第351話 かゆ、んま~!

 土曜日の朝早くから、ライトは公爵家で手の空いている者を引き連れてダーインクラブが所有する水田に来ていた。


「収穫するぞ!」


「「「・・・「「お~!」」・・・」」」


 ライトが拳を挙げると、その後に使用人達も続く。


 ライト達がどうしてここまで気合を入れているのか。


 それは、ダーイン米の初めての収穫だからだ。


 去年、ライトが錬金魔法陣によって手に入れたものを全て食べずに育てられるようにしていた。


 ダーインクラブの気候は、幸いなことに日本と変わらない。


 だから、ちゃんと育てれば米が手に入るだろうとライトは考えていた。


 そして、キャラ天むすを食べてお米の美味しさを知ったロゼッタが、世界樹の次に気合を入れて育てた。


 育てるために使った水は全てライトが【聖付与ホーリーエンチャント】で作った聖水であり、ダーイン公爵家の本気が感じられる。


 そんな環境で育った稲が、今日収穫の頃合いだとロゼッタが断言したため、ライトも美味しいお米を食べるために率先して収穫に参加する訳だ。


 ヒルダも刈り取る作業はできないが、ヒルダにしかできない作業があるのでトールを抱っこしたままここにいる。


「アンジェラ、刈り取り始めてくれ」


「かしこまりました」


 ライトから鎌を受け取ると、高いDEXとAGIを活かしてザクザク刈り取り始めた。


「A班は回収!」


「「「はい!」」」


 刈り取られた稲は、A班に配属された使用人が回収して1ヶ所にまとめる。


「ヒルダ、出番だよ」


「任せて。【脱水ディハイドレーション】」


 脱穀できるように、程良い加減でヒルダが刈り取られたものから水分を奪う。


「B班は脱穀!」


「「「はい!」」」


 ヒルダが水分を飛ばした物から順番に、B班に配属された使用人が移動させて脱穀を始める。


 なお、アンジェラが刈り取った稲の量がある程度になると、再びA班が回収してヒルダが脱水してB班に受け渡す。


「C班籾摺り開始!」


「「はい!」」


「摺るよ~! 超摺るよ~!」


 ロゼッタはC班に所属している。


 いつもはほんわかしているロゼッタだが、今日は気合が入っているらしい。


 籾摺りが終わった玄米を大き目のガラス瓶の中に注ぎ込むと、ライトは仕上げの精米を行うD班に号令をかける。


「D班精米開始!」


「「「はい!」」」


 ライトを筆頭に大きい擂り粉木を手に取ると深呼吸し、高速で瓶の中に上下動させ始めた。


「やっぱりライトが1番ね。丁寧でいて速いわ」


「あれは旦那様だけにしかたどり着けない境地なのです」


「アンジェラ、もう終わったの?」


「終わりました。今は旦那様からの指示待ちです」


 いつの間にか、自分の隣にやって来ていたアンジェラに戦慄しつつ、ヒルダはライトを見守った。


 A班、B班の仕事がなくなり、C班とD班が疲れると適宜交代した。


 ヒルダは妊婦のため参加しなかったが、アンジェラは交代で精米作業に加わった。


 それから作業を30分程作業を続けると、来年植える分を除く全ての稲が白米へと変わった。


「みんな、お疲れ様! 屋敷に戻ったら昼食にするぞ! 【【【・・・【【疲労回復リフレッシュ】】・・・】】】」


「楽になったよ~。ライ君ありがと~」


「「「・・・「「ありがとうございます!」」・・・」」」


 使用人達は体から疲労が取り除かれるとライトに感謝した。


 かなりの重労働だったので、ここから通常業務に戻るのは辛いと思っていたからである。


 白米を大きな容器に移すと、それをライトが<道具箱アイテムボックス>で収納する。


 そして、ライト達は屋敷へと戻っていった。


 屋敷に戻ったライトは、すぐに厨房へと直行した。


 屋敷の料理人コック達が昼食のおかずの準備を始めていたので、ライトとアンジェラは米を炊く準備に取り掛かった。


 既にアンジェラにやり方を見せているので、今日はアンジェラが作業のメインでライトは監督である。


 アンジェラは早速、昼食に使う分だけ米をボウルに入れて研ぎ始めた。


 うっすらと米が透けて見えるくらいの透明度まで何度か水を入れ替え、水を切ってから米の1~2cm上まで水を注いで米を浸水させる。


 浸水が終わったら米を鍋に移し、炊くのに必要なだけ水を注ぐ。


「火加減が大事だから気を付けてね」


「心得ております。このアンジェラ、前回の旦那様の手順をしかと目に焼き付けておりますのでご安心下さい」


 自信満々な様子でアンジェラが蓋をした鍋を火にかけて沸騰するまで待ち、沸騰が確認出来たらそのまま2分間は火の勢いをキープする。


 そこから火の勢いを弱めて2分、更に弱めて3分とライトの火加減のこだわりを忠実に再現していた。


 (ここまでは順調だ。ちゃんと蒸らせるかな?)


 ライトは仕上げまで油断するなよと頭の中で念じるが、そんな心配を他所にアンジェラは10分程蒸らしてようやく鍋炊きご飯を完成させた。


「旦那様、いかがでしょうか?」


「見た目は文句のつけようがないね。実食の時間が待ち遠しいよ」


「ありがとうございます」


 ライトは一旦炊き上がったご飯の大半を<道具箱アイテムボックス>にしまった。


 ここから何をするのかと言えば、トールのための一工夫だ。


 トールもそこまで硬くなければ固形物を食べられるようになったが、念のため食べやすくしてあげるつもりなのだ。


 ライトは鍋に水を入れて軽く沸騰させると、その場に残していたご飯を鍋に投入した。


 ご飯を入れてからぷくぷくとし始めたら、塩を適量投入して混ぜる。


 完全に沸騰したら、解いた卵を回し入れて卵粥の完成である。


「うん、できた」


 ほんの少しだけ味見をしたライトが、これならトールも食べられるだろうと頷く。


 すると、おかずの準備も丁度終わったらしく、料理人コックの1人がライトに声をかけた。


「旦那様、こちらもできあがりました」


「わかった。それじゃあ、昼食にしよう」


 残る作業は配膳だけなので、炊いたご飯を<道具箱アイテムボックス>から取り出し、後のことをアンジェラと料理人コック達に任せてライトは食堂へと移動した。


 ヒルダとトールはスタンバイしており、トールの補佐としてロゼッタも隣に座って待っていた。


 ライトも着席すると、数分と経たない内にアンジェラと料理人コック達が昼食を運んで来た。


 今日の昼食は、ロースかつに卵焼き、生野菜のサラダと炊き立てご飯だ。


 味噌汁がないのが残念でならないライトだが、味噌がないのだから仕方ないと割り切るしかない。


 トールにはカツ等はまだ早いので、ライト特製の卵粥だけだ。


 なお、ご飯と卵粥はライトがこの日のために用意した茶碗に盛られている。


「美味しそう!」


「あい!」


「ライ君~、トール君のお世話が終わったら~、私も食べて良い~?」


「勿論食べて良いよ 。NOなんて言ったらただの意地悪でしょ」


「わ~い」


 ロゼッタに許可を出した後、ライトは<道具箱アイテムボックス>から棒を2本取り出した。


「ライト、その2本の棒は何?」


「箸だよ。米はこれで食べるって決めてたんだ」


「そうなんだ。私にも使えるかな?」


「どうだろう? 慣れないと難しいと思うけど」


「ライトが使うなら私も使う」


「わかった。今出すよ」


 ヒルダが使いたいと言い出した時のために、ライトはヒルダの分も箸を用意していた。


 というよりも、ライトとヒルダの箸は夫婦箸である。


 米を炊いて食べる時のために、茶碗や夫婦箸を用意しているあたり、ライトは食器の準備を徹底していると言えよう。


 さて、配膳も完了したとなれば実食あるのみ。


 ライトが体の前で両手を合わせると、ヒルダやトール、ロゼッタがそれに倣う。


「いただきます」


「いただきます」


「ます!」


「いただきま~す」


 ライトはカツを一口食べてから、ご飯を口に運んだ。


「・・・今日まで待った甲斐があったなぁ」


 咀嚼して飲み込むと、ライトはしみじみとそんな感想を口にした。


 転生したってソウルフードは米であり、これに対するいかなる異議も認めない。


 これがライトの胸中である。 


「おにぎりも美味しいけど、こうやって食べるお米も美味しいわ」


 ヒルダもお米の素晴らしさに染まっているようだ。


「ライ君~、トール君のご飯ってなんて言うの~?」


「お粥だよ。今日は卵を使ったけど、おにぎりみたいに他にもいろんな味付けがあるんだ」


「かゆ、んま~!」


「トールが一発でお粥を覚えた!?」


「それだけ美味しかったんだわ」


「トール君良かったね~」


「あい!」


 今日は仲間外れにされず、ライトやヒルダとほとんど同じ物が食べられてトールは大変ご機嫌である。


 トールの食事の世話が終わると、ロゼッタも自分の分のご飯を貰って食べ始めた。


「来年も稲育てるよ~」


 美味しいは正義ということがよくわかるコメントだった。

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