第310話 油断せずに行こう

 11月2週目の月曜日、ドヴァリン公爵の屋敷ではローランドとヘレン、ギルバート、ミリムは執務室に集まっていた。


「拙いことになったな」


「何故こっちに来たんだ? 東にいたはずじゃ」


「ギル、そんな言い方をしちゃ駄目よ」


「お義母様、ギルも悪気があって言った訳じゃないんですから」


「ミリム、わかってるわ。でも、こういう発言は聞き手の都合の良いように解釈されやすいの。日頃から注意するに越したことはないわ」


 4人が話しているのは、大陸北部に呪信旅団が再び現れたことについてだ。


 シャーマン=グロアの戦い以降、大陸北部では呪信旅団の姿は見かけなかったのだが、11月に入ってから再び目撃されるようになったのだ。


 今年の1月に大陸東部で起きた極東戦争により、呪信旅団は元々いた領民を皆殺しにしてパイモンノブルスを占領している。


 そのはずなのに、今月に入ってから呪信旅団が現れたとあっては、大陸北部の顔役であるドヴァリン公爵家にとって頭が痛くなるのは間違いない。


 領主のギルバートとしては、パイモンノブルスにいた呪信旅団がわざわざ大陸北部に来る理由が気になるところだが、その発言は大陸東部に留まっていろと言ったように捉えられてしまう恐れがあった。


 そんな風に解釈すれば、大陸東部の貴族はこぞってギルバートを非難するだろう。


 折角、大陸北部の貴族達の勢力争いが収まり、徐々に領地同士の協力関係も結ばれつつあるのだから、ここで火種を持ち込みたくはないというのがヘレンの正直な気持ちだ。


 ヘレンの言い分もわかるが、ギルバートに大陸東部が不幸なままいれば良いと思う気持ちはないとわかっているから、ミリムはギルバートの味方をした。


「ヘレン、ミリム、そのくらいにしとけ。つーか、揚げ足を取られることを気にするよりも、呪信旅団の駆除について先に考えねえと駄目だろ」


「そうだったわね。ごめんなさい」


「お義父様、失礼しました」


 ローランドの言うことが正しいと思い、ヘレンもミリムも謝った。


「ギルも公爵の発言力は馬鹿にならないんだ。どうとでも取られてしまうような発言はするな」


「わかった」


「んじゃ、話を元に戻すぜ。ギル、進行頼む」


「はい。呪信旅団だが、昨日領外に出た守護者ガーディアンのパーティーに目撃された。アンデッドを率いていたことから、死使ネクロム配下の者だと思われる」


 極東戦争により、呪信旅団の団員として目撃された二つ名持ちの名前はヘルハイル教皇国中に知れ渡っている。


 呪信旅団の中でも、死霊魔術師ネクロマンサーを職業とする者達は死使ネクロムの配下であり、昨日目撃されたのはその内の1人だった。


「この時期に死霊魔術師ネクロマンサーが敵として現れるなんて、面倒なことになりそうね」


「月食か。死霊魔術師ネクロマンサーは味方なら頼りになるが、敵に回すと厄介だよな」


 死霊魔術師ネクロマンサーの有用性が大々的に広められたのは、長い偏見の歴史に比べればつい最近のことだ。


 その間、不遇な扱いを受けていた死霊魔術師ネクロマンサーの中には、呪信旅団に身を寄せていた者も少なくないようで、死使ネクロムの配下はそういった経緯で死霊魔術師ネクロマンサーで固められている。


 月食が起きる11月は、1年で最もアンデッドが活発になる時期だ。


 しかも、瘴気が濃い場所ではネームドアンデッドが新たに出現することもある。


 そのネームドアンデッドを狙って呪信旅団がパイモンノブルスから出るのだとしても、兵力さを考えれば大陸東部から出るとは考えにくい。


 ところが、現に呪信旅団が大陸北部に姿を現しているのだから、その考えは捨てて大陸北部に呪信旅団の目的となりうる何かがあると考えるべきだろう。


「ミリム、現在ドヴァリンダイヤ周辺で目撃されたネームドアンデッドのリストはある?」


「ここにあるよ。はい、ギル」


「ありがとう」


 呪信旅団ならば、最優先で狙うのは呪武器カースウエポンである。


 そう考えたギルバートは、呪武器カースウエポンをドロップするネームドアンデッドのリストをミリムに見せてほしいと頼んだ。


 リストを受け取ったギルバートは唸った。


「うぅむ・・・」


「どうしたの?」


「あいつらは何を軸としてネームドアンデッドを狩る順番を決めてるのかなって」


「確かに気になるね」


 ギルバートとミリムが考えていると、ヘレンがアドバイスした。


「呪信旅団は母数が少ない分、優先的に即戦力となる武器を手に入れようとするんじゃないかしら」


「ということは、強い順にネームドアンデッドを狩ると?」


「私がノーフェイスの立場ならそうするわ」


 この場で最も賢いヘレンが言うならば、少なくとも自分が考えるよりは正しいだろうと思い、ギルバートは頷いた。


「わかった。では、こちらも強い順にネームドアンデッドを狩りに行く。比較的弱いネームドアンデッドについては、教会所属の守護者ガーディアンに任せる」


「それで良いと思うわ。ギル、私達はどのネームドアンデッドを倒しに行くの?」


「タキシムナイトのアヴェンジャー」


「タキシムナイトか・・・」


「タキシムナイトねぇ・・・」


 ネームドアンデッドの名前よりも、その種族名にローランドとヘレンは反応した。


 タキシムはかつて、ギルバートが体を張ってパーティーメンバーを守るしかできなかったアンデッドだからだ。


 今のギルバートならば、タキシムやそれよりも1ランク上のアンデッドと戦っても治療院送りにはなるまい。


 それでも、今回戦うのがタキシムの上位種のタキシムナイトならば、思うところがあるのではないかとローランドもヘレンも心配した訳だ。


「父上、母上、以前は心配をかけたが今なら十分に戦える」


「そうか。まあ、俺も同行するんだ。ばっちり倒してやるよ」


「私もガンガンHPを削ってあげる」


「今回は私もギルに守られてばかりじゃないよ」


 4人は頷き合い、戦闘の準備をしてから蜥蜴車リザードカーに乗り込んでアヴェンジャーを倒しに出かけた。


 結界車のおかげで、戦うべきアンデッド以外との戦闘は避けられる。


 しかし、それはアンデッドが結界車を嫌うからであって、人は別である。


 つまり、善人だろうが悪人だろうが結界車の影響は受けない訳で、呪信旅団と鉢合わせた場合に結界車は特に意味がない。


 ただし、出くわした呪信旅団が死霊魔術師ネクロマンサーだった場合は意味がある。


 使役するアンデッドが結界車に近づきたがらないから、結界者の近くにいる限り接近戦になることはない。


 ドヴァリンダイヤを出発し、アヴェンジャーが最後に目撃された場所に向かっていると、ドヴァリン公爵家一行は幸か不幸か呪信旅団と遭遇した。


 御者はすぐに車内にそのことを知らせた。


「呪信旅団です!」


「ここで倒す」


「それが良いわね」


「車を停めよ」


「かしこまりました」


 ギルバートの指示に従い、御者は蜥蜴車リザードカーを停めた。


「敵は1人か」


「【召喚サモン:スカルキャリッジ】【召喚サモン:ゴーストライダー】」


 ローランドが言った瞬間に、敵の呪信旅団の死霊魔術師ネクロマンサーが臨戦態勢に移った。


「1人で中堅パーティー並みの戦力ね」


「油断せずに行こう」


 スカルキャリッジに乗って機動力を確保し、ゴーストライダーに護衛させることで戦う準備が整った死霊魔術師ネクロマンサーを見てヘレンは冷静に戦力を分析する。


 ギルバートがそう言うと、ローランドとヘレン、ミリムが頷いて行動に移った。


「行くぜ! 【重斬撃ヘヴィスラッシュ】」


「スカルキャリッジ、バックだ!」


 スカルキャリッジに乗る死霊魔術師ネクロマンサーに対し、ローランドが斬撃を放つ。


 まだ距離があったため、死霊魔術師ネクロマンサーはスカルキャリッジに指示を出して斬撃を避ける。


 だが、その動きは避けるというよりかは逃げるというものだったので、ヘレンが追撃を行う。


「逃がさないわ。【雨矢レインアロー】」


「ゴーストライダー、守れ!」


 雨のように降り注ぐ矢に対し、死霊魔術師ネクロマンサーはゴーストライダーに指示を出してその攻撃を防がせる。


 ヘレンの攻撃は死霊魔術師ネクロマンサー達を仕留められなかったが、それでも時間稼ぎにはなった。


「【範囲蔓拘束エリアヴァインバインド】」


 ミリムが技名を唱えると、死霊魔術師ネクロマンサー達が移動する辺り一帯の地面から蔓が出現し、スカルキャリッジを拘束する。


 これで逃げることはできない。


 そうしている間に、ギルバートが死霊魔術師ネクロマンサー達に接近していた。


「【硬化突撃ハードブリッツ】」


「ぐえっ!?」


 ギルバートが全力でスカルキャリッジに突撃すると、スカルキャリッジが激しく揺れて死霊魔術師ネクロマンサーがバランスを崩して地面に落ちた。


 その隙を逃すことはなく、ギルバートは地面に落ちた死霊魔術師ネクロマンサーの首を刎ねる。


 後は主を失って動かなくなったアンデッド達を倒す簡単なお仕事である。


 5分もかからない内に、敵を全滅させることができた。


「逃げようとしたってことは、斥候だったかもしれないわね」


「予定変更だ。アヴェンジャーか呪信旅団、先に見つけた方から倒そう」


 呪信旅団とこんなに簡単に遭遇するとは思っていなかったため、ドヴァリン公爵家一行は遭遇した順番に倒すよう方針を変えて先を急いだ。

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