コロッケ


「ころっけくださいな!」

「はい80円ねー」

 街の小さな肉屋。ここのコロッケはまずい。

「おばちゃんコロッケひとつ」

「はい80円よー」

 だが愛されている。理由は一つ。

「あはは、でかすぎ」

 A4サイズのコロッケが80円だからだ。

 こうなった理由は単純で『意地』。

 むかーしむかし、近所に住むガキが『ちっちゃいうえにまずい』とつぶやいたところ、おばちゃんキレた。

『うまいうえにでかいだろうが!』

 と、少しずつ大きくなっていった。

 まぁ、そんな感じで今に至るんだけど。

「もうそろそろ小さくしてもいいんじゃない?」

「バカタレ。うちは代々この大きさでやってんだ」

「その過程見てきてるんですけど。俺知ってるんですけど」

「フン!」

 誰にでも愛想のいいおばちゃんが、俺にだけは愛想が無い。

 まぁね。原因知ってるからね!

「ほら、とんかつ買ってけ!」

 とんかつ一枚500円。

「いや、昨日も買ったし、でかいし」

 およそ500グラムのビックカツ。

「うるせっ!」

「あ、また!」

 勝手に包んで勝手に人の財布を抜き出して勝手に五百円を抜いていく。

 このババア……。

「ほれ。バイト代替わり」

 と、とんかつを渡される。ちなみにコロッケも入っている。

「いや、ちゃんとバイト代もらってるし」

「黙ってもらっとけ!」

 この肉屋は、まぁ味はそこそこだ。良いとは、うん。思えない。正直スーパーの精肉店のほうが清潔感あるしおいしそうだし。でもここはつぶれない。

 後何十年しても絶対潰れない。潰れそうになったらみんながどうにかしようって動く。

 そういう、町の小さな精肉店。

 レジ横の募金箱は赤十字とかそういうところへは行かない。全部おばちゃんのところに行く。

 これも5年くらいすったもんだあった。

 消費税が上がっても無視してこの値段でやってるからね!

 でも普通に考えてやっていけないのに、値上げしないもんだから周辺住民と衝突した。

 キリよく100円にしようとする大人たちと頑として譲らないおばちゃんとの間で。

 結局募金箱を設置して、大人が勝手にお金を追加で入れてくシステムになったが、おばちゃんはそれを全部寄付してったことが発覚。

 で、出来上がったシステムが『会計を直接募金箱にぶち込む』システムだった。

 お金を募金箱に突っ込む。するとおばちゃんは当然「ちゃんと金払え!」となるわけだが、こっちはちゃんと払ってる。募金箱からとりなとなる。

 というのも『募金箱の金がアタシの懐に入る金なら、寄付するのもアタシの勝手さね!』と、おばちゃんがキレたことに由来する。

 したがって、売り上げもここに入れればいいんだねってことで無理やり突っ込み始め、今に至る。

 おかげで赤字にならずにすんでるんだからいいと思うんだけど、おばちゃんは気に入らないらしい。

 あ、ちなみに子供は80円だ。絶対にそれ以上取ろうとしない。大人たちもそれくらいはまぁ、ってことになった。

 ここの子供というのは職業等関係なく18歳以下。高校卒業くらい。

 バイトしてても80円だ。

「明日はちゃんと高校行きなよ!」

「高校は中退したってば」

「……そうだったね」

 山盛り……ではないはずなのに大荷物になってしまったお土産を手に家に帰る。

 家族4人で分けてもコロッケもとんかつも苦しい。

 昨日ポテトサラダなんて余計なもの買っちゃったからとんかつは少し余ってるし。

「お帰りー」

「ただいま」

 食べ盛り、とはいえ妹は小食。俺もそんな食べない。いや好きではあるけど。ほら、でかいんだ。

「おばちゃん、コロッケ小さくする気になったか?」

「無理だよ父さん。あきらめろって」

「だってでかいんだよ……二つも買えないよ……」

「まぁ、そうだね」

 しかもあんまりうまくないってのがいいパンチになってる。

「賄い替わりって言われても、こう毎日コロッケだとねぇ」

「母さんは昨日食べてないじゃない。ダイエットとか言って」

 とんかつだけでしょ! 今日は逃がさんからな!

「家計は助かるのよねぇ。600円で4人が食べきれないほどのお惣菜って、どうなのかしらね」

「おばちゃんに言ってくれ」

 俺は関係ない。無いったらない。

「いや。お前が言いなさい」

「そうよ。お兄ちゃんのせいじゃない」

「まったく。二人とも頑固なんだから」

「いや、まずかったしちっちゃかったし、俺は正しい!」

「「「はぁー」」」

 いつでも大判下敷きコロッケ。安いまずいバカでかいの精肉店のコロッケ。

 生まれた原因は俺のちっちゃなつぶやきだった。

「おばちゃんが倒れたっていうから高校辞めちゃうし」

「まぁ、自分がしたいと思ったことをすればいいけど」

「お兄ちゃんがアホな分だけ、私が幸せになるから大丈夫よ」

「この……好き放題言いやがって」

「文句があるならお兄ちゃん一人でコロッケ食べてね」

「お父さんは要りません」

「お母さんはまだダイエットの続きがあるので」

「……すみません、一緒に食べてください」

 食卓に並ぶ大判コロッケ。4等分にしてもまだ大きい。外はカリカリ中は、たまにべちょべちょ。

 当たりはずれもまた楽しい、はずれを引いたら電子レンジに突っ込んでほかほかに。

「「「「いただきまーす」」」」

 下敷きコロッケは大人100円。子供は80円。味はいまいちだけどおばちゃん曰く。

『ソースをかけりゃなんでもウマイ!』

 だそうだ。

 その通りだと思う。

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