第20話 化けの皮
◇
結局。
半日の予定だった京都案内は、半日では終わらなかった。
早めに食事を取ってしまったせいで、残りの時間で近場を適当に……と思ったのが失敗だったのである。
由羅と最遠寺がそれぞれの希望を言ったせいで、どっちか片方だけというわけにもいかず、それぞれの希望を満たそうとしてやると、時間はずるずるとたってしまったというわけだった。
……我ながら迂闊。
とはいえ、今日残りの半日は、由羅のために使うつもりだったのだ。
刻印についてあれこれ調べるつもりだったのだが、当の本人が呑気にはしゃいでいたのから、まあそれはそれでいいのだろう。
最遠寺との仲は、最後まで最悪であったが。
「……疲れたー」
事務所まで二人を連れて戻った俺は、ずん、と椅子の上にだらしなく座り込む。
まだ出掛けているのか、所長やその他の所員の姿は無く、俺は借りていた合鍵で中へと入った。
「ありがとうございました。桐生くん」
丁寧にお辞儀して礼を言う最遠寺へと、俺は別にいいって、とひらひらと手を振る。
「次は二人きりで案内して欲しいけど……ね」
横で睨んでいる由羅などお構い無しに、最遠寺はそんなことを言った。
俺も疲れていて、そーだな、なんて軽率に答えてしまう。
「真斗……?」
何やら力一杯睨まれる、俺。
「いちいち目くじら立てるなよ。今日一日でいー加減、俺も疲れたぞ?」
「真斗がその女の言うことばかり聞くからじゃない」
「お前の意見もじゅーぶんに取り入れてやった気がするぞ。ついでにけっこう金も貸してやったし」
最後に繁華街を回ってきたのだが、適当に買い物を楽しむ最遠寺を見て羨ましそうにしている由羅へと、いくらか貸してやってしまったのである。
「……返せよ?」
「う、わ、わかってるもの」
ちゃんと感謝はしてるんだから、そんな目で見ないでよ――なんて、気まずそうに言う由羅。
まあ自覚してるんだったらいいけどさ。
「桐生くん?」
不意に、最遠寺が口を挟んでくる。
「そろそろ帰って休んだ方がいいんじゃないの? 今日の夜も」
「ん、ああ……そうだな」
仕事のことだろう。
夜中に歩き回らなければならないから、確かに早めに休んでおきたい。
「お前も俺と似たようなことやってるのか?」
最遠寺は俺より優れた咒法士だろうけど、それでも心配なって聞いてしまう。
「わたしは明日から見回るつもりよ。まだ状況を把握していないし、柴城さんに教えてもらうことも残っているから」
なるほど。
「ま、気をつけてな。俺が言うのもなんだけど」
「いえ、嬉しいわ。ありがとう」
そんなやり取りをする俺たちを見て、不思議そうに首を傾げる由羅。
「……何の話?」
「お前には関係無い話だよ」
「……また意地悪?」
不服そうに、由羅はじいっと睨みながらつぶやく。
「んなわけねーだろ」
また、っていうのは何なんだ。
第一、俺がいつお前に意地悪した?
「あなたも――」
由羅を見て、言葉を滑り込ませる最遠寺。
「夜は、あまり歩き回らない方がいいわ。最近……人殺しが流行っているようだから」
「――――」
その言葉に、ぴく、と表情を固まらせる由羅。
少し不自然な、反応。
「まったく誰かしら。そんなことするのは……ね?」
意味深にもとれる口調で、由羅から視線を逸らさずに言う最遠寺。
……なんだ?
場を流れたおかしな空気に、俺は眉をひそめる。
もっともそれは一瞬だったせいで、よくは分からなかったが。
「私は……帰るね」
しばらくしてから、ずいぶん小さくなった声で、由羅は言った。
「ああ……。俺も帰るし、送っていこうか?」
そこで、ふと気づく。
「そういや最遠寺って、どこに住んでるんだ?」
俺は由羅がどこに住んでいるかは知ってるが、最遠寺がどこに住んでいるのかは知らない。
「わたしならこのすぐ近くよ。そこまで長居するわけではないから、大した所ではないけど」
「ふうん、なら……」
このまま由羅を送っていっても、問題は無いというわけか。
が。
「いい。私、一人で帰るから」
「いいって……。お前の住んでる場所、けっこう遠いだろ? 別に歩けない距離じゃねえけど……」
普通だったら、バスの利用を考える距離だ。
しかしこいつはバス代すら持っていないはず。
まあ、一日乗車券がまだ使えるだろうけど。
けどこいつ、いったいどうやって生活してるんだ?
湧き起こる疑問が明確なものになる前に、由羅は事務所のドアの方に向かっていってしまう。
「……今日は、そこそこ楽しかったから。また……会ってね?」
えらく殊勝な態度になってしまったことに、俺はわけも分からず戸惑った。
「あ、ああ」
とりあえず、頷く。
「じゃ……」
そうとだけ言って、由羅は出ていってしまった。
「……? よくわからんな」
首を傾げる俺に横に、すっと音も無く、最遠寺が近づいてくる。
そして、言った。
「桐生くん。あれが何者なのか、わかっているの?」
あまりに不意の質問。
「何者って」
そうか。
最遠寺には言っていなかったが、気づいていたのかもしれない。
あいつが、人間でないということに。
最遠寺はそういった連中を専門としている側の人間だし、由羅がそうと分かれば一緒にいることなど不愉快極まりないことだったのかもしれない。
事情を説明した所長が、あいつにはけっこう好意的だったせいで、つい油断してしまっていたが……。
「人間じゃないってこと、か?」
隠していても仕方無いと思い、俺は正直に言うことにした。
「そう」
こくりと、最遠寺は頷く。
やっぱりバレているか。
「あいつは確かに人間じゃないらしいけど、大丈夫だろ。けっこう得体は知れねえけど、どう見ても人畜無害そうだし」
「……そうかしら」
最遠寺は腕を組むと、由羅が出て行った方を眺める。
「人は内面に潜むものを、普段は表に出したりはしないわ。誰もが化けの皮をかぶっている。特に、人間に在らざるものならば」
異端種が社会に隠れて――つまり化けの皮をかぶって生きていることは事実だ。しかし今の最遠寺の発言には、何か言いようのない憎悪が込められているような気がした。
「……お前、人間じゃないと絶対に認めないっていう、そうタイプの人間か?」
異端を相手にする咒法士の中には、そういった種類の人間は少なからずいる。別に珍しいことではないが……。
「そうでもないわ。でもあの女は……きっと、桐生くんが思っているようなものではないと思うの」
「……そうなのか?」
俺にはよく分からんが。
あいつを見ている限り、俺にはそこらの人間と区別がつかないというのが正直なところの感想だ。
とても、危険には見えないが……。
「まあいずれ、わかるでしょうけどね」
そんな最遠寺の意味深な言葉が。
俺の胸に引っ掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます