4.アスター子爵家別邸


 サブマスの家は、アスター子爵の別邸という形をとっているらしい。門から建物まではそこそこ距離があり、門から建物は見えない作りになっている。由緒ある建物ということだったが、とても綺麗に整えられている。思わず見惚れていると、執事の男性が現アスター子爵はサブマスの長兄らしいが、サブマスを我が子のように溺愛しているらしく、結婚が決まると同時にこの邸宅をかなり大掛かりにリフォームしたと教えてくれた。

「この国では、国で定められた建物は、許可なく外観を変えたり立て替えたりは禁止されておりますので」

「…維持は大変だと思いますが、とても大切なことですね。美しい建物です」

 私がそう答えると、執事さんはニンマリと笑って、気を良くしたのか門から建物までの間、簡単にアスター子爵家の歴史を教えてくれた。もともとは辺境伯の分家であったこと、初代アスター子爵の妻は平民で機織りが得意な娘で、結婚後は織物を子爵領の名物まで育てたこと、そこから刺繍糸などの開発が始まり、ここで生産される刺繍糸、そして刺繍技術はなかなかどうして大した物なのだ、と。

 子爵領は辺境伯領の南側と隣接している。そこでは染料に使う花などの植物の栽培も盛んで、今は刺繍糸と共に花畑も観光の目玉らしい。

「きっと綺麗なのでしょうね」

「はい。王都の庭園とは違いますが、素朴で自然豊かな美しい光景です」

 誇らしげに語る執事さんを見ていると、なんだか胸が暖かくなった。今度精霊たちと見に行こうかな、と心のメモに書き足しておく。


 程なくして子爵邸玄関に着いた。

 外から扉が開けられ、まず執事さんが降りて、私が降りようとすると手を差し出された。こう言うのには多分絶対に慣れそうにない。転生前にセカイさんに出された身分も何もかも保証する、という条件を飲まなくて良かったと心から思ってしまった。

「本日はお招きありがとうございます。アスター様」

 広いエントランスで待っていたサブマスに、右手を左胸あたりにあげて頭を軽く下げる礼をする。これは男性型の礼だが、今の私の格好だとそれで良いとミリィさんが教えてくれた。ファーストネームは本人が許可を出した人と親族以外は呼んではいけない。そして、大勢が集まる場では、アスター子爵に連なる者としてルロイ・アスター様と呼ぶことになるそうだ。

「リッカさん、かしこまらないでくださいね。お招きしたのは私ですから。普段通りにしてください。呼び方もいつも通りサブマスで構いませんよ」

「おとうさま!おきゃくさまきた?」

「とーたま!」

「ダメよウォルフ、ジュード!」

 パタパタという足音と子供の声に階段の方に目をやると、3歳から5歳くらいかと思われる男の子と、それを引き止めようとする10歳くらいの女の子の姿が見えた。

「すみません、普段なら私もサロンで待つのですが…リッカさんは慣れていないと思って降りてきたんです。子供達は朝からはしゃいでしまって…」

 子供達は、お姉さんらしい年長の女の子に引き摺られるように部屋に戻っていく。可愛い。

「いいえ、気になさらないでください。可愛いお子様方ですね。とても利発そうです」

(主様……)

 フードの中から覗いていたらしいカルラから、ふいに念話が飛んできた。

(あの女の子、私が見えたようです)

(隠蔽も認識阻害もかけてるのに?)

(はい。頑張ってみてるアーバンさんくらいには普通に見えてる感じです)

 …話さないといけないことが増えた気がする。

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