合唱コンクール


「先生。なんで英語で歌わなきゃいけないんですか!」

 中学校の合唱コンクールに向けて練習中、生徒たちから疑問を向けられていた。

「いや、やっぱり原曲が英語で——」

「日本語版だってあるじゃないですか!」

 そうなのだ。

 海外の曲で、日本でも有名な曲を使っている。日本だと有名なアニメスタジオが主題歌に使って映画を作ったので、日本語版の歌詞もある。しかし。

「英語の良さっていうものもあるし、何より勉強になるのよ」

 私は英語が苦手だ。というか、文法とか単語とか覚えられなかった。

 でも英語の曲は好きだったので、ビートルズとかで英語を覚えた。

 楽だよー。ホント。ぶっちゃけ単語の意味を覚えれば何となく言ってることはわかるようになってくる。

 後はそこから少しずつ意味を調べたり、どういうニュアンスになるのかと覚えたりしていくのだ。

 苦手だったからこそ、こういうところで楽をしたんだけど。

「私たち、全員英語しゃべれるんですけど!」

 そうなのよね……。書けるとかそういうレベルじゃないのよね。

 みんなもう日常会話ならペラペラだし、英検だってみんな2級以上は持ってるのよね……。

 英検は関係ないかしら?

「そうね。でもやっぱり日本語に訳すときどうやって訳したかとか——」

「あれは『10代の少女がまだ知らぬ故郷がテーマとなった曲を訳すとしたら』というもので、私たちとはちょっと違うと思うんですけど!」

 いや、あなたたち10代よ?

「いや、少しくらいはね? どういう心情だったのかとかこう、思いを馳せる手伝いというかね?」

 なんか話が逸れていくわね。どうしようかしら。

「それに、古すぎます!」

「そうです。なんで1000年も前の曲なんですか!」

「最新のヒットチャートから歌わせてください!」

「え、えぇー?」

 先生は好きなのよ……この曲。メガネの中にも入れてるし、アニメの方だって月に一回くらいは見直したくなるのに。まぁ、古いけど。

「み、みんなにもこの曲を好きになってもらいたいかなーなんて」

「それよりももっと大事なことがあると思うんです!」

「な、何かしら?」

「今、です」

「今?」

「はい。過去を思い返すこと。人の心をおもんばかること。そういう機微を捉えることが、日本人にとって大事なことなのは理解しています」

「なら……」

「それとこれとは違うのです!」

 生徒が電子ノートを掲げた。スイッチを切り替えると外の映像が映し出される。

「何万光年もの旅路の途中にあって、みんなと意思疎通を交わす努力をする。その一つの手段として歌があるんだと思います!」

 移民宇宙船の外は真っ暗で、星の輝きすら遠い。

「わかっています」

そんな暗闇の中に、少しだけ明るく光る点を見つける。きっとあれも同胞の船だろう。よい旅路をと、故郷を思いながら旅の無事を祈ってほしい。終わりの見えない航海の最中だからこそ。そんな思いを込めて、生徒たちに向けていう。

「だって、私が好きなんだもの!」

 教師の権利をフル行使します!

 説得はあきらめた!

「民族ごちゃまぜのこの宇宙船の中で、歌で交流してきた文化は認めます。でも、だからこそ私が好きな曲を、私が大好きな子供たちに歌ってほしい。そのわがままくらい許してよ!」

「先生のわがままを許すなら、私たちのわがままも聞いてもらいたいですよ!」

 そうだそうだーと声が起こる。ぐぬぬ。

「さとみもよしえも結婚しちゃって、残り物は私だけなの。仕事に生きる女にはこういうことくらいしか楽しみがないのよ!」

「じゃあ先生は僕がもらってあげるので歌は譲ってください!」

「20歳以下はお断りよ! 捕まりたくないから!」

「15で結婚出来るじゃないですか!」

「根ほり葉ほりされて結局追いつめられるわ。あることないこと書かれてね! 宇宙船内の情報もなめんな!」

 女生徒と交際していた男性教諭が、合法であるにも関わらず逮捕されたりとかしている。20歳以下はいろいろと危険が多いというのが、社会の共通認識だ。

「そもそも私たちの祖先の故郷は何万光年もの彼方じゃないですか!」

「いーじゃなぁい! 好きな曲に理屈なんていらないのよ!」

「そうです。好きなことに理屈なんていらないので、結婚してください先生!」

「法律と世間の目が許さないのでアウトって言ってるでしょー!」

「じゃあどうしたらいいんですか先生!」

 あちこちから生徒たちの抗議の声が上がる。

「なら、こうしましょう」

 どっちも得をしないのならいっそ。


「で、なんでよりによってデスメタルを歌わせたんですか?」

「申し訳ありません、校長先生」

「生徒たちがノリノリっていうのも問題だとは思っていますが、一番まずいのは先生がデスメタルの衣装を着ちゃったことですよ?」

「反省、しております」

「なぁんでよりにもよって1100年近く前の、伝説的グループのコスプレなんてしたんですか」

「生徒たちからの、要望でもありまして……」

「出来ないものは出来ないと教えるのも教師の役目ですよ」

「はい。大変、申し訳ありませんでした」

 

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