゃない、今度はどんな手を使った?


「官兵衛、忍びの情報は?勝頼はどんな武器を使っている?」


「穴山を滅ぼし、関東を制圧した様子。出羽、陸奥とも同盟を結んだと。東は全て武田になった。武器は射程距離の長い大鉄砲、鉄甲船の大砲のようなものらしい。城の外から天守を攻撃したようだ」


 大砲だと。そんな物をどうやって?だが大砲で信忠は救えまい。ガセか?いや、あの勝頼がそんな嘘をつくとは思えん。


「官兵衛、信雄に呼ばれてる。行かねばならぬが、……… 勝頼は嘘をつくまいて。信忠が生きている事を利用する手を考えてちょ。行ってくる」


 困った時の黒田官兵衛。


「やれやれだ。生きてる訳は無かろうて」


 官兵衛はそういえば信忠に官兵衛と同じ佐々木源氏の忍びが仕えていた事を思い出した。配下の甲賀忍者に連絡が取れるよう依頼した。

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