第87話

 随分な雨だ。





 窓の外、水滴が叩き付けられる光景にそんな感想が漏れる。


 ポレンタとオッソブーコで早めの夕食を済ませてからも、相変わらず雨は弱まる事は無い。


 雨は嫌いだったし、雨上がりの匂いは同じくらい嫌いだった。


 時折、クールなつもりなのか「雨が好き」だの「雨の匂いが好き」だの言う連中は居るが、レスター・コールリッジに言わせればそんなものは“雨が好きな自分”が好きなだけだろう、と言わざるを得ない。


 濡れるのが好きなら一人で水でも被れば良い。雨の匂いが好きなら濡れた服で外でも歩いていろ。


 コールリッジは、本心からそう思っていた。勿論、口に出す程子供ではないが。


 雨は昔から大嫌いだった。元々雨や湿気が嫌いという事もあるが、それよりも雨の時は何故か不都合な事や不幸が起きる事が一番の理由だった。


 自身の母が肺炎で死んだのも雨の日だったし、かつて自身が大損失を被ったのもこんな大雨続きのある日だった。


 家訓、という訳では無いが大きな取引や商談を纏める際には、多少無理をしてでも晴天の日を選ぶようにコールリッジは心掛けている。


 今でも記憶に新しい、議員になるべく担当者と話を纏める、運命の日。


 当日、わざわざ電話を使ってまで日取りを延期してもらったものだ。勿論理由は言わすもがな、大雨が降っていたからだ。


 後日、晴天の日に再び担当者と話し合い、結果政治家になれたのだが、あれは今になっても晴天の日を選んだから上手く行ったのだと自負していた。


 あのまま大雨の日に話を進めていれば、絶対に上手く行かなかっただろう、とも確信していた。


 だからこそ、ここ連日の大雨には随分と苛立っていたし、また危惧していた。


 理由は言うまでも無い。ここ最近の抵抗軍どもの事だ。


 この前のレイヴン襲撃事件は随分と肝が冷えたし、あの時は“今夜は雨も降っていないのにどうして”と心から思った事も覚えている。


 だが、我等がテネジアは自分を見捨てては居なかった。偶然にも先んじて搬入していた自律駆動兵が穢れた抵抗軍、レイヴンどもを次から次に叩き潰し、汚い肉塊にしてしまったのだから。


 あれから自分は一躍時の人となり、今では私が生きている事がレガリス及びバラクシアの輝かしい未来を約束している、とまで言われているらしい。


 小物染みた感情だから表に出さぬ様に気をつけてはいたが、正直に言ってしまえば気分は良かった。


 今でもあの時、予定より早く自律駆動兵を搬入出来た事は運命だと思っている。


 その後、勿論晴れた日に機動型の自律駆動兵“アナベル”も搬入し、民家の屋根や屋上等のレイヴンやカラスが彷徨く様な場所の警備に当たらせていた。


 来週にでも、恐らく自律駆動兵の開発に関して資産家達の投資が確約されるだろう。


 この自分が、自律駆動兵でレイヴンを退けた事によって。


 そうすれば自律駆動兵の普及に伴い、その切っ掛けを作った人物として益々自身の名声も高まっていく事だろう。今後の選挙にも、好影響をもたらす筈だ。


 だが、勿論自分は愚鈍ではない。


 恐らく今、自分は抵抗軍どもやレイヴン達から躍起になって狙われているだろう。


 著名な投資家のレーヴェ氏が投資を検討している件を踏まえても、今私を暗殺する事が出来なければレイヴンが手も足も出ない自律駆動兵が、レガリス中に普及するのは時間の問題だ。


 今の手応えならば、一週間か十日もすればレーヴェ氏からの投資は確約されるという、確信がコールリッジにはあった。


 勿論、重装型の自律駆動兵“グレゴリー”が居座っている事、そして前回のレイヴンどもの殆どが叩き潰された事を考えれば軽率に手は出せないだろう。


 だが、万が一を常に考えなければならないのが世の常だ。


 “全てを踏まえた上で”レイヴン達が死に物狂いで立ち向かってくる事も、低い確率だが考えられる。


 多少無理してでも万全の策を講じてあるが、窓を叩き続けるこの雨だけがどうしても気掛かりだった。


 先週、耳に挟まった“雨だろうとカラスはお構い無しに飛び回る”という言葉が、ずっと不吉な響きと共に耳の奥に張り付いている。


 小さく、悪態を吐いた。


 どうせ、レイヴンがずぶ濡れのまま屋根を走って飛び込んできた所で自律駆動兵に勝てる筈も無い。まさか、雨で自律駆動兵が故障すると思っている訳でもあるまい。


 理屈ではレイヴンに勝ち目が無い事も、襲撃しても自律駆動兵に叩き潰されるだけだと言う事も分かっていた。


 それでも、この雨のせいで不吉な想像が頭から離れない。


 再び悪態を吐く。





 雨は、益々強くなり始めていた。

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