神頼み


『ねえ知ってる? あの丘の桜の木の下で願い事を言うと叶うんだって!』

「まったく迷惑な話じゃのー」

 わしは近くの神社の神様をしているが、ナニコレ。わしが叶えなきゃならんの?

『桜の木の上には女神様がいて、特に恋の悩みとか聞いてくれるんだって!』

 1000年ほど居ついておるが、そんな神様おらんぞ。

 たまにわしを見える人間がいて『あぶないよお嬢ちゃん』などという輩が出たりするが、まぁ100年に1度くらいなものじゃな。

『じゃぁさじゃあさ、ここで告白とかしたら』

『絶対叶うよー!』

 叶わんのじゃよ。わし、縁切りの神様じゃから。それに桜の木には住んでおらんからの。

 女学生たちは、きゃっきゃウフフと騒ぎながら参拝コースに戻っていった。。

 絶対ここで告白しちゃいかんぞー。わし、近くの神社で縁切りの神様しとるからのー。

「まぁ、聞こえてはおらんじゃろうなぁ」

 最近は、どこかの神社がアニメだかなんだかの聖地と呼ばれるようになったらしく、他の神社もそれからポツポツと人が増えてきた。

 そのおかげか、こうして神社の縁側に座りながらお茶をすすり、周辺を神通力で監視しつつのんびり過ごしていればよいのだから、幸せ者じゃな。

 他の神社では参拝者を集めるのに必死だったりすると聞くからのー。

「おやおや、どれどれ」

 例の桜の木の下に男女が向かい合って立っておる。これはこれは。ふふふ。

『す、好きです!』

『ごめんなさい!』

 ノータイムかぁ、厳しいのぉ。

『あなたのことがこの世で一番嫌いなの! 顔も性格もとにかく生理的に無理!』

『そ、そんなぁ!』

『同級生に日常的に暴力を振るうし、すっごく音痴なのに毎日リサイタルとか言って招集するし、お金も取るし!』

『り、リサイタルなんだからお金は——』

『ものも取るし、しかも返さない!』

『か、返すよちゃんと! 覚えてれば!』

『それに、なんかあった時だけ心の友とか親友だとか、カッコつけて前に出ていくのはなんなの!? たまに真面目になるより常日頃から真面目な人のほうが偉いのよ!』

『そ、そんなこと言われたって!』

『単なる犯罪者のくせに、ガキ大将なんて言葉でごまかすなんて最低よ!』

 女子はそういうと一目散に帰って行ってしまった。

 しかしまぁなんだ。悪い子じゃの。あの男子は。見た目誠実そうに、見えなくもないが、うん。

 あ、悪い奴じゃな。桜を蹴り始めたの。桜はでりけーとなんじゃからそういうことしたらいかん。えい!

『う、うわぁ!』

 とりあえず崖の下に落としておいた。

 下は湖じゃし平気じゃろ。途中の岩とか出っ張りにぶつかってなければ。

 湖にはヌシもおるしな。助けてやってくれるじゃろうて。

 おや。今度は賽銭箱の前にずいぶんちっちゃな女の子が来たの。一人でか。幼稚園に通うような年ごろに見えるがはてさて。

『世界が平和になりますように』

 た、たいそうな願いじゃの。叶えてやりたいがわしの力は縁切りでの。世界に効力を及ぼす力はないんじゃよ。

 だから札束を出すでない。コラコラ。叶わないからやめて。わしプレッシャー半端ないから入れるな!

 おぉ。さすがに大人がいたか。どうやら少女の保護者……ずいぶん恭しい態度じゃが、ふむ、執事か何かかの。

 おいおいコラコラ。なんでお前の懐に入れるんじゃ。横領かこのジジイ。えい!

『ようやく見つけたぞ、幼女怪盗! 幼女のいるお金持ちのところばかりを狙って執事として取り入り、金品をくすね続ける悪党め!』

 ずいぶんピンポイントかつ微妙な犯罪をしておるの。しかも相手はなんじゃ、濃い顔の男が出てきたの。

『ふっふっふ。貴様か。組織から逃げ出したと思えば我らカッスー軍団の幹部を倒して回っているそうじゃないか。私を簡単に倒せると思うなよ!』

 ……濃い顔の男はだれじゃ。ホレ、はよ説明せい。

『っく。幼女を人質にとる気か、卑怯者め!』

『はぁっはっはっは。この私が幼女を人質にとるわけがないだろう。むしろ守ってやるわ!』

『なんだとぅ、とりゃ!』

 脈略なく男が攻撃を始めたの。幼女に向かって。卑劣漢じゃの。

『グハァ!』

『や、やっぱり幼女を守った……のか!? っく、俺は一体どうしたらいいんだ!』

 普通にジジイを連行すりゃいいんじゃないかの。ていうか連行しておくれ。賽銭箱の前でアクションせんでおくれ。

『こうなったら、変身!』

 おぉー。なんか変身したぞ。あれじゃな。ニチアサとかいう奴じゃな。ふむ。割とかっこいいの。中身はクズじゃが。

『お前、この場で変身するとか正気か!』

『貴様を倒すためなら何でもやってやる!』

『この神社と幼女に迷惑がかかる。場所を変えるぞ!』

『そう言って逃げる気だな、トゥ!』

『グハァ! また幼女を狙いおって!』

『ヤァ、ハァ!』

『グォォォ!』

『セバスちゃん!』

『大丈夫ですぞお嬢様。私がお守りいたしますので!』

 セバスちゃんと呼ばれたジジイが幼女を抱えながら走っていく。

『待てぃ!』

 クズは背中を見せて逃げるセバスの背中を蹴りつつ追撃を始めた。ホントにクズじゃな。


『追いつめたぞ!』

 桜の木の下に追いつめられたセバスは、幼女を木の後ろに隠して攻撃を受け続けている。

『ヤァ、トゥ!』

 一方的に殴られ続け、セバスが膝を折る。やばいの。えい!

『ハァ!』

 む。神通力が通じないぞ。何も起こらぬ。このままだとクズに倒されてしまう。何とかせねば……む?

『ハァ、ハァ、な、なんか水に落ちたと思ったらここに戻ってきたぜ……ん?』

 先ほど落とした小僧じゃないか。びしょ濡れということは落ちて……ヌシよ、なんでこっちに戻したんじゃ!

『何してるんだお前。じいさんと子供をいじめてるのか!』

『む、なんだ君は。今悪党を成敗しているところだ、危険だから離れていなさい!』

『どう見ても悪党はお前じゃないか。くらえぇ!』

『そんな遅いパンチは当たらん、トゥ!』

 クズの攻撃が小僧に当たった。どこまでもクズじゃのー。

『悪党に手を貸すというなら仕方がない。君もまとめて始末してやろう!』

『く、こうなったら仕方がねえぜ。おいじいさんたち。ちょっと耳を塞いでいてくれ!』

 セバスと幼女が耳を塞ぐと、小僧がマイクを取り出した。

『もうやらねぇって母ちゃんと約束したけどな。悪党相手じゃしょうがねぇ。聞かせてやるぜ、俺のリサイタル!』

『何をするつもりかわからないが、俺も耳を塞げばいいだけだ!』

 クズが耳に手を当てようとして気づく。

『ふ、フルフェイスだから塞げない!』

『おぉぉぉぉぉぉおぉぉれはがぁぁぁぁっぁきだぁぁぁぁいしょぉぉぉぉぉ!』

 小僧のマイクから超音波が放たれる。

 わしのいる縁側まで響き渡る。神社を揺らすほどの大音声を間近で受けたクズはひとたまりもなかろう。

『っく。くぉぉぉぉ』

『はぁ、はぁ。どうだ!』

『効いたが、効かん!』

 折った膝を伸ばし、クズが立ち上がった瞬間。

『そうかい!』

 小僧が笑った。

『えーい!』

 瞬間、クズの後ろから鉄パイプを振り上げる少女。先ほど小僧をこっぴどく振った子じゃな。

 鉄パイプがクズの股間を捉えると。

『ハァゥ……』

 クズはそのままクズれ落ちた。クズだけに。

『助かったぜ……!』

『そりゃぁ助けに来るわよ。あのマイク使うなって言われてたの知ってるんだから。それなのに使ったんだもん。緊急事態だってことくらい想像できるわ!』

『へ、へへ!』

 信頼は、されとるのかのー。

『ありがとうお兄ちゃん!』

『助かりましたよ』

『いいってことよ!』

 なんか丸く収まったようでよかったよかった。


 それから数日後。

『えー。先ほど入ったニュースです。幼女からお金をだまし取ったとして通称『セバス』と呼ばれる人物を逮捕しました』

 テレビを付けとったらセバスが逮捕されておった。さすがわし。縁切りの効果は伊達じゃないの。

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