社交ダンス

 妻はよくダンスを踊っていた。

 私にも『一緒にどうか』と何度か誘ってくれたが、そのたびに断っていた。

 テレビでダンス番組がやっていれば、どんな番組でも録画してみていた。

 若者がブレイクダンスを踊っていれば、年甲斐もなくチャレンジしようとしていたり。

 さすがにヘッドスピンをやりたいと言い出した時は全力で止めた。

 ジジババになったんだ。首の骨がポッキリといっちまう。

 晩年は社交ダンスにはまっていた。

 私はフォークダンスくらいしかやったことがなかったから、どんなに誘われても恥ずかしいだけだったよ。

 でも社交ダンスは相手がいないと出来ない。

 だから妻は近所の社交ダンス教室を見つけて通っていた。

 毎日元気に通っていたよ。全身に転移してるとは思えないほどに。

 素人だけどコンテスト、だっけか。なにかに出れるとはしゃいでいた。

 一世一代の大舞台になるって言っていたね。

 でも、それからすぐ入院することになった。

 体中にチューブがつながれている君を見て、私は何も言えなかったよ。

 でも君は私の手を握っていったね。

「どうか、私と一緒に踊ってくださいな」

 と。

 いくらでも踊ってやると、恥ずかしいけどコンテストだってなんだって出てやるといったのに、君はそれっきりだったね。

 何もしてやれなかったと後悔したよ。

 音楽の好きな君。

 ダンスの好きな君。

 私が愛した君は、きっと天国で踊っているんだろうね。

 もしかしたら、社交ダンスのパートナーとして、待っていてくれるのかもしれない。

 何度も誘ってくれたからね。それくらい期待してもいいだろうか。

 でも、私はフォークダンスくらいしかしたことが無い。

 君と初めて踊ったのあの時の、拙い踊りしかわからないんだ。

 だから少し時間がかかる。

 ステップを覚えて、ジジイでもカッコが付くように踊るには。

 覚えが悪くなったし体も動かない。けれど、君にもう一度会ったとき、少しだけ驚かせてやりたい。

 いつの間にこんなに踊れるようになったのかと、惚れ直させてみせるよ。

 趣味じゃないし恥ずかしいし、他の誰かと踊るなんて考えることが出来ない。

 でも、練習のパートナーを見つけるくらいは許してくれ。

 私は器用じゃないから、誰かにいてもらわないと、きっとうまく踊れないから。

 いつかみたくバットは持ち出さないでくれ。あれは痛かった。

 今日はね。君が立ちたいって言った舞台に来ているんだ。大変無理なお願いをして、一人で踊らせてくれないかと頼んだんだ。

 何度も断られたよ。でもね。私はどうしてもここで踊らなきゃいけないって思ったんだ。

 きっと怖かったろうね。ジジイが、目を血走らせて頭を下げてくるんだから。最後には許してくれたけれど。

 この競技会で、最初に踊るんだ。君と。

 恥ずかしいけど君の大好きだった映画のセリフをもらってくることにしたよ。

 フロアの真ん中で、手を伸ばして。

「Shall we ダンス?」

 そっちに行ったらもう一度、この曲で踊ろう。それまで待っていておくれ。

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