8.誰かの記憶に残るということ


 今回、とりあえずは私の希望を辺境伯に「お話し」してもらうことにした。サブマスがその場で辺境伯にお手紙を書いて伝信鳥を飛ばしていた。上納品は、異空間収納を付与した天然石と、アーバンさんが「大ごとになるから仕舞っとけ」と言ったギンダケ。とりあえずこれで様子を見ようということになった。

「私が、自分の為の交渉を依頼するわけですから…」

 私からも対価を払うと言ったのだが、ギルマスたちはこれが仕事だから、と断られた。その分今までのようにキノコや薬草を納品してほしい。そして、何かあったら指名で依頼を出すかもしれない。考えておいてほしい、ということだった。


 お手紙が返ってくるまでの間、一緒に食事をすることになった。隣の部屋に食事を運んでもらうことになったので移動する。

「ああ、そうでした。リッカさんの冒険者ランクを上げておきました。ランク4まではギルマス権限でできますから、あとは辺境伯の許可を貰えば3までは上げられます」

「そうなりゃ、有効期間は5年まで伸びる。5年に1回何かの依頼を受ければ大丈夫だ。ちょっと遠出したり、数年修行に出てもなんとかなる、ってことだな」

「数年修行に…?」

「ああ、たまにいる」

(いるんだ………)

「あとは、3まで上がれば冒険者証の形が変えられる。今までのプレートでも良いし、ギルマス達みたいに指輪とか腕輪にする事もできる。むかしパーティを組んでた奴は頭につける…サークレットにしてたな」

「ああ、フロニアはそうしてましたね」

(きっと、いいパーティ仲間だったんだろうな)

 3人とも、穏やかでとてもいい表情だ。運ばれてきた料理は、下の食堂兼酒場で作られたものらしい。ちょっと味が濃いが、多分お酒に合うだろう。ギルマスが麦酒をたのんで断られていた。でも、ワインは頼んでもOKだったのでちょっと意外だ。それでも、ボトル一本を1人で開けて平然としているギルマスはかなりのザルだと思う。


 辺境伯からのお返事が来たのは、ちょうど食事を終えた頃だった。どうしても明日から1週間は留守にするので、これから会いたいらしい。

「今からかよ⁉︎」

「行きましょう」

 ギルマスとサブマス2人は慌ただしく挨拶をすると「後で連絡しますので、待っててください!」と出かけて行った。それを呆然と見送り…程なくして、『辺境伯の言質は取りました。今夜は遅くなるので、今日は宿を取って宿泊して、明日話をさせてください』と言う手紙が来た。仕事の早さに思わず息をつくと、アーバンさんが宿まで案内してくれて、受付で話をつけてくれた。

「ホント悪いな。話が進みすぎてビックリしてるだろ?」

「…まあ、そうですね」

「明日で多分面倒は終わりだと思うから、辛抱してくれな」

「いいえ、こちらこそ、すみま…」

 謝りかけて、これは違うと思った。

「色々とありがとうございます。明日、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくな。あ、これありがとな!女房の好物なんだよ。んじゃ明日な!」

 アーバンさんは、私が渡した木の実とマルシュというキノコの籠を持って帰っていく。今朝道すがら採ったもので、私も食べたことがあるが、今が1番美味しいはずだ。


「さて…」

 部屋に通されて、まずやったのは、カーテンを閉めきること。ローブの中に隠れた光虫達の体調確認のためだ。果物を切り、アイテムボックスから皿を出して食べさせる。長い時間、水も取らずにいた割に、なんともなさそうだ。果実をあっと言う間に食べ終えてふわふわと部屋を探検している。

 例の1番大きな光虫が、私の近くまで来てぷわん!と光る。

「調べてくれたの?うん、何も仕掛けられてない感じだよね」

 わたしは、備え付けの文机の椅子に腰掛けた。思っていたよりも良い部屋で、お風呂もついている。食事は部屋でも取れると言われたが、食堂で食べることにして、とりあえず1人になれるようにした。理由はたったひとつ。家に転移で1度帰るためだ。

「さて、ちょっと帰ろうよ」

 光虫達をローブの中に入れて、家に跳んだ。念のため、部屋に背負い籠と靴を置いておく。万が一誰かが入ってきても、お風呂に入っていると思うだろう。


 家の中は、温かい光に満ちていた。光虫達のおかげだ。とは言っても…魔石ランプは付いてないのに、いつもより明るい。

「ただいま」

ぷわ!ぷわ!と入れ替わり立ち替わり光虫達が答えてくれる。

「落ち着く……やっぱりウチが1番だね」

 ふわふわのソファも豪華なベッドもないけど、家がいい。ここで、ずっと穏やかに暮らしたい。

 でも、その為に、今日は多分色々な人の平穏を乱したのかもしれないと思う。


 新人受付係のスージー嬢。

 アーバンさん。

 ギルマス、サブマス。

 門番さん。

 あとは、何故か急に予定をあけて私の希望を聞いてくれたらしい辺境伯閣下。


 誰にも迷惑をかけたくないし、私も、面倒ごとはごめんだ。正直、誰の目にも止まらないように生きたいとも思うけれど…

(今日は、色んな人に心配してもらっていたのが分かったよね…)

 不自然ではない程度に気配を隠す隠蔽術は、相手が正確に私を認識すると、あまり効果は無い。それでも、そう言う魔法をかけることであまり他人に印象を残さないようにして来たつもりでいたのに、実は密かに誰かの目に、心に止まっていて、しかも仕事半分とは言え気にかけてもらっていたと言う事実は、私の心を温かくも、騒つかせもした。

 例の大きくなった光虫が、そんな私の膝の上に止まって、ふわふわと光った。

「心配してくれるの?ありがとう」

 光虫の黒い小さな瞳が、私を見る。丸いお尻がふわふわと温かく光るのを眺めるうちに、ちょっと元気が出てきた気がする。

「うん、とりあえずは、明日を乗り切れば良いよね。あの宿に戻ろうかな。せっかくだからあっちで食事してくるよ」

 念のために光虫たちは全て家に残し、結界を貼り直して宿に転移で戻った。

 宿の食事は意外と家庭的で、2日煮込んだと言うスープはおいしかった。

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