ヘイタクシー

「ヘイタクシー!」

 路肩で手を上げるが、タクシーは止まってくれない。

 都会の真ん中というわけではないから、タクシー自体が通ってないのはわかる。

 というかむしろ客がいるんだから止まってくれやすそうなのに、止まってくれない。

 まぁ深夜の割増料金は高いし、こっから家まで20駅くらいだし、歩いて帰れよってことかな。

 ハハッ!

 田舎の20駅なめんなよ。東京都心から埼玉まで行けるわ!

 嘘だわ!

「はぁ、やってらんねぇ」

 部長にキャバクラへ連れていかれ、そこがぼったくりで。パンイチに剥かれて外に放り出された。真冬に。

 いやぁ、寒いよね。警察署もないよね。スマホもないよね。公衆電話とかないよね。お金もないよね。未来が見えないよね!

 パンイチで帰路につく。というかこっちでいいのかな。

 いつも電車だからこっち方面かどうかも怪しい。っていうか道が通ってるのかどうかも怪しい。

 何度か袋小路に入ってしまい引き返しているから、ほんとにこっちでいいのかどうかもわからない。

 深夜なので人にも聞けない。

 とぼとぼ歩いていると、後ろから車の光が近づいてきているのが分かった。

 振り返ってみてみると屋根にタクシーのランプみたいなのが付いている。

「ヘイタクシー!」

 路肩に飛び出し、手を振る。

 しかし、どんなに必死に手を振ってもタクシーは止まってくれない。

「くそっ、なんだよ!」

 どうにかして家に帰らないと。

 家には妻と1歳になる息子と2歳になる娘と3歳になる犬のジョンと100歳になる両親が待っているんだ。

 妻はユーチューバーで俺より年収が高いけど、待っているんだ!

 最近息子からはだっこを拒否られるけど、待っているんだ!

 娘は俺から逃げるし、両親は俺の名前だけ忘れてるけど、待っているんだよ!

 こんなところで止まるわけにはいかないんだ!

 再び後ろから車の光。

 今度は逃すわけにはいかない。家に帰ればなんとかなるので、あとはもう覚悟の違いってやつだ。

 俺は道路に飛び出すと。

「ヘイタクシー!」

 車を止めた。


「えぇ……まさに恐怖体験でした」

「タクシードライバーのMさんが語るのは、真冬の田舎道で遭遇した幽霊。パンイチの男で、車の前に飛び出し、ヘイタクシーと叫び続けていたそうです」

「その後ですよ。急停車して周りを見てみたんですが何もなくて。で、翌日ニュースで人が死んだって言うじゃないですか。もうドキーっとして、よく見てみたら近くのキャバクラで裸にひん剥かれたサラリーマンが寒さで死んだって。その数時間後くらいの話なんで、もう背筋がゾクゾクしましたよ」

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