第332話 喧嘩をしても、ご飯を食べれば必ず仲直りします

 教会の担当者が客室にやって来て、ライト達は屋敷の庭に案内された。


 庭には招待客用の椅子が用意されており、ライト達はそこに座った。


 既に他の招待客は着席しており、ライト達が最後に案内されたらしい。


 今日の式に参加しているのは、公爵家はダーイン公爵家とドゥネイル公爵家で、その他はアルバスのクラスメイトとイルミのクラスメイト、教会学校の生徒会で一緒に働いた人等の関係者ばかりだ。


 ドゥラスロール公爵家とドヴァリン公爵家は粛清の冬のWチェックが忙しく、お祝いのみ贈ることとなった。


 また、パーシーとエリザベスについても、そのWチェックによって増えた業務で身動きが取れなくなり、自分達が出席できない代わりにクローバーを派遣した。


 本来ならば、自分達の娘の結婚式に参加するのは当然だ。


 それができないのは、国内の貴族が思いの外腐っていたことが原因である。


 まだ写真もビデオもない世界だから、パーシーもエリザベスも結婚式の様子を伝聞でしか知ることができない。


 だから、今処罰を与えている者達に対して、イルミのウエディングドレスを見れなかった怒りを込めて情状酌量の余地のない厳正な判断を下している真っ最中だ。


 さて、パーシーの名代ならばライトだろうと思うかもしれないが、教皇になると出身の公爵家の領主を名代にしてしまうとあらぬ邪推をされてしまうことからできないことになっている。


 だから、国民に人気の高いクローバーの4人を派遣することで、1つの公爵家に肩入れしすぎない姿勢をアピールしつつ、この結婚式を盛り上げようとした訳だ。


 屋敷の門の外には、アザゼルノブルスの領民が新しい領主の結婚式を一目見ようと集まっており、門番が間違っても屋敷の敷地に人を入れまいと気を張っているようだった。


 ライトが打ち合わせ通り【聖半球ホーリードーム】を使って屋敷の敷地を覆い、定刻になると教会アザゼルノブルス支部の支部長が拡声器マイクを使った。


「それでは、新郎新婦の入場です」


 敷地外まで届くアナウンスの後、屋敷の玄関からアルバスとイルミが腕を組んで姿を現した。


 イルミがライト達の結婚式と同じようにやりたいと強く希望し、今日の式もまた新婦入場は新郎新婦の入場に変更された。


 庭に用意された祭壇の前に、アルバスとイルミが仲睦まじく進んでいく。


 (アルバス、嬉しいのはわかるけど鼻の下を伸ばすなよ)


 顔が緩んでいるアルバスを見て、鼻の下は伸ばしては駄目だと念を送った。


 もっとも、ライトが念を送ったところでアルバスには届かないのだが。


 2人が支部長の前に辿り着くと、支部長は今日という日を迎えられたことに感謝の言葉を述べた。


 それを聞いている内に、アルバスの顔が真剣なものへと戻った。


 そして、アルバスとイルミが夫婦の誓いを立てる。


「本日、俺達2人は皆様の前で結婚式を挙げられることを感謝し、ここに夫婦の誓いをいたします」


「お互いの家族を大切にします」


「毎日感謝の気持ちを忘れません」


「笑顔の絶えない明るい家庭を築き、子供が生まれれば笑顔溢れる家庭にします」


「どんな時にも支え合って互いに切磋琢磨し、死が2人を分かつまで永遠に寄り添います」


「喧嘩をしても、ご飯を食べれば必ず仲直りします」


「これらの誓いを心に刻み、これらは夫婦として力を合わせて新しい家庭を築いていくことをここに誓います。アルバス=アザゼル」


「イルミ=アザゼル」


「それでは、最後にお互いの指輪の交換をもって誓いの証として下さい」


 アルバスとイルミが誓いを立て終えると、お互いの指輪の交換をして左手の薬指に嵌め合った。


 ライトとヒルダの時は、ヒルダがライトに結婚指輪を嵌めてもらえたことが嬉しくなり、昂った気持ちを抑え切れずにライトの唇を奪った。


 しかし、今日はどちらもヒルダのようなことはせず、アルバスとイルミが見つめ合ってから口づけを交わした。


「こういうのも良いね」


「初々しいね~」


「こっちも恥ずかしくなってきましたわ」


「私も夫と最初はこんなかんじだったなぁ」


「うぅ、早く相手を見つけないと」


 招待客の席からは、アルバスとイルミの様子を見て様々な意見が飛び出した。


 最後のものだけは独身の焦りが滲み出ていたが、今は気にしてはいけない。


 何故なら、それよりももっと焦ってる者がいたからだ。


 何を隠そうジェシカである。


「これで完全に愚弟に先を越されてしまいました。はぁ・・・」


 漂う焦りと哀愁が、流し目に乗せられてライトに向けられる。


 (そこで僕を見ないで下さい)


 ライトはその視線に気づかないふりをしたまま、アルバスとイルミを祝福する意味を込めて拍手した。


 その拍手に他の招待客の拍手が加わり、拍手の音が会場を包み込んだ。


 呪信旅団からの奇襲もないまま、結婚式が終わった。


 だが、関係者だけのパーティーが始まっても、屋敷の敷地の外にいる領民達は解散しなかった。


 何故なら、クローバーが特別ステージを行うからだ。


 アルバスとイルミの結婚をお祝いし、パーティーの最初に歌を披露することが決まっていた。


 クローバーがいれば、<聖歌>による讃美歌を聞けると領民達は期待しており、その期待通りに事が運んだ。


 クローバーの4人が拡声器マイクを片手に注目を集めた。


「皆様こんにちは! クローバーです!」


「今日のパーティーだけど、教皇様とエリザベス様の代理で私達4人が参加するよ!」


「大役を与えられて緊張してます! 温かい目で見守って下さい!」


「私達のお祝いということで、1曲だけ歌わせてもらえることになってます!」


「「「「聴いて下さい! ”祈りを捧げよ”」」」」


 4人の歌が終わると、庭にいた全員がスタンディングオベーションをする結果となった。


 光のドームの外でも、領民達はクローバーの歌を聞けて満足したらしく、なかなか拍手が鳴り止まなかった。


 (このまま最後まで何も起こらなければ良いんだけど)


 ライトは拍手しながら、呪信旅団が仕掛けてこないことを願った。


 ところが、残念なことにライトの願いが聞き届けられることはなかった。


「死にたくなければ動くなぁぁぁっ!」


 大きな声がした場所に注目が集まると、複数の者達が各々の武器を構えていた。


 その中には、ナイフを人質の首筋に当てている者までいた。


 ライトが素早く<鑑定>を発動すると、いずれの者も呪信旅団の団員だった。


「アザゼル辺境伯ぅ! 領民に手を出されたくなかったら、俺達の言うことを聞けぇ!」


「「「・・・「「キャァァァァァッ!?」」・・・」」」


「皆さん、落ち着いて下さい!」


「落ち着いて!」


 領民達が自らの危機的状況を理解し、パニック状態になった。


 領地を守る結界は、あくまでアンデッドにしか通用しない。


 つまり、人間である呪信旅団には通過できてしまう。


 それは知られているはずだというのに、パイモンノブルスが制圧されたことから少しでも時間が経つとその事実を忘れてしまった者達は多かったらしい。


 パニックになった領民達を門番達が落ち着かせようとするのだが、領民達はそんな声が全く耳に入らない様子である。


 アザゼルノブルスに侵入した呪信旅団の団員達はミスを犯した。


 アルバスに要求を呑ませるには、自分達の要求がアルバスに聞こえなければならない。


 しかし、自分達が人質を取って動くなと言ったせいで、領民達が騒ぎ立てて自分たちの声がアルバスに届かなくなった。


 それ以外にもミスがある。


 光のドームの外に、ライトが何も備えをしていないはずがないことを見落としたことだ。


 ライトは信号棒シグナルスティックを手に取り、もう片方の信号棒シグナルスティックを持つ者に指示を出した。


 数秒後、事態は動いた。


「【壱式:投瞬殺とうしゅんさつ】」


 その声が聞こえたすぐ後、グングニルが人質を取っていた呪信旅団の団員の頭を貫いて殺した。


 そして、それによって生じた隙を逃さず、アンジェラが人質を回収した。


 (保険をかけといて正解だったよ)


 ライトの保険とは、光のドームの外に待機させていたアンジェラのことである。


 【聖半球ホーリードーム】で屋敷の敷地を覆えば、呪信旅団が結婚式を邪魔するには事前に屋敷の敷地に潜んでいるか、屋敷の外で騒ぎを起こすかのどちらかしかない。


 後者の事態の備えとして、隠密性の高いアンジェラを待機させていたのだ。


 当たってほしくはない読みが当たったが、ライトから信号棒シグナルスティック経由で人質を救出せよと指示を受けたアンジェラのおかげで、最も危険な目に遭っていた人質は救われた。


偏執狂モノマニアだ!」


「撤退!」


 残りの呪信旅団の団員は、アンジェラに適わないと判断して撤退を選択した。


「逃がしませんよ」


「ごぽっ!」


「ぐはっ!」


「ぐっ!?」


「ぬぁっ!?」


 逃げ出した残りについても、アンジェラがペインロザリオを抜いてあっさりと始末した。


「「「・・・「「うぉぉぉぉぉっ!」」・・・」」」


「「「・・・「「偏執狂モノマニア! 偏執狂モノマニア! 偏執狂モノマニア!」」・・・」」」


「「「・・・「「ありがとう!」」・・・」」」


 領民達は危機を救ってくれたアンジェラを称えた。


 その一方、称えられたアンジェラはと言えば・・・。


「褒めてもらうにしろ、罵られるにしろ、旦那様じゃなければ物足りませんね」


 やはり安定の変態だった。

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