終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】

たれたれを

血染めの千年ドラゴン編

第1話 ある夜の邂逅


     /由羅


 ――今夜、二人目の獲物。


 彼は、こちらが探すまでもなく現れてくれて。

 私を愉しませてくれた。


「それにお楽しみは、あなたでいいし」


 そんな台詞が気に障ったのか、彼は激昂して銃の引き金を引く。

 私も目が覚めてからしばらくして、そういう武器があることを知った。鉛の銃弾を撃ち出して、まず人間には避けられない速度でもって相手を襲い、殺すための道具。


 これがなかなか厄介なもので、私の反応速度をもってしても一旦撃ち出された弾丸を避けることは難しく、当たればそれなりの手傷を負ってしまう。


 だが所詮は人間の作るものだ。相手の発射までの仕草を見ていれば、何となく避けることができるし、何よりどこに当たろうが痛いだけのこと。銃創程度、どうってことはなかった。


 もっとも顔に当てられることだけは嫌だったけど。


 発射された何発かの銃弾のうち、一発が身体をかすめる。

 完全に避けたつもりだったのだが、そうでもなかったようだ。


 自分が油断したというよりは、相手が巧い。

 目覚めてから短時間とはいえ、銃を使う者を相手にしたことはあった。その中では彼が一番腕がいいらしい。


「私に付き合ってくれるんだ。――愉しみ」


 知らず、自分の表情が変わるのを感じた。

 浮かんだ微笑――それを見て、相手の表情は険しくなるだけであったが。


 まあ、当然かな。

 力を込めて、地面を蹴る。

 向かうのは、こちらに銃口を向けている人間へと。


 アスファルトを砕きかねない威力で地を蹴り、飛び込んだ自分の速度は普通では無く。

 途中で曲がることなどできるわけもなく、止まることすら難しい勢い。

 そんな私へと、突進に合わせて銃口が火を吹く。


 さっきから思っていたことではあったが、不思議なことにその銃はあのうるさい銃声が聞こえない。まあ、そういうものもあるのだろう。


 真正面から迫る銃弾――避けることなど不可能だ。もちろん避けるつもりも無かったが。


 一応できる範囲で身体を逸らしてみたが、やはり命中した。

 しかも心臓の場所。


 まったく……全然避けれていない。

 分かってはいたことだけど、それにしても少し情け無い。人間ならば、死んでしまう場所なんだから。


 銃弾はあっさり身体を貫通していったが、同時に鮮血が私の服を汚していく。

 この国で狩りをするようになってから、毎夜必ずといっていいほど自分は血に塗れたが、全て他人のものだった。


 こうして自分の血で自分を彩るのは、この国では初めてのこと。

 少し、わくわくする。

 この人間とは、多少とはいえ殺し合いができるかもしれないと思ったからだ。


 一方的に殺すのも悪くはなかったが、それだけではやはり面白いとは思えない。たまには自分の命を賭けるのもいい。


 もっとも。

 緊張感など微塵も感じはしなかった。


 それも当然。だって相手はただの人間。

 踏み躙られるしか脳の無い連中だ。

 結局は、ちょっぴり今夜の趣向が変わったという程度のことなんだから。


 私は今の一撃でぐらいついた態勢を立て直し、瞬時にもう一度地面を蹴る。


「化け物が――」


 舌打ちして、そんなことを言う人間。

 急所を撃ち抜かれて平然としている私に驚くのは無理も無いが、それでも不愉快な台詞だ。……化け物、なんて。


 狭い視界の中で、相手が銃の弾倉を代えているのが目に入る。

 弾切れ、だろう。

 これも人間の作ったものの欠点。

 永遠には続かない。

 私とは違うところ。


「――く!?」


 その人間の目前で、私は綺麗に止まってみせる。

 踵を叩き付けられ、アスファルトが軋む。

 同時に手を伸ばすと、相手は反射的に手にした銃で受け止める。瞬間、暴発した。


「ほら。捕まったらさすがに終わりじゃない?」


 熱くなった銃身を握り締めながら、私は笑ってみせた。

 人間ならば火傷するほど熱いのかもしれないが、私にしてみればどうということもない。


「…………っ!」


 歯を噛み締める人間の男へと、今度はゆっくりと指を伸ばした。

 血に染まった指が、彼の顎を捉える。


「もう終わり? 思ったよりつまらないな」

「――そりゃどうも」


 追い詰められながらも、彼は不敵に笑ってそんなことを言った。

 ……この人間、私のことが恐くないのだろうか。

 思った瞬間――


「っ!」


 胸に激痛を感じて、私は表情をしかめる。

 今更ながらに聞こえる、ジャッ……という、服と身体を切り裂く音。

 不意のことに、生まれてしまった隙。


 この人間は、その一瞬を見逃さなかった。

 何も言わず、人間は逆手に持ったナイフを、私の胸へと突き立てる。

 先ほど以上に生々しく飛び散る赤いもの。


 ――さすがに、身体が勝手に動いてしまっていた。


「…………っ!?」


 驚愕に満ちた顔をみせて、人間はその背後に吹き飛んでいく。


「ぐ……あ……っ!」


 塀にぶつかって、ようやくその身体は止まったようだった。

 軽く振り払っただけとはいえ、手加減もしなかった一撃。

 骨の砕ける感触があったから、おそらく彼の左肩はもう動かないだろう。


 ……相変わらずの脆さ。

 私は不愉快にその人間を見下ろしながら、刺さっているナイフを引き抜いた。そのまま怒りにまかせて手に力を込めると、あっけなくナイフはへし折れてしまう。


 そしてそのまま近くに放り捨てる。

 カラン、と軽い音が響いた。


「……ちょっと、今のは痛かった」


 私がそう言うと、彼は笑ったようだった。


「……そりゃざまぁねえな。なめてるからさ」


 ……なによ。

 私はむっとなる。

 何とも不愉快な返事だ。

 そんな様になっているというのに、どうやったらそんな減らず口が叩けるのだろう。

 ほんの少し湧く、興味。


「ふうん……。怖くないの? 私のこと」

「誰が。そんな外見してて、どこを怖がれっていうんだよ」


 まじまじと見返して聞いてみると、彼はそんな風に言う。

 強がりなんだろうけど、居直った姿はまあ何となく様になっている。


 だからといって、どうだというものでもない。

 結局結果は変わらないだろう。


 私はこの人間を殺す。

 ここに来てから始めた愉しみ。

 今夜もまた、続けるだけ。


 ――でも、これで終わりだった。

 そして、出会いと呼べる瞬間。


 彼を殺して。

 後悔して。

 また出会う。


 そんなわけの分からない運命は、もうすぐそこまで来ていたのだから。

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