第89話

 1838年

 レガリス中央新聞

 紅葉の月5日


 “雨の中起きた惨劇、邪教徒によって再び阻まれた未来”





 陰鬱な雨の降り続いた先日、ワーディーボンディッツ地区で余りにも不条理な惨劇が起きた。


 帝国内において亜人等の劣等人種を規制・管理する事により、不当な介入や勢力から正当人種たるキセリア人を守る事に常日頃から尽力しており、帝国の大多数の民から支持されていたレスター・コールリッジ氏。


 先日、コールリッジ氏は黒羽の団の邸宅襲撃により不幸にもその命を落としてしまった。


 本紙でも以前取り上げたがコールリッジ氏及びコールリッジ氏の邸宅には、ピアッツィ氏が開発した最新鋭の自律駆動兵“グレゴリー”と“アナベル”が搬入され、それぞれが警護に当たっていた。


 そうして穢らわしい抵抗軍から守られていた筈だったレスター・コールリッジ氏が、先日雨に乗じて邸宅に忍び込んだ抵抗軍の凶刃により、暗殺されてしまったのだ。





 雨に乗じて、害虫が這う様に邸宅に忍び込んだレイヴン達は憲兵達に上級衛兵、使用人までも惨殺。


 特に、コールリッジ氏の凄惨な遺体は親族に癒えない傷を残し、今も記者の耳には親族の悲痛な慟哭が離れない。


 コールリッジ氏の親族は今回の事件を機に、帝国軍への全面的な協力、投資を確約。


 今回の事件と調査に立ち会ったコールリッジ氏の父、カーティス・コールリッジは「主従の垣根を越えようとした罪人達全てに、誅伐を与えて欲しい。私の様な、無実の息子を奪われる父親が二度と現れない事を祈る」と涙ながらに語った。





 加えて今回の事件を当事者達に調査した際、悪夢の様な事実が判明した。


 本紙の講読者は覚えているだろうか、ナッキービル地区によるディオニシオ・ガルバン氏暗殺の際、邪神信仰の末に産み出された“黒魔術”と呼ばれるおぞましい現象を。


 それと殆ど同一と言って良い、かなりの類似点が確認される超常現象が再びワーディーボンディッツ地区でも確認されたのだ。


 邸宅内部、及び邸宅周辺において、悪夢の様な大量のカラスがレイヴン達に従う様に追従していたと、今回も数少ない生存者が供述している。


 邪神信仰によるテネジア教への宗教汚染の面もあるとして、帝国本部は予定していた邪教徒への即日投獄や、市民権剥奪等の処罰を邪教徒の関係者にも適用する等の処置を予定より早め、本日急遽施行した事を公表した。


 言うまでもなく、レガリス市民が本紙に目を通す頃には施行済みなので、安心して外を歩いて欲しい。





 抵抗軍の報復、惨殺により、レガリス及びバラクシアに置いて亜人の身分は益々制限され、更に環境は厳しくなっていく。


 果たして、黒羽の団は何の為に戦っているのだろうか?今回の事件も含め、結果的に亜人から権利を取り上げる結果にしかなっていない事を、果たして黒羽の団はどう捉えているのだろうか。





 一説によれば黒羽の団は亜人の地位向上、人権確保等ではなく、邪神信仰の対象、邪神グロングスへの供物を調達する為に理由を付けては惨殺しているのではないか、との事。


 今回の“黒魔術”と呼ばれる超常現象についても、今までの生け贄や供物の末に機が熟したのではないか、と見る者も居る。血統的残虐性や暴力的な性質から考えても、無視出来ない意見とされている。


 もしくは、先述の目的と邪神信仰をするべく動いているのでは、という意見もある。





 今回から施行された新条例により、今朝方もトラバイン地区で四人の亜人が逮捕された。


 邪教徒の嫌疑が掛けられたラグラス人達は当初、邪教徒である事を否認していたが憲兵が尋問した所、涙ながらに邪教徒である事を自白し、改宗課程の後に収監される事となった。


 今回危うい所で邪教徒を摘発出来たが、ラグラス人4人が号泣しながら自白した事により、憲兵はある想いを感じていたそうだ。


 ラグラス人も、表には出さないだけで自らが生まれながらにして罪深い存在だという自覚があるのではないか?という想いだ。


 一部の奴隷達や亜人には、罪の意識があるのではないだろうか?亜人にだって物事を考えられる者は少数ながら居る。


 だとすれば、自身が裁かれるべき、自身は生まれながらにして罪を償うべき存在だと自覚しているからこそ、我々に従事する道を選んだのでは無いだろうか?


 我々に正され、導かれるべき存在だと分かっているからこそ、彼等は我々に従うのだ。


 彼等の使命が従う事ならば、我々の使命は?

 それこそ、敬虔なるテネジア教徒の我等には言うまでもない。


 我等が聖母、テネジアが崖で足を踏み外しそうになっている子ヤギ達を導いた様に、我々は罪に苛まれ悔やんでいる亜人達を、贖罪の道へと導かねばならないのだ。





 諸君の家に居る奴隷が道に迷っていたら、聖書と共に従う道や償いの道を示してやるべきだ。


 週末にでも家庭の本棚から聖書を取り出し、奴隷に読ませておくのも亜人を導くべき“主”としての嗜みなのかも知れない。

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