歴史は繰り返す

 ああ、そうだ。

 いちおうその後のことを簡単にお伝えしよう。


 次の日、カイチョサンの自タヒは本当に地元市朝刊の一面に載った。まあショッキングな事件だったが、極力隠蔽を試みた学校側と親御さんの間で何が交わされたかは知らない。

 ちなみに自タヒの理由は、嘘八百なのか八千なのかそれとも八万なのか理解不能なレベルにまで捏造されてた。無理が通れば道理引っ込むというのだろうか。きたないさすが大人汚い。


 いちおう補足すると、話が大きくならなかった理由として。

 学校側は、廃校の危機をやりすごしたいという思惑があり。

 ふつうなら退学必至な乱痴気参加生徒は、なんとか黒歴史を作りたくないという思惑があり。

 無実な他の一般生徒も、下手な話を広めれば自分が通っている高校がなくなってしまうという危機感があり。

 それらが奇跡的に絡み合い、センテンススプリングなどに取り上げられそうなスキャンダラスなアクシデントは回避されたわけだ。

 冷静に考えれば、こんな片田舎の高校で生徒会長が自タヒしたからって、全国クラスの有名どころが取材に来るわけがないのか。


 ま、だからと言って、噂は噂として残ったわけで、乱痴気パーティーに参加した生徒たちがそのままガッコに残ることなどあり得るわけもなく。

 退学、というよりは、強制的に他の高校へ転校、という措置がとられた。


 ちなみに、なぜそんなに大量の転校が可能になったかというと。

 試される大地で結構有名な学校法人が、ウチの高校を傘下にしたからだったりする。

 同じ学校法人の高校ラインナップがまたすごいんだ、これが。


 まず、乱痴気参加生徒のうち、男子は私立団蜀高校へ強制転校させられた。

 ここは校則が厳しい全寮制の男子校として有名で、厳しい体罰とスポーツで煩悩を昇華するという教育理念のもとに運営されている高校である。別名、強制連結高、もしくは薔薇高。転校していった奴らは、あわれにも掘られる側となるのだろう。

 いと犯しというか、いと犯されというか。祈るしかできんわ。ザーメン。あ、また間違った。


 そして乱痴気参加女子は、私立尼寺女学院へと強制転校である。

 こっちはすごい、悪さをすると生徒が丸刈り、という校則がある女子高なんて、たぶん全国探してもここだけだ。しかも男子禁制、男女交際禁止。

 はは、いつの時代だよ。おまけに叱りつけられる時、『この尼がぁ!』とか言われちゃうんだぜ。


 いちおう。以下、新理事長のお言葉である。


「わたしが、新理事長の桑原英明くわばらひであきだ。さて、早々にこのようなことを言うのもなんだが、私は、学生時代に厳しい環境に身を置くことを、これ以上なく有意義だと思っている。なので、キミたちも自制というものを学ぶため、常に自分に厳しくあってほしい」


 ひょっとすると無事だった生徒の中に難を逃れたものもいるかもしれないが、この言葉で絶望したんじゃなかろうか。


 まあ当然、転校を拒み、新しい校風になじめなかった者は数名、ドロップアウトしたりした。

 ちなみに美々も相原さんも、ドロップアウト組である。

 人のうわさも七十五日とはいうが、傷痕は一生残る。ヱガちゃん以上の伝説が心の中に爆誕した出来事は、これで一応収束を迎えた。


 そして俺はというと、実は変わらずその家で生活をしてる。

 結局、オヤジと義母さんは離婚してない。おかげで美々ともいまだに義兄妹のままなんだよな。


 その理由はいくつかあるが。


『父さんな、会社をクビになってしまった』


『……は?』


 こんなオヤジのカミングアウトが一番の理由なんだよ。


 美々の乱痴気が発覚したあの日、オヤジは仕事を早退して家まで戻ってきたのだが。

 あの日、実は会社の命運を左右するほどの大事な商談のアポがあったらしく、それをすっぽかして早退したオヤジに上層部から責任を問うべく、圧力がかかったらしい。

 おかげでオヤジは無職。失業保険も期間限定だし、おまけに再就職するにせよいろいろ難しいところもあり。

 結局、養われることを前提として、俺とオヤジはヒモのような生活をしていたりするわけだ。

 経緯が経緯なだけに、義母さんに文句は言われるはずもない。これ以上世間様に後ろ指さされても気にならんし。首になったとはいえ、それからずっと働かず怠惰をむさぼっている無職が父親ってだけで、俺にはこれ以上ない辱めになっちゃってるからさ。


 あ、そうそう。

 美々と相原さんはいま、とある病院で療養中だ。だからこそ離婚しなくても俺が平静でいられた、ってのはある。顔を見ないで済むから。


 というのも、あのカイチョサンの吊り現場を見て、自分たちがバカやってきたせいで人一人の命が失われるという出来事のせいで、精神に異常をきたし。

 さらにおまけでマヌケなことに、あの一連の騒ぎでアフターピルを飲むのが遅れたためか、見事に誰の子かわからないというご懐妊ムーブを二人ともかましたせいで、残念ながら中絶という手段を取らざるを得なくなり。


 結果、二つの命を失わせてしまった罪悪感で、ふたりとも日常生活ができないような状態になった。そりゃ高校生活どころじゃないわな。結果、長期入院である。

 

 所詮、交尾など生殖のための行為。それを望まないのならしかるべき処置を取れ、って教訓だ。


 ──快楽一秒、後悔一生。



 ―・―・―・―・―・―・―



 あの忌まわしい事件から、四年がたった。


 俺はなんとか過去を振り切り、とある大学の三年生として、キャンパスライフをエンジョイしている。

 さすがに針のムシロのような生活は続けられなかった。しかし大学生活や授業料などの無条件援助に関する約束を義母さんとしたおかげで、金銭面で困ることはない。『せめて卓也君に迷惑かけたお詫び』という理由で継続中だ。


 しかし、そこで異変が起きた。


「お兄ちゃん……よろしく、お願いします」


「球児くん……また、一緒だね」


 なんと同じ大学の新入生に、二年ほど遅れて、美々と相原さんが入学してきたからだ。

 まるまる一年隔離され、かつ治療を続けながら高認で大学に入ってきたこいつらの執念に恐ろしいものを感じたわ。あと相原さん、球児と呼ぶな、前みたいに苗字呼びしろよ。親しげな雰囲気作ろうとして滑ってるぞ。


「なんでおめーらが同じ大学に入学してくんだよ!! 都内の大学なんて他にたくさんあんだろうが!!」


 人目をはばからず怒鳴る俺、おどおどしながら理由を離す元ビチキュア。


「あ、あの……やっぱり、あたしにはお兄ちゃんしかいないって、よくわかった。本当にバカなことをしてたって自分を悔やんだけど、死にたくなったけど、それでもお兄ちゃんがいると思うだけで生きる気になったんだ。だから、キレイになった心で、もう一度お兄ちゃんと過ごしたい。もう交尾なんて微塵もしたくなくなったから」


 美々、心だけ綺麗になってももう体は一生汚れたままだぞ。おまけにあれだけサカってたのに欲が失せた理由は、単に心を病んで脳内物質のバランスがおかしくなっただけだろうが。


「……ごめん、藤川君。長い時間、白い天井を見つめていたら、誰がわたしを本気で愛してくれてたのか、やっとわかった。もうわたしは『学校をひとつ潰した女』って異名からは逃れられないけど、それでも藤川君の気持ちをないがしろにしてしまった罪をつぐないたいの。藤川君が望むならわたしは飯炊き女でも性欲解消の肉奴隷でもなんにでもなるから」


 お断りです。相原さんみたいな汚い女の飯なんて食えないし、そんな女で性欲解消したいとも思えませんから。正岡民もびっくりだよ。


 ──なんなのこいつら。ふつうあれだけのショッキングな出来事が起きたら、一生廃人になってもおかしくないレベルだぞ。俺にかかわらないで、五七五の句でも死ぬまで詠んでろよ。運がよければ俳人にはなれるから。


 とは思ったが、こいつらの手首に残る数えきれないほどの痕に目をやりながら、俺は言葉を飲み込んだ。さすがにもうこれ以上人間が死ぬところを目の当たりにしたくはないんで。


 ならばせめて、もうすべてを忘れさせてほしい。

 そんな俺の願いを神様が聞きいれてくれたのか。


「あ、いたいた。藤川くーん!!」


 そこに女神がどこからともなくあらわれた。

 女神の名は、吉崎美帆よしざきみほ。同じ学科で、なぜかウマが合うのでよく一緒にいる、友達以上恋人未満な相手だ。女性に対する猜疑心を失くしてくれたひとでもある。


「……あのさ、藤川君、これから予定ある? お取込み中?」


 駆け寄ってきた吉崎さんは、美々と相原さんは目の前にいる状況を察し、俺にお伺いを立ててきたが、今の俺に吉崎さんより大事な用事などあるわけもない。


「ううん、忘れたいビッチ、いや他人に絡まれてただけで、特に何もないよ」


「そっか。ならさ……これから、藤川君に話したいことがあるんだ。二人っきりで、お話、できないかな?」


「へ?」


 そう言う吉崎さんの顔は、いつになく真剣で──もしかすると、なんて妄想が、俺の頭の中に浮かぶ。

 いやさ、確かに同じ科の奴らにも、『藤川と吉崎はもう付き合ってるとばかり思ってた』とか、『おまえらいつ付き合うんだよ?』とかさんざん冷やかされてたし、俺もそろそろはっきりとした意思表示をしなきゃな、なんて思っていたので、渡りに船だ。

 よし、覚悟キメるか。昨日ムダ毛の処理もしたばっかだし、男らしく。


「いいよ。俺のほうからも伝えたいことがあったんだ。じゃあ、落ち着いて話せるところへ行こうか?」


「うん。ありがとう……」


 俺はそう決意し、いつになく緊張している吉崎さんの手を取って、ビチキュアの前から逃げ出した。


 これ、『実はわたし、藤川くんのことが……』っていう流れきてる?


「あっ……お、お兄ちゃん、待って!」


 うるせえ誰が待つか。同い年なのにいつの間にかお兄ちゃん呼びに変化しやがって。美々にそんな属性求めてねえよ。


「ふ、藤川君……お願い、話を聞いて!」


 いやこれ以上何を聞くことあるんですか? さんざん相原さんの汚れた部分を聞かされたというのに。


 俺はこれからバカップルムーブをかまして生きると決めたんだ。今さらすり寄ってきてももう遅いんだよ、ばかやろー。

 だいいち、誰にも相手にされなくなっちゃったから、俺んとこに来てるだけなんだろ?


 俺は、美々と相原さん、二人から逃げるように駆け出しながら、吉崎さんとつないだ手に力を籠める。


「ところで吉崎さん。俺に話って、いったいなに?」


「あ、うん……藤川君に、聞いてほしいことがあるんだ」


「そっか。俺でよければ何でも聞くよ……なにかな?」


 やっと俺にも春が来そうだ。ビバ性春。

 だからこれからは、繋いだ手を離さないように、吉崎さんと生きていこう。




「あ、あのね、藤川君だから、もう隠したくないの。わたしの、過去について──」





     第一部、未完。


 ────────────────────────


 

 事情により打ち切りエンドみたいになりごめんなさい。

 そしてお読みいただき本当にありがとうございました。


 いったん終わりで、続きを書くとしてもカクコン終了後でしょう。

 まあその頃には忘れ去られてるかもしれません。ではまた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る