第330話 これって幼稚園児が大きくなったら先生と結婚するって言っちゃうやつ?

 金曜日、ライトはヒルダとトール、アンジェラ、ロゼッタ、カタリナと一緒にアザゼルノブルスに向けて出発した。


 トールを連れて行くのは、泊りになるのならダーインクラブに置いておけないと思ってのことだ。


 トールにとって、最も安全かつ安心できるのはライトとヒルダの傍である。


 だったら、アザゼルノブルスに連れていくのは当然と言えよう。


 1歳児とは思えないぐらい賢いので、屋敷でも手のかからない幼児として知られているトールなら、ライト達も心配せずに連れていける。


 普段抱っこされる時間が短いので、今のトールはライトに抱っこされている。


 カタリナが同行しているのは、出発地と目的地が同じだからだ。


 カタリナだけハブってダーイン公爵家一行だけで行ってしまうのは感じが悪いから、ライトがロゼッタ経由でカタリナを誘ったのだ。


 カタリナとしても、結界車に乗せてもらえるのは助かるからライトの申し出に感謝して受けた。


 さて、道中ではアンジェラが御者になり、車内ではライトとヒルダ、トール、ロゼッタ、カタリナが雑談していた。


「トール君かわいい」


「あい!」


「ライト君、トール君はどれぐらい喋れるの?」


「僕とヒルダ、ロゼッタは呼べるよ。トール、僕は?」


「パパ!」


 カタリナに説明するため、ライトはトールに声をかける。


 すると、トールはライトの期待に応えてみせた。


「私は?」


「ママ!」


「私は~?」


「ロゼ!」


「・・・なんでロゼッタだけロゼって名前で呼ばれてるの?」


「それは~、私が仕込んだからだよ~」


「よ~」


 ロゼッタの呼ばれ方にツッコんだカタリナは、これで良いのかという目をライトとヒルダに向けた。


 2人はどちらも首を縦に振った。


「しょうがないよ。僕が執務で忙しくて、ヒルダも面倒を見られない時はロゼッタが進んで面倒を見てくれたからね。トールも面倒を見てくれる人が好きなんだ」


「それはそうだよね。あれ、アンジェラさんは?」


「や!」


「トールはアンジェラを好きじゃないらしい」


「あい」


「邪なこと考えてるからよ、きっと」


「あい」


「・・・アンジェラさん、ライト君に対してもう少し自重すれば完ぺきなメイドなのに勿体ない」


 トールがアンジェラを好かない理由を理解すると、カタリナは苦笑した。


「トール君~、カタリナのこと呼べるかな~?」


「リナ?」


「はい! 今日から私はリナになります!」


 (カタリナ、トールのかわいさにやられてテンションがおかしくなってるじゃん)


 カタリナはリナと短縮して名前を呼ばれたが、完全に呼ばれなくても全然構わないらしい。


 むしろ、トールに呼ばれた名前に寄せていこうとすらしている。


 顔がデレデレになっているカタリナを見て、ヒルダはライトに提案した。


「ライト、トールをカタリナに抱っこさせてあげたら?」


「そうだね。カタリナ、抱っこしてみる?」


「良いの?」


「トールさえ良ければね、トール、良いかな?」


「あい」


「良いって。はい、カタリナ」


「あっ、うん」


 本人から抱っこの許可を貰ったカタリナは、トールをライトから受け取って抱っこした。


「これが子供の重さなんだねぇ」


 なんだかんだで初めてトールを抱っこさせてもらったカタリナは、トールの重さをしっかりと噛み締めていた。


「ケニーさんと結婚したら~、カタリナも子供ができるもんね~。大事な予行演習だよ~」


「ロ、ロゼッタ!?」


 ロゼッタに図星を突かれ、カタリナは顔を真っ赤にした。


「トールをこっちへ」


「う、うん。ごめんね」


 ビクッと反応してしまったことから、慌てて乱暴に扱ってはいけないとカタリナはライトにトールを返した。


「ロゼッタ、トールを抱っこしてるのにカタリナをからかっちゃ駄目よ」


「は~い。ごめんね~」


 ヒルダがロゼッタを注意すると、ロゼッタもやり過ぎたとカタリナに謝った。


「ううん。私がそういうのに耐性ないだけだもん。ロゼッタの言ってることは合ってたよ。結婚するなら子供ほしいなとか、生まれたらこうやって抱っこするんだなとか思ったのも事実だし」


「カタリナもちゃんと考えてるんだね~」


「そういうロゼッタは? 結婚したいとかないの?」


 反撃という訳ではないが、純粋に興味があったからカタリナはロゼッタに結婚願望がないか訊ねた。


「今は~、庭師の仕事が楽しいの~。でも~、トール君のお世話は好き~」


「ロゼ、すき!」


「私もだよ~。トール君が大きくなったら~、お嫁さんにしてもらおうかな~」


「「「えっ?」」」


「あい」


「ありがと~」


「「「えぇっ!?」」」


 目の前で繰り広げられたやり取りを見て、ライトとヒルダ、カタリナは驚かずにはいられなかった。


 (これって幼稚園児が大きくなったら先生と結婚するって言っちゃうやつ?)


「冗談よね、ロゼッタ?」


「お義母さ~ん、お世話になります~」


 ヒルダが顔を引きつらせたまま訊ねると、ロゼッタはニッコリと笑って頭を下げた。


 ライトとヒルダは隣同士に座っていたため、共に後ろを向いて緊急家族会議を始めた。


「ヒルダ、どうしよう? これ、もしかして本気じゃない?」


「ロゼッタは案外そうかもね。問題はトールだけど・・・」


「小さい男の子ってお世話してくれる女性を好きになることがあるからなぁ」


「まさか、ライトもアンジェラのこと好きだったの?」


「それはない。今言ったのは一般論だよ」


「良かった。本当に良かった」


 (大事なことだから2回言ったね。そりゃ、アンジェラに恋愛で負けたらショック大きいか)


 自分の答えにヒルダが安堵した理由がわかり、ライトは苦笑した。


 アンジェラは有能であり、そのスペックは十分に信頼できる。


 だが変態だ。


 ライト専用の変態だ。


 このマイナスポイントが大き過ぎるから、ライトがアンジェラを恋愛的な意味で好きになることはなかった。


 もしもライトが転生者ではなく、アンジェラが逆光源氏計画を遂行させていたら未来は変わっていたかもしれない。


 もっとも、そんな可能性たらればを今あれこれ言っても仕方ないのだが。


 (いや、待てよ。ロゼッタがトールの面倒を見てくれるのって逆光源氏計画なのか?)


 ライトの考え過ぎである。


 ロゼッタはそんなことを考えず、純粋にトールの面倒を見るのが好きでやっているだけだ。


「とりあえず、トールがちゃんと喋れるようになったらこの続きを話そう」


「そうだね」


 今この時点でどうこう言おうが、トールの真意なんてわからないということから、結論を出すのは先だということで緊急家族会議は終わった。


 ライトは話題を変えた。


「ところで、カタリナはアルバスとイルミ姉ちゃんの結婚祝いに何を用意したの?」


「私? 瘴気避けの香水だよ」


「何それ気になる」


 話題を変えようと振った話が、思いの外気になる内容だったのでライトは詳しく教えてほしいと催促した。


「ケニーさんと協力して作ったんだけど、振りかけると効果が続く限り瘴気が付着しなくなるの」


「見せてもらっても良い?」


「良いよ。はい、これ」


 カタリナがほんのり白いが透明に近い液体の入った瓶をバッグから取り出し、ライトに手渡した。


 ライトは受け取ってすぐに<鑑定>を発動した。


 (これが瘴気避けの香水、クリアスキンか)


 クリアスキンと名付けられた香水に<鑑定>を使い、ライトはその効果を確認した。


 使ってから2時間、振りかけた場所に瘴気が付着せず、それどころかそこから半径5m以内にある瘴気が弾き飛ばされることがわかった。


 (即時拠点インスタントポータルよりも効果範囲はかなり狭いけど、持続時間は4倍だ。ケニーさんもカタリナもすごいな)


 クリアスキンの効果を知り、ライトはケニーとカタリナに感心した。


 <法術>やルクスリアの知識がなくとも、クリアスキンを作り上げたことはライトにとって好ましいからだ。


 自分に頼り切った状態は健全ではないということは、ケニーも共感してくれていた。


 その状況を改善できる香水ができたのだから、ライトが喜ばないはずがなかった。


「すごいね。使ってから2時間、振りかけた場所に瘴気が付着せず、それどころかそこから半径5m以内にある瘴気が弾き飛ばされるって<鑑定>でわかったよ」


「本当? 良かったぁ・・・。私もケニーさんも、目で見た感じで大体の効果しかわからなかったから、ライト君に効果を教えてもらえて助かったよ」


「役に立って良かったよ。帰ったら、ケニーさんにも効果をちゃんと教えてあげてね」


「任せて」


 カタリナが頷いた時、御者台からアンジェラが車内に声をかけた。


「歓談中のところ失礼します。旦那様、奥様、皆様、アザゼルノブルスが見えて参りました」


「ありがとう、アンジェラ。到着までもう少しだけ頼むよ」


「お任せ下さい」


 この後、アルバス達の屋敷に着くまで何事も問題は起きなかった。


 強いて言うならば、長旅で座りっぱなしだったことで立ち上がった時に体がこわばっていたことくらいだろうが、それぐらいは仕方がないと言えよう。

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