第320話 貴族は何もしてくれないじゃない!

 堕神官フォールンはライト達がタキシムスカルアーマーを倒した時、既に目を覚ましていた。


 ただし、どうして自分が首だけ地面から出した状態なのか全くわからなかった。


 そこにライト達がやって来た。


「起きたようだね、堕神官フォールン


小聖者マーリン・・・。剣姫ヴァルキリー偏執狂モノマニアまで・・・。くっ、殺せ」


 (なんで僕が悪役ポジでその言葉を聞かなきゃならないんだ)


 そう思ったライトだが、きっと偶然だろうと判断してそれはスルーした。


堕神官フォールン、いや、クラリッサ=アルツァイ。貴女には聞きたいことがある」


「・・・どうしてその名を。あぁ、<鑑定>か」


「その通りです。忌み名でもないのだから、名前がわかった以上二つ名で呼ぶのもどうかと思うので」


 ライトは<鑑定>を使い、堕神官フォールンの名前を明らかにした。


 ノーフェイスのような小細工はしていないだろうし、仮にしていても<生命樹セフィロト>持ちのライトならば効果はない。


 だから、ライトは<鑑定>で堕神官フォールンの名前を調べた。


 また、クラリッサとわざわざ言い出したのには理由がある。


 二つ名は確かにその者を示すが、不本意な二つ名を付けられた者がいない訳とは言い切れない。


 呪信旅団の幹部を尋問可能な状況で捕まえられる機会なんて、滅多にあるものではない。


 できる限り口を滑らせてもらえるように、わざわざ名前で呼び直したのだ。


 もしも自分がクラリッサの立場なら、堕神官フォールンなんて二つ名は呼ばれるだけで蔑視されているように感じるから、そう感じさせないための配慮をした訳だ。


「私は貴族なんかと話はしない。今すぐ殺せ。さあ殺せ。殺さないなら舌を嚙み切るわ」


「噛んですぐなら僕が治せます。自殺しようとしても無駄です」


「・・・ふざけたスキルね」


 <法術>持ちが歴史上2人しかおらず、ルクスリアもライトもできること全てを公にしていないことから、<法術>には未知の部分がある。


 それゆえ、自殺しようとしてもすぐに治療されれば意味がないから、クラリッサは自殺を諦めて眉間に皺を寄せた。


 一方、ライトはクラリッサが貴族嫌いである様子から、そこをきっかけに話を聞くことにした。


「貴族が嫌いなようだね。なんでかな?」


「・・・貴族は・・・じゃない」


「なんだって?」


 ボソッとクラリッサが何かを言ったため、ライトは聞き取れなかったふりをした。


 上手く刺激できたと確信したから、感情を爆発させて口を軽くさせる算段なのだ。


 ライトが訊き返すと、クラリッサは大きな声でもう1回言った。


「貴族は何もしてくれないじゃない!」


 (よしっ、かかった)


 決して笑みを表情に出すことなく、ライトは釣れたと内心ガッツポーズをした。


「クラリッサが昔住んでいた領地では、貴族が善政を敷いていなかったんだ?」


「善政? フン、あのデブが肥え太るため、民がどれだけ搾取されたことか!」


「デブって誰?」


「ラーク=ゴーントよ! あいつの腐った政策のせいで、私は孤児院の子供達の将来を守ってあげられなかったのよ!」


 (ここに来てあのデブ再登場かよ・・・)


 クラリッサの叫びを聞き、ライトは彼女が旧ゴーントノブルスで孤児院のシスターをしていたのだと悟った。


 そして、つくづくラーク=ゴーントは迷惑な奴だとも思った。


「ラークは処刑されたよ。呪信旅団君達に加担した罪で」


「知ってるわ。でも、ラークみたいな腐れ貴族はまだまだいるじゃない。ちょっとつつけば裏がある貴族の方が多いのは事実よ。そして、弱者がいかに救いを求めても手を差し伸べるどころか搾取する始末。神なんていないの」


 (いや、ヘル様はいるから)


 自分を転生させたのはヘルであり、彼女は自分のために時間を作って世界樹ユグドラシルの苗や新たな力を与えてくれた。


 だから、クラリッサの言い分は間違っている。


 そう思っていても、ライトはそれを口にはしなかった。


 人間の心は弱い。


 助けてほしい時に救いの手を差し伸べてくれなかった神は、その時からその者にとっての神ではなくなる。


「確かに、まだまだこの国の貴族には叩けば埃が出る者もいるね」


「そうよ。だから私はこの腐った国を壊すの。ノーフェイス様だけよ。あの子達を失って絶望した私に手を差し伸べてくれたあの方に、私はついていくと決めたわ。呪武器カースウエポンだって、デメリットさえうまく付き合えればヘル様よりもよっぽど頼りになる」


 (ヘル様、言われてますよ)


 自分が管理する世界の住人に、呪武器カースウエポンの方が役立つと言われたヘルにライトは内心苦笑いだった。


「でもさ、今の呪信旅団のやり方じゃ罪のない人も死んでるけどそれは良いの?」


「それは・・・」


 クラリッサが罪悪感から言い淀んだのを見て、攻めるべきはここだとライトは判断した。


「現にパイモンノブルスの領民を君達は皆殺しにしたよね」


「私は私の名に誓って一般人を殺してない! 衛兵だけよ!」


「衛兵だって領民だよ。違う?」


「・・・わかってるわよ! だから、私がノーフェイス様の妻になってあの方の方針を変えるの!」


 (初めて聞くね、その話は。というか、やっぱりノーフェイスは男だったんだ)


 1回しか見たことがなかったから確信はなかったが、体つきからしてノーフェイスは男だろうと思っていた。


 そのライトの予想が当たったので、頭の中で不鮮明だったノーフェイスが少しだけイメージしやすくなった。


 このままもっと情報を引き出せるところまで引き出そうと思い、ライトは更に話を進める。


「ノーフェイスに嫁ぐだけで考えが変わるとでも?」


「変えてみせるわ! マチルダの子を跡継ぎにさせたりなんてしないわ!」


「「「えっ?」」」


 予想外の情報が飛び出してきたせいで、ライトだけでなくヒルダとアンジェラも声を漏らしてしまった。


「マチルダって言った?」


「そうよ! あのぽっと出の淫売がノーフェイス様の子を身籠ったのよ! 私達が出発する時には10ヶ月目に入ってたから、きっと生まれてるわ! あぁ、もうムカつく!」


 (クロエの推測、当たってるどころかそれよりも酷いことになってるじゃん・・・)


 まさか自分憎しでノーフェイスの子供を身籠るとまでは思っていなかったので、この情報にはライトも驚きを隠せなかった。


 しかし、その一方でノーフェイスがマチルダを妻に迎えた理由に予想がついたからすぐに納得できた。


「なるほど。ノーフェイスはパイモンノブルスを奪ったのは革命だと言うつもりなのか。マチルダとの間に子供ができれば、あそこにいる大義名分を無理やりにでも主張できるって考えたようだね」


「そんなもの、あの淫売に意思がない時点で無効よ、無効!」


「意思がない?」


「そうよ! クイーンズハンドで調教したマチルダをいきなり娶るなんて宣言したのよ!? それじゃ私の希望は叶わない!」


 (クイーンズハンドって確か、クシャナの呪武器カースウエポンだっけ? というか、意思がない女性を無理やり犯して子供を産ませるなんて、鬼畜にも程があるだろ)


 ノーフェイスのやり方に憤慨するライトだが、ヒルダもアンジェラも同じ気持ちだった。


「無理矢理だなんて許せない」


「旦那様以外に無理矢理だなんて、実際に起きたら死にたくなりますね」


 訂正しよう。


 アンジェラだけ若干考えていることが違った。


 やはりアンジェラは業が深い。


 そんな中、ライトはあることに気づいた。


 (あれ、クラリッサはノーフェイスの妻になって呪信旅団の方針を変えようとしたよな? つまり、ノーフェイスの妻にならずとも、腐った貴族に一矢報いれるならクラリッサの願いは叶うんじゃないか?)


 そこまで考えると、ライトは駄目元で1つ提案してみることにした。


「クラリッサ、僕と取引しないか?」


「取引?」


 何を言い出すのかと思えば、取引だと言うのでクラリッサは怪訝そうな顔をした。


 クラリッサは怪しんでいるが、ヒルダもアンジェラもライトを信じているから何も言わなかった。


 ライトは話を続ける。


「取引だ。クラリッサの望みはラークのような腐った貴族を粛正すること。違うか?」


「・・・違わないわ」


「だけど、今の呪信旅団のやり方じゃ罪のない一般人も巻き込む。そうだよな?」


「そうね」


「そこで僕から提案する。クラリッサ、僕達側に寝返れ。そうすれば、膿を取り除く手伝いをしよう」


 ライトが真剣な眼差しで言うと、クラリッサは黙り込んで考えた。


 いつでも自分を殺せるというのに、自分の話を最後まで聞いてくれたということはこのやり取りが意味のあることであることは間違いない。


 冷静になったクラリッサは、この場で自分が死んでも自分のような喪失を経験する者を減らせないことに気づいた。


 だが、そこでクラリッサは寝返ったとしてもどうやって信用を得られるのだろうかと思い直した。


 自分が寝返ったとしても、寝返って味方になったことを信じてもらえる自信がなかったからだ。


「私が寝返ったとして、私がそちらの誰かに敵視されるのなら意味がないわ」


「その心配はいらない。【契約コントラクト】を使う」


「【契約コントラクト】?」


「僕に対してクラリッサが裏切らないことを誓う。裏切った場合は光の杭が心臓に刺さって死ぬ。逆に言えば、裏切らない限り僕がクラリッサの身分を保証することになる」


「・・・わかったわ。それなら他の誰でもない小聖者マーリンの味方になる」


 ライトの名で保障される身分ならば、自分が害されることはない。


 そう判断したクラリッサは、呪信旅団を裏切る覚悟を決めた。


「クラリッサ=アルツァイ、僕の味方である限り僕は貴女の身分を保証しよう。この条件を受け入れるか?」


「受け入れるわ」


「【契約コントラクト】」


 その瞬間、クラリッサの体が光った。


 体は地面に埋まっているが、確かにクラリッサの心臓に光の杭がセットされた。


 <法術>の新技により、クラリッサは呪信旅団初の光落ちをした。


 そして、クラリッサは地面から掘り出され、ライト達にダーインクラブへと連れ帰られるのだった。

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