第331話 そいつはヤバいぜ
結婚式当日の土曜日、ライトは招待客として式が始まるまでの間、割り当てられた客室で待機するのかと思いきや、イルミに連れられてある部屋に連行されていた。
「ねえ、イルミ姉ちゃん、僕が招待客だってことわかってる?」
「わかってるよ。でも、お姉ちゃんにはライトしか頼れる人がいないの」
「屋敷に<鑑定>持ちはいないんだ?」
「いない。だからお願い! これ全部チェックして!」
イルミのお願いとは、今日行われる結婚式に持ち込まれたお祝いの品に<鑑定>で中身の安全確認をすることだった。
お祝いの品が集められた部屋に連行され、お祝いの山を見ればライトの顔が引き攣るのも無理もない。
アルバスもイルミも公爵家出身ということで顔が広い。
招待されても粛正の冬の後始末やその関連業務のせいで、今日の式に参加できない者も多い。
参加できない者程、お祝いの品が大きかったりするものだからどんどんそれらが積み重なって中身の安全確認をどこから始めれば良いかわからなくなるぐらいだ。
そんな大仕事でも、<鑑定>があれば見るだけで済むから効率良く進められる。
だが、<鑑定>を持っている者であれば、誰だって任せられるという訳ではない。
この人ならば安心して任せられるという実績が大事なのだ。
イルミにとって<鑑定>持ちで全幅の信頼を置いている人物となれば、ライトしかいない。
だから、イルミは屋敷の倉庫と化してしまっている部屋にライトを連れて来た。
「はぁ、どんだけあんだよ」
「ライト、ちょっぱやでよろしく!」
それだけ言うと、イルミはウェディングドレスに着替えるために自室へと戻ってしまった。
(おかしい。労働力としてカウントされてるのはマジでおかしい)
姉からの理不尽というものは、弟が避けられないものの代名詞だ。
万が一、危険物が混ざっていたら笑えない。
それゆえ、ライトは仕方なく<鑑定>を使って作業を始めようとしたが、そこに声がかかった。
「旦那様、お困りですか?」
「アンジェラ、いつからいたの?」
「旦那様がイルミ様に連行された時からずっと尾行しておりました」
「最初からじゃん。止めてくれよ」
「止めることも考えましたが、私もここに来て旦那様を手伝えば2人きりになれると思って止めませんでした」
「自分の欲望を優先するなっての。アンジェラ、僕がチェックした物の仕分けを頼む。品の種類やサイズで分けてくれ。良いな?」
「お任せ下さい」
軽く注意した後、時間もないのでライトはアンジェラに指示を出してから作業を開始した。
「絵画、1ヶ月分の非常食、ペアマグカップ、ペアグラス、時計、紅茶詰め合わせ、訓練用の案山子・・・。訓練用の案山子!?」
一体どんなプレゼントだよとツッコミを入れてしまったが、これはザックとアリサからのお祝いの品だった。
(これなら被らないしアルバスもイルミ姉ちゃんも使えるよ。盲点だったよ)
一般的な貴族を相手に贈る物ではないが、しょっちゅう模擬戦したがるイルミに体を動かすことを動かすことが好きなアルバスなら喜んでもらえる。
その確信があったからこそ、ザックとアリサは特注の訓練用の案山子を用意したようだ。
「旦那様、次をお願いします」
「わかった。カトラリー、アロマ、ワイン・・・」
ワインと言った瞬間、ライトが<鑑定>を中断した。
「どうされましたか?」
「このワイン、毒入りだ」
「なんですって? 誰からの品でしょうか?」
「・・・あり得ない」
ライトが誰からのプレゼントか答えずに否定の言葉だけ口にするから、アンジェラは再度訊ねた。
「どなただったんですか?」
「叔父様と叔母様からだ」
「旦那様、呪信旅団が不敬にもローランド様とヘレン様のお祝いの品に細工をしたのではないでしょうか? そうなると、暗殺目的だと思います」
「その可能性が高い。このワイン、僕達の結婚式でも出したやつで、イルミ姉ちゃんがこれなら飲めるって言ってたから贈られたんだろうけど、そこを利用されたっぽいな」
「アザゼルノブルスが結婚式の賑わいで人が増えたところを利用し、細工をしたといったところですか」
「それか、配達途中にすり替えられたとも考えられる。とりあえずこれは回収しよう」
ライトは<
結局、危険物はワインだけだった。
アンジェラに確認が終わったことをイルミに報告させに行くと、ライトは腕を組んで思考を巡らせた。
(ワインが呪信旅団の犯行なら、これだけで終わらせるとは思えない。となると、式中に奇襲でも仕掛ける気じゃないかな?)
ワインだけしか仕掛けないような連中ならば、呪信旅団なんてライトがとっくに倒している。
そうならないのは、ノーフェイスがやり手であり慎重であることが原因だ。
ノーフェイスだったら、式中にも奇襲を仕掛けるだろうと予想した。
そんなことを考えていると、アンジェラがアルバスを連れて帰って来た。
「アンジェラ、アルバスを連れて来たのか」
「イルミ様は着替えで手間取ってらっしゃいました。それに、隠し事が苦手ですから賊に動揺がバレる恐れがあります。その点、アルバス様なら幾分かマシです」
「アンジェラさん、言い方キツいですね」
「ジェシカ様と腹芸勝負をしたら、百戦百敗ではありませんか?」
「・・・そうですね」
ライトもアンジェラの言い分に異議はなかったので、特に否定することはなかった。
「アンジェラ、アルバスには説明したの?」
「まだです。廊下で大声を出されると面倒ですから、ここまで何も言わずにお連れしました」
「グッジョブ、アンジェラ。【
防音効果を期待して発動した訳ではなく、中に誰も入れないためにライトは【
「念入りだな。そんなヤバいのか?」
「叔父様と叔母様が贈ったワインに毒を仕込まれたことはヤバくないと思う?」
「そいつはヤバいぜ」
ライトが大掛かりな人払いをしたおかげで、アルバスが叫ばないように心を落ち着けられたのが幸いした。
アルバスは深刻な表情を浮かべるが、叫ぶようなことはしなかった。
「僕とアンジェラの見解では、これは呪信旅団のによるものだ」
「あいつらか・・・」
「毒入りワイン程度で妨害が終わるとは思えない。もしかしたら、式中に何か仕掛けてくる恐れがある」
「屋敷の敷地には、俺ん家の使用人と教会関係者と招待客しかいないし、領民に入ることは許可してない。ライトは敷地内と敷地外、どっちから仕掛けてくると思ってる?」
「敷地外かな。アルバスには悪いけど、トールの安全のためにこの屋敷に入れる人は全員こっそり<鑑定>を使わせてもらったよ。それでも、呪信旅団の団員だったり操られてるような表示が出た人はいなかった」
「そうか。じゃあ、領民に紛れて何かしでかしそうだな。人混みの中で遠距離から暗殺を仕掛けてきたら、犯人を特定するのが面倒そうだ」
面倒ばかりかけやがってとアルバスは呪信旅団に悪態をつく。
「今みたいに、屋敷の敷地を【
「俺もライト達の結婚式と一緒で、オープンな感じでやりたかったんだけどなぁ。でも、招待客に被害を出すわけにもいかねえ。ライト、頼んで良いか?」
「わかった。ついでに、僕からジェシカさんにも呪信旅団が襲撃する可能性があることを伝えとくよ」
「悪いがお願いする」
「任せといて」
アルバスと別れ、ライトはジェシカが泊っている客室へと向かった。
ノックをすると、ジェシカの声が中から聞こえた。
「ライトです。入っても良いでしょうか?」
「どうぞ」
許可が下りるとアンジェラがドアを開け、ライト達がジェシカのいる部屋の中に入った。
そこには、既にドレスアップしたジェシカがいた。
「ライト君、まだ着替えてなかったんですか?」
「着替える前に問題が発生しまして、それどころではありませんでした」
「問題ですか」
ライトの口から問題という言葉が出た瞬間、ジェシカの表情が真剣なものへと変わった。
今までの話をライトから聞くと、ジェシカは首を縦に振った。
「勿論私も協力します。この結婚式の失敗は、ドゥネイル公爵家にとっても恥ですからね。呪信旅団に対する方針は、
「被害を出さないことを優先します。無理に捕縛せず、必要があれば仕留めましょう」
ライトとジェシカの間で合意が取れると、ライトは式で着る服に着替えるために自分達の客室へと戻った。
着替え終わったヒルダに事情を説明した後、ライトも礼服に着替えて教会の担当者から会場に案内されるのを待った。
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