第109話

 かつて、王の末裔たる一人の騎士が居た。





 その騎士には天賦の才があり、国でさえ相手取れる程の剣と拳、そして冴える頭脳があった。


 また、その身体にどんな銘酒より高価で高貴、高潔な血が流れ、それに伴う輝かしい未来も持ち合わせていた。


 騎士は誰もから羨まれたが決して傲らず、貧民にも令嬢にも手を貸し、鋼と流血は最後の手段だと弁える品格も兼ね備えていた。


 誰もが玉座に座る騎士を待ち望んだ。


 黄金の玉座に座り、その血筋と品格によって玉座に負けない程の光輝く治世がもたらされるのを、民衆は待ち望んでいた。



 だが、騎士の名誉は突如剥ぎ取られた。



 策略により、何一つ落ち度の無いまま騎士は国から全てから否定され、未来を奪われ、高貴だった血筋さえも汚水や唾と大差ないと蔑まれた。


 物乞いと肩を並べる程の底へと落とされ、宮殿で眠っていた騎士は泥まみれで燃やす為の藁を人々から乞う立場へと落とされた。


 騎士ですら無くなった男に残されていたのは拳と剣の腕前、そして頭脳だけだった。


 男は全てを敵に回す決意をした。


 仕えていた国すら相手に、牙を剥いた。


 国を相手に、剣を握る覚悟を固めた。


 誰からも理解されず、血筋を否定され、家族にすら見放された男は自らを陥れた者達を、必ずしも引き裂くと魂に誓った。


 ある日、夢に神霊が現れて男に贈り物を授けた。想像も付かない様な、重い代償と引き換えに。


 その日から国の先々で、惨劇が起きる事となった。


 男は剣と殺戮、そして悪夢の様な力を使い、自らが治める筈だった国を腐らせた連中を引き裂いていった。


 騎士の頃に持ち合わせていた品格と節度はとうに腐り果て、男は血腥い暴力によって内臓の匂いがする正義を求めた。


 かつて治世を期待される程に高貴で人格者だった男は自らを赤黒く染め、自らの正義を名目に鮮血を浴びる様になっていた。


 男は力を使い、力を思い知らせ、そして誰よりも力を求めた。


 そして力を奮い続けたある日、男は黒く濁った一線を越えてしまった。


 全てを歪め、民衆を逃げ惑わせ、国を叩き潰す程の黒い力に染まってしまった。


 怪物を呼び出し、自らも怪物となり、立ちはだかる者をどれだけ凶悪であろうと、また高潔であろうと引き裂いた。


 いつしか男は奇妙に蒼白く染まった骨の槍を手に入れ、国の全てに破滅をもたらしていった。


 遂に男は節々まで黒く、冷たく濁り切った末に王を討ち果たし、鮮血のこびりついた玉座に座る事となった。


 国はその男の代で終焉を迎え、今では書物に過去の歴史文献から構成された記録が残るだけとなっている。


 現代において、奇妙で超常的な文献が多い事から末期の歴史文献は半分以上が創作と捉えられており、学者達の間では歴史考証に足る記録ではない、という通説だ。


 しかし一部の熱心な学者の間では、歴史文献の中期から登場する“蒼白い骨の槍”という単語が何を指す比喩なのか、という議論が今も活発に続けられている。





 ある物理学者は、もしこの骨の槍が記録通りの強度で実在していたのなら、それは間違いなく硬化処理されたフカクジラの骨だろう、と結論付けた。

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