第108話 真相

 「のう、信忠殿」


 そう、織田信忠は生きていた。なぜ、信忠が駿府にいるのか?その前に勝頼がこの数日間何をしていたかである。


 大崩の造船所で勝頼がどうやって戻ってきたかを説明した翌日、駿府城で軍議を開き、馬場美濃守を留守居役とし、信勝を総大将とした三河、遠江、駿河からの二万の兵が三島へ向かった。小田原城の北条を牽制しつつ、三島から御殿場、郡内を抜け武蔵へ出る。つまり小山田の領地を通過することになる。


 勝頼は改めて各大名に文を出した。お土産付きである。

 上杉景勝、直江兼続へは、


『 お久しぶりでございます。勝頼、ある所より戻ってまいりました。既に武田家の家督は信勝へ渡しておりますゆえ、隠居の身となります。さて、武田家は今まで通り、上杉家とは懇意にしていきたいと考えております。武田は織田信長殿、信忠殿とは親しくしておりましたが、今の織田家とは結んでおりません。上杉家が今争っている織田軍は共通の敵でございます」


 佐竹義重へは


『お久しぶりでございます。勝頼戻りました。ご心配をお掛けして申し訳ございません。穴山が武田から独立しご迷惑をお掛けしているようですが、これから武田家の内紛は納めてまいります。佐竹家とは今まで通り懇意にしていきたいと考えております。いずれご挨拶に伺わせていただきたいと思います』


 結城、里見、成田、穴山配下の宇都宮、佐野にも文を出した。大名は声を揃えて、


「おお、これはかつよりんZではないか。これはいいものだ。間違いない、勝頼殿は戻られた!」


 男はいつの時代も単純な生き物なのである。


 当然だが、穴山梅雪、小山田信茂、五郎盛信へも文を出した。突然いなくなったのは申し訳なく思う。今更戻れないだろうが、刃向かうなら潰すと。






 大崩に戻った夜、お市と二人っきりになった時に、何で穴山が裏切ったのかという話になった。裏切った歴史があるからこそ、大事にしてきた。あれで裏切るならどうすりゃよかったの?って話である。


 お市は勝頼がどれだけ穴山を立ててきたのかを見てきたので納得がいっていなかった。


「簡単に言うとな。例え話だが、武田株式会社の社長が俺で、穴山は部長だった。穴山は他の会社とも交流があった。友好的な関係の織田株式会社の社長が信長で、そこに秀吉という課長がいた。秀吉はやり手で直ぐに部長になった。織田は同族企業だから社長にはなれないにしても、もっと偉くなりそうな男だ。秀吉はなにかと穴山に接触してきては穴山を持ち上げた。実力のあるすごい男だと褒められた。穴山は凄い男に褒められて悪い気はしてなかった。そんなときに突然、俺が居なくなってやっぱり同族経営だから信勝が社長になった。ただ信勝は実力は未知数で、少なくとも結果は何も出していない。でも社長は社長だ。納得がいってないというときに、秀吉から信勝にまで従う必要はあるのですか。穴山様は実力は武田家一ではありませんか?この際独立しませんか?この秀吉が全面的に協力致します。なーんて言われてその気になった」


「話長いよ。要は秀吉に乗せられたって事ね。でも、そんな簡単に」


「そこが秀吉の怖い所だな。俺がいた未来では穴山は五大老の一人になってたよ。東名高速が穴名高速になってて目が点になった」


「何、それ?そうならないようにしないとですね」






 そして武田軍は三島山中城を攻めた。小山田信茂は津久井城を攻めていて不在だったが、慌てて郡内に戻った。山中城には旧今川勢が多く、武田軍の岡部、朝比奈に説得され開城した。そのまま御殿場へ軍を進めようとした時に茜から連絡が入った。


「何!信忠軍が明智に勝ったのに信忠が逃げてきただと」


 そうなったか。秀吉め。本領発揮してきたな。勝頼は小山田攻めを信勝に任せ駿府へ戻った。軍監として昌幸をつけてある。


 駿府城へ織田信忠が現れた。本多忠勝に連れられてである。二人ともボロボロだった。


「信忠殿。ご無事で何より。忠勝大儀であった。早速で悪いが話を聞かせてくれ」


 信忠はお市の出したハーブ茶を一気飲みし、一呼吸してから話を始めた。






 勝竜寺城に入り、秀吉を迎える事にした。滝川一益の伊勢軍、蒲生親子、丹羽長秀の軍は急襲に備えてある。筒井順慶の軍は明智残党狩りに行くといい散って行った。そこに秀吉が三万の大軍を連れて現れた。手には光秀の首を持っていた。


「上様。ご無事で何よりでございます。逆賊光秀めはこの猿が討ち取りました」


「どこでだ。明智軍は滅したが光秀には逃げられてしまい探しておったのだ」


「ほれ、そこの山中にございます。それがしの部下が討ち取りました」


「大儀であった。それによく戻った。毛利はどうなったのだ」


「毛利とは、備中、美作、伯耆を譲り受け和解致しました。織田の領地はどんどん増え続けておりますぞ。この秀吉の功績をご評価いただきたく」


「こんなに早く戻れるものなのか」


「それはもう天下の一大事。亡き上様の仇を取ることしか頭になく、全軍全力疾走でございました。なせばなるものでございます。そういえば、日向めの文には信忠様もお亡くなりになったとありましたが、ご無事で何よりでございます」


 秀吉の態度に皆が安心した。信忠を上様と呼び、織田家のために働いている事を明確に発言したのである。これが、秀吉の作戦である事とは誰も気がつかなかった。


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