エフェン戦争編
第335話 約束するよ。ヒルダを置き去りにしない
冬と春が過ぎて6月になった。
アザゼルノブルスでアルバスとイルミが結婚した後、呪信旅団の動きは表立って見えるようなことはなくなった。
戦力の逐次投入という愚策により、呪信旅団の団員数が減ったからだ。
ソフィアが齎したのは腐れ貴族の汚職だけでなく、呪信旅団の情報もだ。
つまり、ソフィアが構成人数や幹部の情報等知っていることは全てライト経由でパーシーにも伝わっている。
しかし、ノーフェイスについては謎が多い。
レヴィ=ユミルの血を継ぐ男ということはわかっているが、その素顔を見た者はノーフェイスから爺と呼ばれ、団員からは
ノーフェイスの名前や
ノーフェイスについて明らかになっている情報は、基本的に冷徹だが突然おどけてみせたりスキルに頼らない武器の使い手であること、<
一人称が私だったが、普段は滅多に一人称を使わないなんて情報は聞く者全てに首を傾げさせた。
顔が仮面で隠れているから、いつも何を考えているかわからないため、ソフィアもノーフェイスが今何を考えているのかはわからないとのことだった。
呪信旅団のことはさておき、5月初旬にはアズライトが15歳になったことでオリエンス辺境伯家に婿入りした。
エマとアズライトの結婚式には、ライトも大陸南部のまとめ役として当然参加し、2人の結婚を祝った。
アズライトはライトとスケジュールを合わせ、地道に<杖術>獲得を目指して訓練をした結果、どうにか結婚式が行われる前にスキルの獲得に成功した。
エマを守れるようにという目的は、ひとまず達せられたのでライトもアズライトもホッとしたところである。
ところで、6月ともなれば夏に入り徐々に暑さを感じる季節だ。
6月1週目の土曜日、今日は土砂降りの雨という天気で、外に出かけたいと思う者は少ないだろう。
ライトは外に出る用事もなく、対応しなければならないデスクワークも片付けたのでヒルダと
「チェック」
「うぅ、
「作ったのは僕だからね。まだまだヒルダには負けないよ」
「ライト以外には負けないのに。アンジェラとだって時間はかかるけど勝ち越してるんだよ?」
「アンジェラにも勝てるんだ? ヒルダよりも厄介なのに」
「アンジェラの方が強いと思ってたの?」
ヒルダにジト目を向けられたライトは、苦笑しながらその理由を述べた。
「いや、ほら、アンジェラが僕と
「・・・それはルール違反なんじゃ」
「盤外のことは
「あの変態はライト対策だけはばっちりなのね」
ライトから理由を聞いて納得するとともに、ヒルダの顔が引き攣った。
すると、トールが粘土遊びに飽きたのかライト達に近づいて来た。
「パパ、ママ、あそぼ!」
「粘土は飽きちゃったみたいだね。じゃあ、今度はこれで遊ぼうか」
そう言うと、ライトは<
このボールだが、丸く切った布を2つ縫い合わせて中には綿を詰め込んであるから柔らかい。
仮にぶつかったとしても、クッション性はばっちりという代物だ。
粘土に飽きた時のために、ライトが用意していたのだ。
「ライト、ちょっと見せて」
「はい」
「うん、柔らかいね。こんな物まで作ってたなんて」
「トールのためならどうってことないよ。ヒルダ、ボールをトールに渡してあげて」
「わかったわ。トール、今日はこれで遊んでみましょうね」
「あい!」
ヒルダがボールを渡すと、トールはそれを受け取ってニパッと笑った。
ポムポムとボールを叩き、感触が気に入ったのかトールは大喜びだった。
「あい!」
「喜んでくれたね」
「でも、ボールを叩くだけじゃすぐに飽きちゃうよね?」
「そこは考えてるよ」
ライトは再び<
「何これ? 筒かしら?」
使い道がわからないヒルダは、試しに1本だけ手に取ってみたものの答えを出せなかった。
「筒だけど、筒じゃないんだ。これはピンだよ」
「どういうこと?」
ライトの言っていることがわからず、ヒルダは首を傾げる。
百聞は一見に如かずということで、ライトは布製の
そう、ライトが用意したのはボウリングである。
素材はどれも柔らかい布や綿でできているから、トールが怪我をする危険性はない。
「トール、ボールを僕にえいってして」
「えい」
ライトにジェスチャー込みで言われ、トールはボールをライトに投げて渡した。
「ありがとう、トール。それじゃ、よく見ててね」
「あい」
「それ」
掛け声と同時にライトは布製のボールを転がし、転がったボールがピンを倒した。
「おぉ~!」
ピンが倒れたのを見ると、トールは手をパチパチと叩いて喜んだ。
「どうだい、トール? やりたくなった?」
「あい!」
「よし。じゃあ、ちょっと待っててね」
ライトは素早くピンを並べ、トールにボールを渡した。
「はい、どうぞ」
「えい!」
トールはボールを受け取ると、ライトの真似をして転がすように投げた。
1歳児のトールだが、ユグドラ汁を少量ながらも飲み続けているおかげで、既に1歳児とは思えないSTRを有している。
それゆえ、トールの力でもボールはピンに届き、最初のピンから連鎖して全てのピンが倒れた。
「おぉ~!」
「トールやったね! ストライク!」
「上手よトール!」
「あい!」
ライトとヒルダに褒められたトールはエッヘンとドヤ顔を披露する。
カメラがないのが悔やまれるシーンである。
その後、ライト達はトールが疲れて寝てしまうまでずっとボウリングで遊んだ。
勿論、運動したからトールにユグドラ汁を飲ませるのも忘れていない。
トールをベッドに運ぶと、ヒルダはライトの隣に座って体重を預けた。
「トールと遊べて良かったよ」
「急にどうしたの?」
「小さい頃のことを思い出したの。私が小さかった頃っていつもお父様もお母様も大変そうだったし、一緒に遊んでもらえたことも少なかったなって思って」
「小さい頃、ねぇ・・・」
ライトも思い返してみたが、前世の記憶を引き継いだ自分はルクスリアに生まれた時から目を付けられており、0歳児から始められるトレーニングを強制的に受けさせられていた。
(あれ、僕って生まれた時から実はブラックな環境にいた?)
今更気づいたのかとツッコむ者は、残念ながら誰もいない。
いや、正確には1柱いるがそんなことをツッコむためにライトと会う時間を設ける程暇ではない。
顔色が悪くなったライトを見て、ヒルダは心配そうな表情になった。
「ライト、大丈夫?」
「大丈夫、かな。思い返したらルー婆に赤ちゃんの頃からビシバシ鍛えられてたなって思っただけだから」
「それは大丈夫じゃないと思うんだ、私」
「でも、ルー婆に鍛えてもらってなかったら、間違いなく今の僕はいかなかったよ」
力不足でエリザベスを救えず、治療院を開くことがなければ多くの人命を救うこともできなかった。
当然、ヒルダの母親のエレナの命も救うことができなかっただろう。
そう考えると、大丈夫ではなくてもやらざるを得なかったと言えよう。
「そうかもしれないけど、無理や無茶はしないで」
「わかってるさ。だけど、多少の無理や無茶で状況を好転させられるなら、それは甘んじて受け入れるしかないよ」
「私はライトに死んでほしくないの。絶対に私を置いて死なないで」
そう言うのと同時に、ヒルダはライトの体をギュッと抱き締めた。
ヒルダの両腕には力が込められており、ライトが約束してくれるまで絶対に離さないという意思が現れていた。
「約束するよ。ヒルダを置き去りにしない」
「絶対よ?」
「絶対」
ライトの言葉に納得したらしく、ヒルダはライトと向かい合うようにその膝の上に座ってキスをした。
それはライトを求める強い感情によって行われるものだった。
その後、トールが起きるまでヒルダがライトに甘えていたのは言うまでもない。
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