第9話 挨拶はきちんとしよう!(戒め)

「キス……キス?」


「うん」


「え〜っと、まだ2日目だよね?」


「うん」


「ハイスピード過ぎません?」


「分かってる。でも、私早くお兄ちゃんとの関係を進展させたくて……」


「昨日ゆっくり行こうみたいな事言ったら、うんって言ってくれたよね!?」


「……ふ。所詮私も獣。機会チャンスがあったら狙うんだよ?」


「ひ、開き直ってる!?」


「……でも、今回はお兄ちゃんが自滅したんじゃん。なんでもするなんて簡単に言っちゃダメだよ?」


「うっ、それは確かに、そうです」


「まぁ……お兄ちゃん。今回は少し高めの授業料だと思って諦めてくれや」


「なんかぼったくりバーのヤクザみたいなこと言ってる!?」


「とりあえず、帰ろう?」


「そうだね」


 ―――



【ルナちゃん視点】


 よし、照れをヤクザ演技で誤魔化せてる。昨日みたいには行かない!


 私は昨日の私とは違うのだ。



 ―――




 家に着いた。今の時刻は午後5時。キスの話をしてから多少ぎこちなかったものの、少しずつ話していたらそれも消えた。


「ちょっと早めだけど、もうご飯食べちゃおっか」


「昼ごはん早めだったし丁度いい感じにお腹減ってるしね。じゃあ俺はお風呂洗ってくるね?」


「はいはーい。あ、お兄ちゃん。洗濯物お風呂場に干してるから取り込んでくれない?」


「了解です」


 いや……ほんとに素晴らしいな。なんだろう。


 この、安心感。


 洗濯物を取り込みながらそんな事をしみじみ思う。まだルナちゃんと暮らして2日目だけど。


「あ、下着……」


 ルナちゃんの真っ白な下着が小さな洗濯バサミにぶら下がっている。


「てゆーか……なんか洗濯物がいい匂いする……」


 俺は手に持っているルナちゃんのパジャマを嗅いで言う。


「これが……女の子の力……」


 すんすん……


「お兄ちゃん?私のパジャマ嗅いでどうしたの?」


「うわあああぁぁぁぁぁぁ!!!!????」


「お兄ちゃんって、変態?」


「ち、違うんや!これはな、誰でもそうなるんや。可愛い女の子のパジャマを手に持ってたら誰でも嗅ぎたくなるんや!」


「……あ〜まぁ、好きな人の匂いなら嗅ぎたくなって当然かもね……(私も人の事言えないし)」


「おっ、せやろ!?」


「でも今、可愛い女の子のって言ったよね?」


「はっ!?」


「つまり私以外の女でも可愛いかったらパジャマの匂いを嗅ぐと?」


 目からハイライトを消し首を傾げるルナちゃん。


「あ、いや、それはなんというか……」


「……ふふふっ、嘘だよ嘘。お兄ちゃんも男の人だからしょうがないって事くらいわかってるよ?」


 すうっとルナちゃんの瞳に光が宿っていく。


「いや、こっわ!演技が上手すぎる!」


「でも、浮気とかされたら闇堕ちしちゃうからね?」


「浮気なんて神に誓ってしません。ていうかモテないから出来ません」


「……はぁ〜……これだから鈍感は」


 小声で何かをぶつぶつ言っているルナちゃん。


「何その呆れたようなため息は」


「……なんでもないよ。あ、聞くの忘れてた。お兄ちゃん鍋って豆乳とアゴだしどっちがいい?」


「……アゴだしで」


「かしこまり!」


 アゴだし鍋ってマジでうまくない?



 ―――



「はぁ〜うまぁ……」


「鶏団子の汁がジュワッと……」


「野菜も肉もバランス良く取れるし鍋最高……」


「鍋しか勝たないね……」


 2人して鍋を味わう。


「お兄ちゃん……柚子胡椒入れたらもっと美味しくなるよ?」


「何?柚子胡椒だと!?そんなの入れるしかないでは無いか!」


 スプーンで柚子胡椒を掬って中に入れる。


「少しピリッとして良い……」


「お兄ちゃん……暑くない?」


「暑いね」


「汗びっしょりだよ……」


 ルナちゃんが額から出た汗を拭う。


 ……うん。なんか色っぽいな。いや、今は食事中。食事に集中せねば。


「……チラチラ見てた」


「な、なんの事かな?」


「お兄ちゃんにだったら見られてもいいけどね」


 色っぽさも相まってルナちゃんがかっこいい。


「……ルナちゃんってさ、学生の時モテたでしょ?」


「うん。女子に」


「女子!?」


 ……キマシ?


「私のファンの子達にね」


「ファン!?」


「私中高演劇部のエースだったから……」


「……なるほど。宝塚的な感じか」


「私に寄ってくる男の子達はだいたいその子達に追い返されてたんだよね……」


「SPかな?」


「あはは、確かにSPだね」


「ルナちゃんってさぁ、ほんとになんで俺のとこに来てくれたの?」


「う〜ん、約束だし、何よりお兄ちゃんの事が好きだったからね。小さい頃の自分を知ってて、ホントの自分をさらけ出せるから」


「ホントのルナちゃん?」


「うん。私さ、人に気を使うってのがほんとに面倒くさい人でさ。でも、演劇部のエースとして常に演じてなきゃいけなかったし……でもお兄ちゃんの前だと気なんて使う必要無いし。お兄ちゃんと話すの楽しいし」


「……それ」


「え?」


「いや、俺はルナちゃんみたいな演劇部エース!とかでは無かったけど、同じく人に気を使うのが面倒くさいっていうか……社会人なのに何言ってんだって感じなんだけどね。ルナちゃんにはなんかさ、気を使うけどそれが苦じゃないっていうか楽しいんだよね。安心するって言うか」


「……ねぇ、お兄ちゃん?」


「ルナちゃん?」


 ルナちゃんが熱っぽい視線をしている。


「キスの命令ここで使っても良い?」


「……今食事中だよ?」


「……別にいいよ?だからさーーー」


 ルナちゃんにグイッと身体を引っ張られる。


「しよ?」


「……う、うん」


 覚悟を決めるんだ俺。


 ルナちゃんはこんな事言ってるが目をつぶって現在進行形で体がプルプル震えてる。


 8歳下の女の子に、こんな思いさせてどうする。


「じゃあ……」


「〜っ」


 服の裾をぎゅっと握られる。


 俺とルナちゃんの唇がどんどんと近づいていき、そしてーーー


『てんてん、てんてけてんてん、てんてけてんてん』


 机の上に置いてあるルナちゃんの携帯が鳴った。思わず画面を見るその文字に俺は凍りついた。


『お父さん』


「お父さん……」


「ごっ、ごめん!〜っもう!いい雰囲気だったのに!もう何!?お父さん!」


 ご挨拶忘れてた……(絶望)


「えっ、何?お兄ちゃんと代わって?お兄ちゃん、お父さんが代わってって言ってるから代わるね?」


「アッハイ」


 反射的に電話を取る。


『もしもし。春川ルナの父です……そちらは、張本くんかな?』


 厳格そうな重い声が聞こえてきた。


 ほんとに後から絶望が来てしまった……

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