5.魔の森にて


 ゆっくりと辺りを見回すと、確かにそこは全体的に黒っぽい木々が生い茂る場所だった。中でも、目の前の大きな木は幹も黒っぽく、葉もかなり深い緑色なのがわかる。転移は上手くいったようだった。今回は大人数なので、上手くいってほっとした。

 ここは、魔の森の奥深い所だ。ちょうど、魔族が『開発はここまでにして欲しい』と言っていた集落から10キロの地点になる。

「これが…」

「本来の魔木と呼ばれる木だな。魔族にとっては信仰の対象にもなっていたはずだ」

 土の精霊王はそっと木に触れて言った。

 私はそっと魔木の鑑定を行い、紋様はコピーさせてもらった。

「この辺りは特に問題はなさそうだな」

 そう言ったのは闇の精霊王だ。

「ええ、開発が進んでいるのは、ここから南東に80キロ程のところまでですね」

 ディスプレイを眺めながら、現在地をきちんと記録しておく。念のために起動してある探索術には、ちょこちょこと魔物と呼ばれる個体の反応がある。辺りには気配隠秘や認識阻害を組み込んだ結界を張っているので、今のところ気づかれてはいない。そこそこ強そうなので、出会わないに越したことはないだろう。

 土、湧水、その他の植生や目視できる位置まで近寄って来た動物の鑑定を一通り済ませた。私の自宅の周辺とは色々と違うところも多くて面白かった。土の精霊王は以前自身で言っていた通り植物に関してはかなり詳しく、思いもよらない話が聞けたりした。闇の精霊王は虫や動物に関してはそれほど詳しいわけでもと言いながらも『年の功』だそうで、こちらも色々と教えてもらった。

「鑑定でわかるだろう?」

「鑑定で見える事と、実際見知った人の言葉を聞くのはまた違いますから」

 光虫の仲間だという虫がいたので、カルス、イシュは大興奮だ。

「この光虫は、土の中や朽木の根に巣を作る。リッカが眷属にすれば、今度は光と土の属性の精霊になるやもしれぬ」

「それはいい考えだな。見たところリッカの眷属に土のマナを持つ精霊はいないようだ」

 闇と土の精霊王はそう言って私を見る。冗談なのか本気なのかわからなくて、笑って済まそうとしたら、カルラ達がキラキラした目をして私を見た。

「ご冗談、ですよね?」

「いや」

「土の属性は役に立つぞ。進化させるのが嫌ならば、聖地で生まれた者の中から選んでも良いだろう」

 土の精霊王も薄く笑ってそう言った。

(ええええええ……?)

 これは渾身の精霊的な冗談ジョークかと思いたかったが、どうやら違うらしい。

「主様、この子一緒に行ってもいいって!」

「この子も言ってます!」

 カルスとイシュは、黒いツヤツヤした丸い虫をそれぞれ抱いて連れてきた。

「リッカ」

 闇の精霊王が口を開く。

「土の属性の精霊もだが、この森に自生するものと話ができれば、今の森についても聴きやすかろう」

「なるほど……そうですね」

「帰りの転移もある。魔力量が心配ならば、戻ってからでも良いと思うが…」

「主様なら、2人くらい問題ないです!」

 なんだか勝手に話が進むので苦笑してしまったが、それ程悪い話でもない。私は抱っこされている光虫に話しかけた。

「急にごめんね。良かったら話を聞かせてくれる?後のことは、それからきちんと話し合って決めてくれればいいから」

 1匹がぷんぷんと羽を震わせて、私の前に浮かんだ。確かに、カルラ達とは少し違う。羽は2回り小さいが、6枚あるようだ。硬い甲殻の裏はしっとりした銀色に光っている。

「主様、捕獲はしなくていいかも。名前つけてあげてね」

「そうなの? 2人ともありがとう」

 通訳してくれたカルスと光虫にお礼を言って、私は光虫を見つめる。

「あなたの名前は……」

 目の奥にラブラドライトのような、角度によって変わって見える光が見えた気がした。

「……ブラド。ブラドはどうかな?」

 耳に刺さるようなキンとした音がしたと思った瞬間、白、いや銀色の光が爆発して一点に収束した。目の前には、黒く、それでいて銀色に輝く長細い卵のような物が浮いている。

「リッカ、魔力は……」

「…おそらく、問題ありません」

 カルラ達の時よりも減っているが、思ったより減った時の負荷というか、負担が少ない気がする。目の前で卵がしゅるりと解けて、6枚の羽が広がった。

「主人よ、名をお授けくださり、ありがとう存じます」

 目の前に浮いているのは、30センチ前後の、青年型の精霊だった。チョコレートのような肌の色と、緑がかったちょっと硬そうな銀の髪、いぶし銀とトルコ石を混ぜたような独特な色の虹彩が私を見て、深々と片膝をついて頭を垂れた。黒っぽいズボンと、裸の上半身には何か帯のような布を肩から斜め、そこから腰にぐるりと巻きつけている。昨晩読んだ本に載っていた、魔族と呼ばれる人たちの衣装に似ている気がする。刺繍のように浮かぶ紋様は、初めて見る形だ。

「こちらこそ、ありがとう。よろしくね」

「主人の眷属として、お仕えいたします」

「後で話を聞かせてちょうだいね。あと…仲良くしてね」

「承知仕りました」

 思ったより硬い口調は、なにか原因があるのか無いのか…などと考えていたが、もう1人の契約の方に頭を切り替える。

「…あなたも、ちょっと私に付き合ってくれるかな?」

 ぷぷんぷん!と羽がなった。こちらは先程のブラドたった光虫よりも身体が大きい気がする。

「あのね、『はやくしてください』だってさ」

 イシュが通訳すると、余計にぷんぷん羽がなった。

「ありがとう。うーん…土の属性なのは間違いなさそうだから…土の神の名前はアナイナスだったから……」

 なんだかぷんぷんしていた光虫は、差し伸べた私の手の上にそっと乗ってきた。可愛い。

「アナイナ……あなたは、アナイナ」

 今度はシュワっと何かが弾けるように光が広がって、また収束した。今度は真円に近い丸い卵のようなものが浮いている。綺麗だなと眺めていると、すぐにぱらりと解けて羽になった。

「我が主人様、な、名をありがとうございます」

「こちらこそよろしくね、アナイナ」

「はい、あ、兄と共に、おおおつかえ、します…」

 外見の色は、全体的にブラドを少し薄くした感じだろうか。体の大きさは、アナイナの方はカルラ達と変わらない。じっと見すぎてしまったのか、アナイナはブラドの後ろに隠れてしまった。

「ブラドとアナイナは兄妹なのね」

「はい、その通りでございます」

「何か具合が悪かったりしたら教えてね」

「ご配慮痛み入ります」

「……もうちょっと砕けた口調でもいいから」

「…ご配慮痛み入ります」

 これが通常運転なのかもしれない。まあいいや、と振り返ると精霊王達と目があった。

「上手くいったようだな。」

 ブラドとアナイナが挨拶した。2人の精霊王は、2人の誕生を祝う言葉を贈ってくれた。

「魔力は人間の物なのに、不思議なものだな」

 闇の精霊王は、私を見てポツリと言った。

「リッカ、お主の魔力量は、おそらく人間の中では…いや、おそらく今地上で生きている多種族を含めても、もしかしたら我らよりも多いかもしれない。改めて言うまでもなく自覚はしているだろうが、気をつけた方が良い」

「……はい」

 あえて言葉にしてくれたであろう、闇の精霊王の目を見返して静かに返事をすると、頭をぽんぽんと撫でられた。見上げると土の精霊王が優しく言った。

「護られているのは知っている。でも気をつけてくれ。悪意を持つ者も、力に目が眩む者も、リッカが強すぎるが故にそれが見えない者も……居ると思う」

「……ありがとうございます」

「人間達に何かされそうなら、聖地に来るといい」

「えっ?」

「私達からの感謝の気持ちだ。いつでも、聖地は開いている。万が一私たちが皆代替わりしても、聖地はリッカを迎え入れる」

「……もしかして先日の琥珀は」

 鑑定した時に出た『世界樹の琥珀』にびっくりして、仕舞い込んだままの琥珀のことを思い出した。

 闇の精霊王は一瞬だけニヤッと、土の精霊王はにこりと笑った。

(嬉しいけど…無くさないように気をつけないと……)

 アイテムボックスに入れっぱなしがいいだろう。

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