野球の審判

「ストラァック、アウト!」

 俺の仕事は野球の審判。キャッチャーの後ろで、ろくな防具もないまま立っている仕事。

 後ろに逸れない。ボールもバットも飛んでこない。だから顔あたりに防具を付けとけばOKじゃね? というのはまぁ、普通の野球の話だ。

 ここでは審判にもバットが飛んでくる。誤審をしたら命に関わる。

 だからいつも以上に厳しい目で、臨まなければならない。

「オォォォォイ! 今のどこがストライクなんだよぉぉぉぉぉ!」

「振ったからな」

 フルスイングだったぞ。ごまかし切れんわ。

「俺がストライクつったらストライク。ボールつったらボールなんだよあぁぁぁん!?」

「ちげえわ」

 非常に特徴的な頭をしている学校が『チバラギ世紀末学園』の野球部員。みんなモヒカンだったりドレッドだったり、ずいぶんとパンクな頭をしている。

 ただし、ヘルメットが入らないので短くなっている。出塁したり打席が終わったりした場合、ヘルメットを脱いだら一番にヘアセットをしてたりする。野球やるなよ。

 後続もアウトとなり、攻守交替。今度の攻撃側は『修羅の国県立アイチオカ大学付属高校』だ。

 こちらも特徴的だ。ユニフォームが特攻服になっている。

 『修羅愛血陸』と書かれた刺繍が、背中にデカデカと入っているのも特徴だ。ちなみに読み方は「しゅらあいちおか」と読む。属というより族だよね。

「ストライク!」

 見逃しのストライクだった。割とコースが厳しく、アウトロー寄りだった。

 修羅の打者は無言でルーティーンを始めると、構える直前。

「ッフ!」

 バットを後ろに放り投げてきたので避ける。

「気を付けて」

「……お前がな」

 ここで言い争っても命が足りないだけなので、スルーする。

「ストライク!」

 今度は高めの外。コースぎりぎりをつく上手い投球。こいつら本当に野球だけはうまいんだよなぁ。

「ッフ!」

 二本目のバットは早めに飛んできた。ちょっとだけ危なかった。

「警告だ。よく握っておけ。退場になりたくなければな」

「……お前がな」

 じゃあ見逃すなよ。いっちょ前に逆らってからに。

「ボール!」

 少し外に逸れてたな。さっきからこのピッチャーホントギリギリを投げてく―—。

「ごふぅ!」

「あ、すんません」

 キャッチャーが不意に立ち上がった。後ろ方向へ。不意打ちだった。

「……気を付けて」

 くそう、身が持たないぜ。まだ2回の表だぞ。

 その後、見逃しによる三振。後続も凡退で攻守入れ替わる。

 しばらくの間、こうして何度か命を狙われつつ試合が進み、9回表。

「ウラア! チバラギをつぶせぇ!」

 修羅高校に、一打逆転のチャンスが訪れる。

 接触プレーなどで負傷退場が相次ぎ、人数ギリギリとなった修羅高校だが、ここでノーアウト満塁。

 チバラギの、20球にわたる牽制球でボークの判定、満塁となった現在、0-0となっている。

 走塁妨害や守備妨害は日常茶飯事……ではなく。普通の野球をしている。

 審判以外には紳士的なんだよな。というか真剣だからこそ審判の判断にケチを付けたくなるほど、しっかり見てるということなんだろう。

 でもね。キャッチャーの頭の上から見る景色だと、微妙に判定が崩れそうにもなるんだよ。

 だから多少は許してほしいんだ。頼むから。

 ネクストバッターサークルでこっちに向けて素振りしないでくれるかな。

 ブルペンでやたらでかい音をさせないでくれるかな。……いや、普通か。過敏になってるな。うん。

「ボール!」

 チバラギの先発ピッチャーがここまで0点行進をしてきたことがすごいと思う。しかし、9回に入り制球が乱れだした。

 牽制球も、おそらくストライクゾーンに入れられなくなっているからだろう。

 後が無くなったピッチャーは大抵。

「ウラァ!」

 制球を乱し、棒玉を打たれてしまう。白球が空高く上がり、打者がホームに帰ってくる。

 スタンド目掛けて飛んでいく白球はしかし。

「戻れえぇぇぇ!」

 フェンスから飛び上がったチバラギの選手によってキャッチ。ホームに戻ろうと走っていた選手は一塁分を帰塁しなければならなくなった。チャンスが一転ピンチだ。

 飛び上がった選手が中継役に投げ、中継から内野へとボールが飛んでくる。その間にも選手たちは必死に駆ける。距離的に一塁はセーフになりそうだ。二塁がヤバイ。三塁はベンチ方向に進んでしまっていたため、帰塁がだいぶ遅れている。最悪トリプルプレーでこの回終了だ。

 スーっと伸びていくボールの軌道は、二塁から少し逸れる。数歩踏み出しセンターの選手がグラブを突き出しキャッチ。

「アウト!」

 修羅の選手は戻り切れずアウトとなった。すぐさま三塁へボールが投げられるが、急いで戻った上、ヘッドスライディングしてきた選手を避ける体制になったため、バランスを崩していた。

 ボールが三塁から離れたところへ投げられてしまう。

 なんとか後逸せずにキャッチできたが、間に合うかどうか!

「セーフ!」

 何とか戻ることに成功したようだ。

 選手は悲喜こもごもだが、どうして塁審への抗議は無いんだ。俺だけ妨害されるんだ。

 ちょっと不公平じゃないか?

 ツーアウト一三塁。いまだに修羅高校のチャンス。ここでピッチャーを変えたりしないのだろうか。

 八回あたりで交代すればもっと楽になったろうに。

まぁここまで先発ピッチャーが試合を作ってきた中、いきなり交代しても試合が崩れる可能性もある。そのリスクと天秤にかけたら交代しないという選択も——。

「踏ん張れぇぇー!」

 チバラギのベンチからひときわ大きい声が響いた。

 あれはたしか、チバラギのストッパーだ。この間テレビの取材を受けてたな。

 両手にギブスを巻いてる……負傷したのか。

「勝てえぇぇー」

 必死に応援しているな。おっとやべえ。目頭が。

「すんません、タイムいいですか」

 キャッチャーからタイムの要請。コールをすると、ピッチャーのもとにストッパーが駆け寄ってきた。

 熱い話をしてるんだろうな。全員モヒカンだけど。

「なんで病院抜け出してきたんだよ!」

 そんな声が聞こえてきた。そうか。仲間のピンチに病院から駆けつけてきたのか。熱いところがあるじゃないか。

「プレイボール!」

 タイムが終わり、選手たちが戻っていく。声を枯らして応援をしている子たちを見ると、少しひいきしたくなる気持ちが起こってくる。

 しかし、絶対にそれだけはしない。どちらにも失礼だから。

 だから……。

「ボール、フォァ!」

 ツーアウト満塁のピンチを招いたとしても、判定は譲らない。絶対の自信をもってしているから。

 そして、踏ん張り切れなかったピッチャーの棒玉が、今度はファインプレーもなく、スタンドに消えていった。

 歓喜に沸く修羅高校。崩れ落ちるチバラギ。試合が終わり、チバラギの選手たちがグラウンドの土を集めている。

 芝のグラウンドだから、僅かに露出したところから持って行ってる。ここ、甲子園じゃないよ。地区予選だよ。

 だが、まぁ、いいよ。君たちは頑張ったよ。

 後日。テレビの特集でチバラギのことをやっていたのだが、ストッパーの子は前日に無免許でバイクを乗り回して事故にあって入院したんだそうだ。

 俺の涙を返せ。

                

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