第353話 マジっすか!? トール君半端ねえっす!

 9月3週目の水曜日、ライトが執務室で仕事をしているとノックする音が聞こえた。


「旦那様、ジャック様がいらっしゃいました」


「ジャックが? このタイミングってことは収穫祭関連だろうな。今行くよ。応接室でしょ?」


「はい。おっしゃる通りでございます」


 アンジェラの返事を聞くと、ライトは執務室から出てアンジェラを連れて応接室へと移動した。


 アンジェラがドアを引いてライトが部屋の中に入ると、ジャックが勢い良く立ち上がったと思いきや立ち膝で手を組んでライトに祈った。


「ライト君、助けてほしいっす! お願いするっす!」


「えっ、何事?」


 状況が読めないライトは首を傾げるしかなかった。


 部屋に入った途端に立ち膝で自分に祈る者がいたら、何やってんだこいつとなってもおかしくない。


 むしろ、思ったことをそのまま口にせずにオブラートに包んで言えたライトは大したものだろう。


「飲食店の連中が無茶言うんすよ! 食料品店は店頭に商品が出せるのに自分達はそれができないからどうにかしろって言って来るんす!」


「まあ、店頭に配置するのは食品だからできるのであって、料理を店頭に出したら劣化待ったなしだもんね」


「そうなんす! おまけに、賢者シリーズがあるオイラ達と違って自分達にはそんなブランドがないから収穫祭で他所から来る客に店に来てもらえないって泣きついてくる始末っす!」


 サクソンマーケットでは、生鮮食品以外に賢者シリーズの販売を行っている。


 ちなみに、セイントジョーカーの本店にはないイートインスペースもあるだけでなく、厨房にいる料理人コックに賢者シリーズの料理を注文することもできる。


 賢者シリーズは国内に知れ渡っているので、店頭に賢者シリーズの看板さえあればサクソンマーケットで購入できると一目でわかる。


 それゆえ、他所の領地から収穫祭にやって来た者がいたとしても、賢者シリーズを買えるサクソンマーケットには来てくれるだろうというのが地場の料理店の言い分なのだ。


 実際、その言い分は間違っていないと言えよう。


 ニブルヘイムには紙が流通しているものの安価ではない。


 だから、チラシを大量に作って配れば支出が収入を上回ってしまう。


 それでも、知ってもらえないと他所から来た人が店に足を運んでくれないかもしれないからどうにかしたいと食品系のまとめ役であるジャックに泣きついた訳だ。


 (地球なら色々やりようはあるけど、情報伝達手段が限られたニブルヘイムじゃ難しいな)


 今の地球は電子媒体でも紙媒体でも宣伝ができるが、ニブルヘイムではせいぜいが口コミが限界である。


 口コミ以外の宣伝があれば、他所から来た者に店に足を運んでもらえる。


 質は高くとも宣伝手段がないだけという自信があるからこそ、良い手はないかと料理店主達が泣きついている。


 領主として何か有益なアドバイスをしたいところだが、真っ先にネットが頭をよぎるあたり自分の前世の文化水準の高さを改めて思い知るライトだった。


 そこに、コンコンとノックをする音が聞こえた。


「ライト、私よ。入って良いかしら?」


「良いよ。入って」


 アンジェラがドアを開けると、ヒルダがトールを抱っこして部屋に入って来た。


 抱っこされているトールはその手に黄色い何か持っており、それをライトに差し出そうと手を伸ばした。


「パパ、あげる!」


「ありがとう。これはスイートポテトを粘土で作ったのかな? よくできてるよ、トール」


「あい!」


 受け取ったライトが自分の渡した物が何か当てると、とても嬉しそうに返事をした。


「トールったら、スイートポテトが気に入ったみたいで粘土で頑張って作ったのよ」


「へぇ~。トールはスイートポテトが好きなんだ?」


「しゅき!」


「そっかぁ。じゃあ、また後で出してあげるから待っててね」


「あい!」


 ライトがスイートポテトを用意してくれるとわかったらしく、トールは嬉しそう笑った。


 親子のやり取りを横で見ていたジャックだが、先程からずっと気になっていたことがあったので我慢できなくなったようだ。


「あの~、ちょっと良いっすか?」


「なんだよジャック? これは食べ物じゃなくてトールのおもちゃだぞ?」


「いや、そうじゃないっす。スイートポテトってなんすか?」


 (あっ、やべ・・・)


 現時点では、薩摩芋はまだ錬金魔法陣でしか手に入らない。


 ダーイン米と違って、まだ植えてないから収穫することができないからだ。


 そんな希少な食べ物をジャックに知られてしまうと、ジャックが売りたいと言わないはずがない。


 ダーイン公爵家専用のお菓子と言えばそれまでだが、ライトはこの時あることに閃いた。


「そうだ! 食品サンプルを作れば良い!」


「ライト君? 食品サンプルってなんすか? また新しい言葉が出て来たっす」


「ジャック、トールに感謝しな。トールのおかげでジャックの悩みが解決するかもしれないぞ」


「マジっすか!? トール君半端ねえっす!」


 スイートポテトへの興味は途切れていなかったが、今は自分の悩みを解決する方が優先される。


 ジャックはトールが悩みを解決するきっかけを齎したと知ると、トールに感謝した。


 その隙に、ライトはジャックにスイートポテトのことを思い出させないようにするため、<道具箱アイテムボックス>を発動して色のついた小麦粉粘土を必要な分だけ取り出した。


 ライトが何かやり始めたと気づくと、ジャックの注意はライトの手元に向けられた。


「ライト君、何やってるんすか?」


「ちょっと待ってて。今、簡単な見本を作るから」


「わかったっす」


 ライトが自分のために何かを作ってくれているとわかれば、その邪魔をしてはいけないとジャックは口を閉じて静かに待った。


 そして、待つこと5分、ライトのDEXだからできるスピードと丁寧さを兼ね備えた作業により、1つの作品が完成した。


「こ、これはピザじゃないっすか!?」


「そう、ピザだよ。粘土で作ったから食べられないけどね。目の前で見てたからわかるだろうけど」


「そりゃわかるっすけど、もしも料理の匂いが充満した部屋でこれを見たとしたら、うっかり食べちゃいそうっす」


「頑張って似せて作ったからね。それで、これが食品サンプルだよ。店頭にこんな料理を作れますってガラスケースの中に入れて展示するんだ。そうするとどうなる?」


「何を食べられるか一目でわかり、店内から美味しそうな匂いがすれば自然と店内に足を運んでしまうっす。これはすごいっす! トール君、ありがとうっす!」


「あい!」


 ピザの食品サンプルを作ったのはライトだが、着想は間違いなくトールによるものだからジャックはトールにお礼を言った。


 ジャックからお礼を言われ、トールはすっかりドヤ顔である。


「良かったわね、トール。ジャックが今度お礼に美味しい食べ物を持って来てくれるって」


「あう?」


 ヒルダの発言にそうなのかと首を傾げるトールに対し、ジャックは躊躇うことなく首を縦に振った。


「勿論すよ。トール君のおかげで問題が解決したっすからね。ライト君がほっぺたが落ちる料理を作れるような美味しい食材を持ってくるっす」


「あい!」


 トールはパチパチと手を叩く。


 ライトに料理を作ってもらえるとわかり、嬉しくなって拍手をしたようだ。


「ジャック、小麦粉粘土の食品サンプルの注意点を伝えるよ。メモを用意して」


「はいっす」


 ライトが忘れない内にと言い出すと、ジャックは素早くカバンからペンとメモを取り出した。


 メモの内容は、乾燥やカビを考慮した保存をすることと、小麦粉粘土なので誤って口にしてしまっても問題はないが食べる者が出ないように食品サンプルの展示には注意書きを添えることだ。


 乾燥したりカビの生えた食品サンプルでは、どう考えても食欲を刺激されない。


 というよりも、むしろ食欲が失せてしまうだろう。


 だから、保存状態に注意することが売り上げに直結すると思えとライトは強めに言った。


 また、展示方法としては注意書きを添えるだけでなく、ガラスケースの中に入れることを提案した。


 流石にケースに入っており、これは見本だから食べられないという注意書きがあればケースを割って中の食品サンプルを食べようとはしないだろう。


 仮にいたとしても、それは治安の悪い領地であり、治安の良いダーインクラブではそこまですればまず現実にはなるまい。


「ところでライト君、スイートポテトってなんすか?」


「ダーイン公爵家でしか食べられないおやつだよ。レシピは秘密」


「そうっすか。残念っす・・・」


 ジャックの新しい料理への執着力は流石だが、ライトにこう言われてしまえばこれ以上は訊けない。


 結局、ライトは貴族の特権でジャックの質問を封殺することになってしまったが、それは仕方のないことである。

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