第49話

 「イステルは無理に狙う様な目標じゃないだろ」





 「ヴィタリーの言う通りだ。いずれ対処しなければならないのは間違いないが、何も今優先して狙う様な目標じゃない。アキム、何を焦っているんだ?」


 「何も焦っている訳では無いクロヴィス、ここで民衆を完全に味方に付けておく必要がある」


 「民衆なら十分味方してくれてると思うがな。少なくともレガリスじゃ帝国から金貨を貰ってない奴なら、大半が黒羽の団を応援してくれてる筈だ。クソのついでに祈る程度かも知れないが、何も敵って事は無い筈だ」


 「そうも言っていられない。前にデイヴにマクシムを片付けさせたのを覚えているか?」


 「あいつの話はやめてくれ、胸糞悪い」


 「ヴィタリー、真面目に聞け」


 「分かったよ。あいつが片付けたマクシムが何だって?」


 「当時はマクシムの情報網を手に入れ、活用する事に加え、修道院やテネジア教徒をそのまま味方に付けるつもりだった。だが、実際にはそう上手く行かなかった」


 「……情報網はかなり有用だったが、修道院の連中は味方とは程遠かったな。テネジア教徒の大半が今も、テネジアに祈りながら憲兵にクソを擦られない様に震えてるのが現状だ」


 「待ってくれヴィタリー、だがガルバンの時、ワイン樽の搬入では修道院の連中は十分に役立ってくれただろう?」


 「クロヴィス、あれだって弱味を握ってるから出来た事だぞ。すっかり帝国のケツを舐める癖が付いてる連中だ、殆ど脅迫しないと動こうとしなかった」


 「ヴィタリーの言う通りだクロヴィス。向こうからすれば、救世主どころか脅してくる相手が変わったに過ぎない。今頃、“今度はラグラス人に脅される様になった”とぼやいてる筈だ」


 「……剣を振るっている限り、血塗れには変わり無い、か」


 「そして、間が悪い事に今回の事件だ。ナッキービル庭園でよりにもよって、デイヴは黒魔術と呼ばれる方法で窮地を切り抜けてしまった」


 「……………あぁ、成る程な。面倒な事になったもんだ、問題を解決してんだか増やしてんだか分かんねぇな、あのクソ野郎は」


 「何が成る程なんだ?」


 「考えても見ろクロヴィス、今黒羽の団はあのクソ野郎のせいでどうなってる?大修道院に押し入って上級尉官を暗殺、ついでに兵士も殺して回った。その次にはナッキービルの貴族共の庭園で、貴族の首を斬り飛ばした上に黒魔術でカラスを産み出して大騒ぎだ。そんな奴等に付いていきたい奴なんてまず居ない」


 「………成る程、此方も合点が行ったよ。今、レガリスからしたら黒羽の団は、よりにもよって修道院を襲撃した上に黒魔術で周りを脅かす邪教集団だ。ここから、少なくとも“民衆の希望”になれるまで、評判を取り戻す必要がある訳か」


 「そういう事だ。めでたく仕事が増えた訳だな」


 「只でさえ、黒羽の団はデイヴが来る直前は風前の灯だった。そこから、邪教に染まった様にしか見えない方法で再び勝ち上がってきたのだからな………正直、民衆からしたら帝国に怯えている上に、今はレイヴンにも怯えている者も少なくないだろう」


 「それで、イステルを片付けて少なくとも黒羽の団は“民衆の味方”だと示す訳か。だがアキム、そう上手く行くか?只でさえ、イステルは外面は殆ど完璧だ。救世主の様に思っている連中も少なくない」


 「外面は立派だが、後ろ暗いのは確かだ。こいつで儲けてる連中は良い顔をしないだろうが、こいつのせいで起きた抗争の結果、無視出来ない人数が死んだ。レガリスの一部から憎まれているのは間違いない」


 「レガリスのどれだけの人数が、こいつの裏の顔を知ってるかが問題だな。わざわざ言うまでも無いだろうがな、こりゃ賭けだぞアキム。もしこいつの外面だけが広まっていれば、黒羽の団は邪教集団な上にわざわざ民衆の救世主を殺す悪魔になっちまう」


 「レガリスの民衆を信じろヴィタリー、彼等は必ず分かってくれる。イステルの死によって我々の立ち位置と意思を示せば、民衆は我等の側についてくれる筈だ」


 「まぁ良い………それで、この仕事をあのクソ野郎にやらせようってか?自分でケツを拭かせるのは結構だがよ、アイツは本当に使えるのか?俺は正直、今でもアイツに仕事をやらせるのは反対なんだがな」


 「ヴィタリー」


 「分かったよ、お前には敵わん」


 「今回の件はデイヴにも僥倖の筈だ。疑いを晴らし、忠誠を証明する良い機会なのだから」


 「私もあの後少し牢で話した所、確かに今後も我等に協力するつもりだとは言っていたが………後が無いのだから、協力するしか無いと言うのが本音だろうな」


 「餓えたカラスは腐肉にも食らい付く、それこそ死に物狂いでな。生きる為なら、何でもやるだろうさ。アキム、繰り返すがアイツを本当に使うのか?」


 「黒魔術が周りからどう捉えられるにしろ、現にデイヴの黒魔術は帝国を脅かすだけの力がある。あの力を扱えるのなら、帝国に対して武器にも切り札にもなる筈だ。勿論、皮肉抜きでな」


 「切り札だろうよ。俺達が黒魔術で滅ぼされない限りは、だが」


 「今回の目標、イステルも最優先じゃないにしろ、今まで通り困難なのは違いない。この任務を果たせるかどうかで、彼の今後の処遇を決めるとしよう」


 「……………まぁ、お前が決めたと言うんなら俺は従うだけだがよ。一応聞くぞ。もしあのクソ野郎がしくじったらどうするつもりだ?」


 「考えたくは無いが、ヴィタリーに同感だな。アキム、もしデイヴィッドがこの任務を果たせなかったらどうするんだ?そこだけは明文しておいた方が良いだろう」


 「勿論言うまでも無い、無理に狙う必要も無い目標をデイヴに狙わせたのはそれも理由の一つだ」






 「この任務を満足に果たせないのなら、切り捨てるまでだ」

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