第66話 ディーネスカの紋章
「ディーネスカって」
今回の原因であるアルティージェって奴の、名前だったはず。
「支配の紋章。これは代々ディーネスカ家に受け継がれてきたものなの。一人しか、受け継ぐことはできない」
「何でそんなもんが俺に……?」
「あなたはどうやって、その刻印を覚えたの?」
どうやってって。
思い出す。
この刻印に関しては、すでに使える誰かに、伝授という形で契約を行わなければ、発動しないとのことだった。
だからこそ俺は、これを茜と契約し、伝授してもらったのだ。
まさか……。
俺は簡単に、この刻印を使えるようになった経緯を説明した。
「なるほど。きっとその時に継承してしまったのね。いったいどうして九曜家にそれが伝わっていたのかはわからないけれど、伝わったことで、恐らく元々九曜にあったであろう刻印と融合してしまった」
「融合?」
「ええ。九曜にあったその刻印は、わたしが調べた限り、ある意味生き物に近かったのよ。呪いの卵とでもいえるようなもの。きっとそのせいで取り込まれてしまったのね。ナウゼルが継承していたものを。結果、九曜の刻印本来の効力の他に、支配が加わった」
「ふうむ……」
「だからこそ由羅は、あなたに刻印されることで繋がっていたの。そのおかげもあって依存することができ、狂化を防いでいたのでしょう」
……なるほどな。
あんな物騒な刻印を通じてあいつが依存できたのは、その中に支配の刻印が取り込まれていたからか。
「けど待てよ……おかしくないか? だってアルティージェって奴が、魔王の後を継いだんだろ? だったらあいつが継承したんじゃないのか?」
「いいえ」
黎は首を横に振る。
「それを受け継いだのは、ナウゼル・ディーネスカという人物よ。シュレストの長子。後を継ぐ者は彼だと思われて始まった継承戦争だけれど、最終的に彼はアルティージェに負けたわ。でも紋章に関しては、それ以前に受け継いでいたはずよ」
よく分からなかったが、その紋章は紆余曲折を経て、なぜだか茜の家に伝わっていたらしい。
そして何の因果か、俺のところまできてしまったという。
「形は変わってしまっているけれど、間違い無いと思うわ。それはね、支配の象徴なのよ。この紋章の継承者は、その紋章を刻印することで、その対象を支配することができる。本来ならば、あなたはユラに依存されるどころか、完全に支配することも可能だったはずよ」
「そんなの、どうやってしろって言うんだよ……?」
分かるわけがない。
そんなことは習うわけもなかったし、何より俺は咒法関係は苦手なのだ。
「原因は、正しく刻み込めていないからでしょうね……。だから、あの刻印は歪んだままの存在となっている。アルティージェもそのことに気づいて、正しい刻印に書き換えた……そうすることであなたの不安定な支配権を横取りして、ユラを彼女が支配している」
「な……」
「間違いないわ。どの段階でかはわからないけれど、すでに書き換えは行われていたのだと思う。そして昨夜、わたしの前でそれを発現させたのね……。だから今、あの子は敵になっているわ」
もしその話が本当だとして、いったいどうすればいいというのか。
これで単にあいつを連れ戻すだけの話ではすまなくなった。
あいつも、敵。
行けば、闘うことになる……。
「方法はある」
黎は言う。
「さっきも言ったように、移動させればいいの。正しい刻印を、刻み込む。今はあなたが正しい刻印を刻めていないから、アルティージェの干渉を許してしまっているだけ。もう一度、正しい刻印を刻み込めば、その影響を脱してあの子を解放することもできるはずよ」
「移動っていうけどさ。いったい誰に……?」
「わたしがいるじゃないの」
「おい!?」
さも当然のような黎の言葉に、俺は耳を疑った。
「馬鹿言え! あれは呪いなんだぞ? 刻みこまれた奴は苦しんだ挙句に――」
「それは、そういう形に変質させられていたから。正しい刻印ならば、影響などないわ」
「大有りだろうが!」
話が本当ならば、黎は俺に支配されることになってしまう。
そんなこと――
「なぜいけないの? ちょうどいいじゃない。ユラを取り戻せたとして、またわたしがいればいがみ合うことになるわ。けれどあなたがわたしを支配していれば、わたしの意思など関係なくなる。嫌でも、殺し合うことなどできなくなる」
それは……確かにそうなのかもしれない。
しかしそれで解決したとは思えないし、何より俺は。
「……そういうのは嫌なんだよ。支配するとかどうとか」
「わたしが、それを望んでも?」
「お前……」
じっと、黎は俺を見つめていた。
「わたしにはね、もう頼るべき人もいないの。エルオードはもういないし、エクセリア様は慕うべき方であって、頼るわけにはいかない。もう、あなたしかいないの」
「――――」
「だから、これきりでいいから……聞いて欲しい。あなたはわたしに敵対しなかったけれど、協力はしてくれなかった。理由はわかる。でも今回は……あの子のため。そう思って、私に――」
「馬鹿か!」
思わず俺は叫んでしまっていた。
「お前、自分のことは何だと思ってるんだよ!?」
一瞬沈黙し、黎は静かに答える。
「何とも……思ってなどいないわ。せいぜい、面白くもない道化といったところね」
「自分を卑下したって、誰が褒めてくれるって言うんだ」
「そうね」
頷きつつ、黎は言った。
「でもね、自分のことなどいいの。わたしが、わたし自身への最初で最後の我侭は、ユラのことだけなのだから。今回のことも、その一つ。真斗はわたしのことなど気にしなくていいのよ」
「……あのなあ。少しは俺の気にもなれって。俺が怒る程度には、お前のことが気になってるんだ。それを気にするなって言うのか?」
「え……」
微かに、黎が動揺する。
「どうして……あなたがわたしを気にするの……?」
不思議そうな顔する黎を見て。
俺は何だか、怒る気が失せていってしまう。
どうやら黎は、いい悪いは別として、自分の妹達のことで頭が一杯なのだろう。
自分はもちろん、他者のことも見えてはいない。
結局由羅は、憎まれていた分だけ想われてもいたということだ。
「さあてな。こんだけ色々あれば、多少は情も移るってやつだろ。まあ、それこそ気にするなってやつにしとこう」
適当に受け応えて、話を打ち切る。
「お前の言う通りにする。それしか方法が無いっていうのなら、どのみち選択肢は無いしな」
「……ありがとう」
「礼を言うのは無事終わってからだ。それより、どうやってあいつらを捜せばいい?」
どんなに方法や、やる気があったとしても、当人達に接触できなくては何も始まらない。
「そうね……」
黎も考え込む。
「方法が無いわけでもないけれど、うまくいくかどうか」
「どんな方法だ?」
「エルオードを使うの」
「エル……って、上田さんのことか?」
上田さんは一昨日以来、姿を現してはいない。
しかも黎の口振りからすると、なぜか彼女の傍から離れてしまっているらしい。
少なくとも、黎が上田さんを頼りにしようとすることは、今までは無かった。
「そう」
「結局上田さんって、今なにやってるんだよ?」
今一つ分からないので、聞いてみる。
「さあね……。ただ、彼は元々アルティージェに仕えていた者なの。ところがある時突然暇を出されてね。それきりになってしまったのよ」
「あの女に? じゃあ何で……」
今は、黎の所にいたのか。
「律儀というか、何というか……。彼は未だに主人のことを想っているわ。けれど彼は魔族だったし、千年もの歳月を生きることはできない。それでわたしのところにやってきたのよ。自分の身体を人形にして欲しい、とね……」
そういえばこの前、黎が上田さんのことを少し話した時に、そんなようなことを言っていた。
今は見返りで、黎に仕えているのだと。
とはいえ、
「人形だって……?」
俺は聞き返さずにはおれなかった。
「そう。人形よ。肉体的に劣化しない存在。今も昔も人形作りの第一人者はアルティージェだけれど、それに準じる程度にはわたしも心得ていたから。だから、わたしのところに来たのでしょうね」
そうは言うが、とても上田さんが人形であるとは思えなかった。
どう見ても人間そのものだ。
「そこまでして生きて……目的は何なんだ?」
「言ったでしょ? 主人のことを想っているって。再び主人に仕えられるようになることこそが、彼の望みといったところね……」
「ちょっと待てよ……。それじゃあ上田さんて」
現時点では、思いっきり敵じゃねえか……!
「もしかするともう、彼女の元にいるかもしれない。でもだからこそ、アルティージェの居場所を一番心得ているはずよ。こちらからエルオードに連絡を取る手段はまだ残っているし、彼に便宜を図ってもらうことも不可能じゃないと思うの」
「素直に教えてくれたりするのか?」
「多分、ね……。もしその時にもっとも優先されるべきことと利害が衝突しないのならば、今までの恩として返してくれると思うわ」
「それしかないか……」
「それに、もしかすると向こうからあなたに接触してくるかもしれない」
「俺に?」
どうしてそんなことが起こり得るかが分からず、俺は首を傾げた。
黎は説明する。
「二つもあるわ。一つはユラが、あなたを必要としていること。今ユラは、あなたに依存しているために平静を保っていられるわ。もちろん、同じ千年ドラゴンであるアルティージェに依存することも可能でしょうけれど、こればかりは本人の意思が何よりも優先されることだから。もう一つは、あなたがディーネスカ家の紋章の継承者だからということもある。何にせよ、彼女はあなたのことを放っておきはしないでしょうね」
「……好都合かもな」
それならそれで、いい。
機会があるかもしれないということなのだから。
「じゃあそっちは上田さんへの連絡を頼む。もしこっちで何かあったら、その時は連絡するよ」
「……くれぐれも、一人で行ったりしないでね?」
「ああ。わかってる」
例え一人で行ったところで、どうにもなりはしないだろう。
特に由羅のことには、黎が必要なのだから。
「とりあえず俺は、茜の所に行ってくる。少し心配だしな」
ここまで巻き込んでしまったのだ。
何の言葉も無しに、この先に臨むわけにもいかないだろう。
それに、あいつが無事だっていう姿は、しっかりと見ておきたい。
「それじゃあまた後で」
「……ええ」
頷く黎に、俺は軽く手を振って部屋の外に出た。
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