第312話 やりました! 至高のチョキです!

 水曜日、クローバーとイルミ、アーマがダーインクラブにやって来た。


「ライト、お姉ちゃんが帰って来たよ!」


「クローバーの護衛としてね。皆さん、久し振りですね。アーマさんもお久しぶりです」


「「「「こんにちは、プロデューサー!」」」」


「お久しぶりです」


 応接室に入って早々、イルミのテンションが高くなったのでライトは落ち着けとジェスチャーをしつつ、クローバー全員とアーマにも声をかけた。


 ライトの後ろからトールを抱っこしたヒルダが続き、トールを目にした瞬間にクローバーの4人のテンションが急上昇した。


「トール君可愛いです!」


「マジ天使!」


「可愛いです」


「抱っこさせて下さい!」


 トール、モテモテである。


「優しく抱っこしてね」


「あい!」


「「「「はわわっ、トール君マジ天使!」」」」


 ヒルダの後に続いてトールが声を出すと、4人揃って目をハートにした。


「トール大人気だね」


「そういうイルミ姉ちゃんだって、初めてトールを見た時はずっと抱っこしたいってソワソワしてたじゃん」


「お、お姉ちゃんは良いの!」


「はいはい。それで、アーマさんも良かったら抱っこしますか?」


「い、良いんですか?」


 普段は1歩下がった対応のアーマだが、トールの可愛さにやられて彼女も実はソワソワしていた。


 勿論、イルミのようにわかりやすくソワソワしていたのではなく、体が僅かにピクッと動いていただけだ。


 それを見逃さないあたり、ライトの観察眼は大したものだと言えよう。


「では、私も抱っこさせていただきます」


「どうぞ」


 アーマも少し遅れて、クローバーの4人に混ざって順番に抱っこした。


 トールの抱っこが一巡して応接室内の空気が落ち着いたので、ライトはメアに声をかけた。


「メアさん、どれぐらい滞在できそうですか?」


「どうなんでしょう? 教皇様からは、呪信旅団が大陸東部以外でも目撃されてる間はダーインクラブにいるようにと言われてますが・・・」


 月食では、クローバーの<聖歌>が活躍することが多い。


 幽体系アンデッドと戦う手段を持たない守護者ガーディアンにとって、クローバーの<聖歌>はそれらに攻撃を届かせるために必要な手段だ。


 だから、11月は本来ならば引っ張りだこになるはずだった。


 しかし、呪信旅団の幹部とその配下が大陸東部から抜け出て、大陸北部や大陸西部で目撃されたことにより、パーシーの判断でクローバーはダーインクラブで待機となった。


 万が一、呪信旅団と守護者ガーディアンの戦い、あるいは呪信旅団とアンデッドの戦いにクローバーが巻き込まれれば、それはヘルハイル教皇国にとっての損失だ。


 それゆえ、近頃ではセイントジョーカーよりも安全だと内外から定評があるダーインクラブにクローバーがしばらく滞在することになった。


 クローバーの安全の確保という体ではあるが、実際のところはクローバーの休暇である。


「そうですか。では、久し振りの休暇だと思いますから、ゆっくり休んで下さい」


「プロデューサー、お願いがあります!」


 ゆっくり休んでと言った瞬間に、セシリーが元気に手を挙げるものだからライトは目を丸くした。


 それでも、すぐに気持ちを切り替えてセシリーに言葉を返した。


「どういったお願いでしょうか?」


「プロデューサーが作ったお菓子が食べたい!」


「あっ、お姉ちゃんも!」


「私も食べたいです」


「私もです!」


「私もお願いします!」


 セシリーが先陣を切ると、イルミが食いつかないはずがなく、イルミが続いたことでハードルがガクンと下がったと判断してメアとネム、ニコがそれに続いた。


「私達、今年は特に頑張ったもん! ご褒美として、プロデューサーの美味しいお菓子が食べても良いと思う!」


「そうだそうだ!」


「イルミ姉ちゃんは違うでしょうが」


「アルバス君との婚約祝い!」


「それはもうやった」


「お、お祝い事は何回やっても良いと思う!」


 クローバーはともかく、イルミにはちょっと待てと言いたいライトだったが、この様子だと押し切られるのも時間の問題だろう。


 すると、ヒルダがトールにイルミの姿を見させた。


「トール、大きくなってもイルミみたいな食いしん坊になっちゃ駄目よ」


「あい」


「あれ? お姉ちゃんトールに駄目だと思われてる?」


「駄目じゃないと思った?」


「トール、お姉ちゃんは頑張ったからご褒美を貰ってるだけだよ~」


「イルミはお姉ちゃんじゃなくて伯母さんでしょうが」


「トールに伯母さんって呼ばれたら泣く」


 その言葉には、クローバーの4人とアーマも唸った。


 トールにおばさん呼ばわりされたら、きっと立ち直れないと思ったのだろう。


 応接室内の空気がどんよりしてしまったので、ライトはやれやれと溜息をついた。


「じゃあ、今用意しますから、みんなで食べましょう。アンジェラ、お茶の用意を頼む」


「かしこまりました」


 部屋の隅にいたアンジェラは、ライトに言われて厨房に紅茶を取りに行った。


 その間に、ライトは<道具箱アイテムボックス>からストックしていた手作りお菓子を取り出した。


「こ、これはまさか!?」


「知ってたのイルミ姉ちゃん?」


「いや、わかんない。なんとなくノリで言ってみたの」


 その言葉を聞くと、周囲がずっこけた。


 お約束が世界を越えても見られたため、ライトはなんだか不思議な感じがした。


 それはさておき、ライトはテーブルの上に置いたお菓子の説明を始めた。


「これはタルトタタンだよ」


「イルミにもわかるように言うと、型の中にバターと砂糖で炒めたリンゴを敷きつめ、その上からタルト生地をかぶせて焼いたものだよ」


「ヒルダは食べたことがあるの?」


「当然。ほっぺたが落ちるかと思ったわ」


 そう言ったヒルダの顔が、蕩けた表情だったせいで食べたことのないクローバーとイルミ、アーマはゴクリと唾を飲み込んだ。


 そこにアンジェラが戻って来たので、紅茶を人数分用意させると、ライトはタルトタタンを10等分に切り分けた。


「アンジェラも食べるでしょ?」


「よろしいのですか?」


「応接室にいるのに食べずにいるなんて耐えられないんじゃない?」


「・・・ありがとうございます」


 メイドである以上、この場でタルトタタンを食べられるとは思っていなかったアンジェラだが、ライトの厚意をありがたく受け入れた。


 アンジェラだって女性であり、甘い物は大好きである。


 変態過ぎて自分をドン引きさせることがあったとしても、タルトタタンの匂いが充満した応接室で1人だけ見ているだけになんて真似はライトにはできなかった。


 もっとも、客人が気心の知れた者達だったからこそ、アンジェラも一緒に食べられるのだが。


 全員にタルトタタンと紅茶が行き渡ると、実食の時間である。


「「「・・・「「いただきます」」・・・」」」


 一口分フォークに刺して、各々がタルトタタンを口に運んだ。


 食べた瞬間、初めて食べる者達の顔が他人様に見せられないぐらい緩んだ。


「えへへ~。お姉ちゃんこれを食べるために生まれたんだ~」


 (そんな大げさな)


 そう思っていたライトだが、クローバー4人もうんうんと首を縦に振っていた。


「聖水作り頑張って良かったです~」


「ヘル様ライト様タルトタタン様~」


「ここが天国なんですね~」


「もう死んでも良いかも~」


「美味しいです」


 (セシリー、ヘル様と僕とタルトタタンは同格じゃないからね?)


 神であるヘルと人間の自分、お菓子のタルトタタンが同格であって良いはずがない。


 ツッコみたい気持ちになったが、幸せそうな6人の顔を見てそれは無粋だとグッと堪えた。


 最初の一口の余韻が続く内に、6人はパクパクとタルトタタンを食べてしまった。


 その結果、あっという間に全員の皿からタルトタタンがなくなってしまった。


 そして、テーブルの上には最後の1切れが残っており、急に雰囲気がピリッとしたものに変わった。


 沈黙を破ったのはイルミである。


「ライト、お替りはあれだけ?」


「あれだけだよ。そんな同じ種類のお菓子を何個もストックしてないってば。僕はいらないよ。食べたかったらまた今度作るし」


「私も良いわ。ライトに今度作ってもらうから」


「私も1切れいただいただけで満足です」


 ライトとヒルダ、アンジェラがお替りを辞退すると、イルミは真剣な顔になった。


「ここはじゃんけんで決めよう」


「「「「賛成!」」」」


「わかりました」


 いつものアーマならば辞退していたが、タルトタタンの美味しさにやられたのか今日は辞退しないらしい。


 真剣勝負が始まる空気の中、イルミが口を開く。


「最初はグー、じゃんけん、ポン!」


 6人の手が出揃い、一瞬だけ静寂がその場を支配した。


 驚くべきことにじゃんけんの勝敗は1回で決まった。


「やりました! 至高のチョキです!」


 メアがチョキ、それ以外が全員パーだったのだ。


 おそらく、メア以外は他の者が力み過ぎてグーを出すという考えからパーを出したのだろう。


 それを読んでチョキを出したメアは策士である。


 日頃クローバーのリーダーとして苦労していたメアが、最も報われたと感じた瞬間だったのは言うまでもない。

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