第300話 カタリナ、大したもんだよ君は

 10月3週目の木曜日、カタリナがライトを訪ねて来た。


「ライト君、これが最後の納品だよ」


「確かに受け取った」


 カタリナは先週の月曜日に話を聞いてから、1週間でLv60に到達した。


 それに加え、今日までの間にコツコツと屑鉄や廃棄された鉄製品を集めてライトに納品したことで、10kgの鉄がライトの手元に集まった。


 【融合フュージョン】を使わずとも、強いアンデッドを使役できるようになるというのはそれだけカタリナにとって魅力的だったらしい。


 カタリナから受け取った鉄製品を回収すると、その代わりにライトは<道具箱アイテムボックス>から聖銀ミスリル製の杖を取り出した。


「ライト君、この杖って」


「そう、聖銀ミスリル製だよ。カタリナが僕の予想を上回るスピードでノルマをクリアしたから、インゴットで渡すんじゃなくて杖にして渡すことにしたんだ。あぁ、これの加工費は気にしなくて良いからね」


「・・・この恩は一生かけて返すね!」


「ありがとう。期待してるよ、カタリナ」


 余程嬉しかったらしく、カタリナは目を潤ませていた。


 聖銀ミスリルを扱える鍛冶屋なんて、どこも似たり寄ったりの加工費を取られる。


 聖鉄よりもずっと希少価値の高い聖銀ミスリルの加工ともなれば、それにかかる費用は一般階級のカタリナにとって馬鹿にならない金額だ。


 それをポンとライトが肩代わりしてくれたのだから、カタリナが一生かけて恩を返すと言ったのはせめてもの気持ちである。


 しかも、その杖はカタリナが今使っている杖を聖銀ミスリル製にしただけで、それ以外の外見は全く同じなのだ。


 そこまで自分のことを考えてくれたライトに対し、カタリナは感謝してもしきれなかった。


 ライトにとってこれは投資であり、カタリナが強くなってダーインクラブのために今まで以上に活躍してくれれば全然問題ない。


 とりあえず、カタリナは強いアンデッドを使役する条件を最低限度達したことになる。


「さて、ここからはどのアンデッドを狙うか話し合おうか」


「わ、わかった」


「カタリナが今まで使役できたのは各系統のどこまで?」


 ライトはそう言いながら、アンデッドの名前が書かれたリストをカタリナに見せた。


 系統というのは、大きく分けて4つある。


 ゾンビ系アンデッド、骸骨系アンデッド、幽体系アンデッド、その他アンデッドの4つだ。


 ゾンビ系アンデッドとは、例外を除いて動物の外見ならば頭にロッテンと付き、人型ならばゾンビが頭に付くかそのものになる。


 骸骨系アンデッドとは、例外を除いて動物の外見ならば頭にスカルが付き、人型ならばスケルトンが頭に付くかそのものである。


 幽体系アンデッドには、ゾンビ系アンデッドや骸骨系アンデッドと違って明確な命名規則はない。


 その他アンデッドとは、ヴェータラやフレッシュスライムのような体が腐ってもいなければ骨だけでもなく、霊体でもない分類不可能な者達をひとまとめにしたものだ。


 ライトが知りうる限りのアンデッドの名前を強い順に上から下に書き連ね、何がどの上位種になるかという関係も記されたリストをカタリナに見せている。


 カタリナはリストをじっくりと読み込んでから、ゆっくりと顔を上げた。


「このリストで言うと、ゾンビ系アンデッドはここまで。骸骨系アンデッドがここまで。幽体系アンデッドがここまでかな。その他アンデッドは今までの私じゃ使役できなかったよ」


 ライトにリストを見せながら、カタリナは自分が使役できる限界を伝えた。


 ゾンビ系アンデッドは、実在する動物のゾンビか人型のただのゾンビまで。


 骸骨系アンデッドは、実在する動物の骨かスケルトン+職業名のものまで。


 幽体系アンデッドはミストまで。


 その他アンデッドはフレッシュスライムのみ。


 これがカタリナの限界である。


「なるほどね。大体わかった。今までのカタリナが使役できたのは、高くてもLv30までだね」


「そうかも。ライト君、今の私ならどこまで狙える?」


「ゾンビ系アンデッドでゾンビ+職業名のもの、骸骨系アンデッドでデスナイト、幽体系アンデッドでファントムまではいけそうだね。その他アンデッドはヴェータラならギリギリってところじゃないかな」


「使役の方法は【絆円陣リンクサークル】を使うだけだよね?」


「そうだよ」


 そこまで聞くと、カタリナは少し考えてから首を縦に振った。


「ライト君、この後って時間空いてる? 強いアンデッドを使役しに行きたいんだけど、同行してもらえないかな?」


「良いよ。そう言い出すと思って予定は空けといたから」


「ありがとう」


 話がまとまり、ライトとカタリナはダーインクラブから出かけることにした。


 ライトがヒルダに声をかけると、ヒルダも興味があるのでトールの遊び相手をロゼッタに任せて同行すると言った。


 ダーイン公爵家の結界車に乗るとアンデッドが近づいて来ないことから、今日の外出はカタリナが手配した蜥蜴車リザードカーに乗って移動する。


 また、レックスが牽引すると、結界車程ではないがアンデッドが近寄ろうとしないため、レックスも今日はお留守番である。


 御者はアンジェラが務め、ライト達は車の中でアンジェラの知らせを待った。


 御者台からアンジェラが強いアンデッドを探し、見つけたらライト達に知らせてくれる手はずになっているからだ。


 ライト達が向かったのは、4月にダンプと遭遇した廃墟周辺だ。


 この辺りは結界の効果範囲から外れてしまうせいで、どうしても定期的にアンデッドが居着いてしまう。


 それゆえ、ダンプのような強いアンデッドがしれっと現れている可能性を考慮してそこに移動した。


 すると、読みが当たったのか御者台のアンジェラが車内にいるライト達に声をかけた。


「旦那様、ヴェータラ1体とフレッシュスライムが5体おります」


「カタリナ、ヴェータラだって。フレッシュスライムは置いとくとして、ヴェータラで実験する?」


「うん。ヴェータラなら高くてもLv35とかのはずだし、試すには丁度良いかも」


「わかった。アンジェラ、停めてくれ」


「かしこまりました」


 ライトの指示を受け、アンジェラが蜥蜴車リザードカーを停止させた。


 停止した車からライト達が降りると、ヴェータラ達が蜥蜴車リザードカーに近づいてきた。


 ヒルダはカタリナに対し、思いついたことを口にした。


「カタリナ、慣らしはしなくて平気なの? いきなり本番ヴェータラよりも、フレッシュスライムで杖の調子を確かめたら?」


「そうですね。フレッシュスライムなら使役するのも簡単ですし、やってみます。【召喚サモン:トーチナイト】」


 カタリナが技名を唱えると、青白い炎を纏い槍を持ったトーチナイトが姿を現した。


「トーチナイト、私がフレッシュスライムを使役するまでヴェータラの足止めをお願い」


 カタリナの指示により、トーチナイトはまだ距離があるヴェータラの来る方角に向かって槍を突き出した。


 すると、刺突によって斬撃ではなく、幽霊のようなものがヴェータラに飛んで行った。


 それがヴェータラに着弾すると、ヴェータラの動きがピタッと止まった。


 そのすぐ後に、ヴェータラがガタガタと震え始めた。


 (ヴェータラが恐慌状態に陥った? これがトーチナイトの<恐怖突フィアースティング>か)


 トーチナイトが召喚されてから、ライトはすぐに<鑑定>でトーチナイトのステータスを調べていた。


 だからこそ、ヴェータラに何が起きているのか正確に理解できたのだ。


 トーチナイトがヴェータラの身動きを封じている間に、カタリナは肩慣らしを始めていた。


「【範囲絆円陣エリアリンクサークル】」


 ブォン。


 カタリナが広めの円陣を起動すると、それが全てのフレッシュスライムを閉じ込める結界となった。


 (カタリナ、大したもんだよ君は)


 死霊魔術師ネクロマンサーとして力をつけたカタリナは、雑魚モブならまとめて使役できる技を会得していたらしい。


 まさかここまでの実力を身に着けていたとは知らず、ライトは心の中で称賛した。


 結界が明滅しながら収縮し始めたのを確認して、カタリナは手を前に伸ばしてからグッと握った。


 手の動きに連動して一気に結界が圧縮し、フレッシュスライム5体がすっぽり入るサイズになると、結界の明滅が止まってフレッシュスライム5体がおとなしくなった。


 肩慣らしが終わると、カタリナはそのまま恐慌状態のヴェータラに挑んだ。


「【絆円陣リンクサークル】」


 ブォン。


 今カタリナが対峙しているヴェータラはLv30だから、【絆円陣リンクサークル】の成功率は150%だ。


 トーチナイトの<恐怖突フィアースティング>で本領を発揮できないヴェータラは、あっさりとカタリナに使役された。


「やった! ヴェータラゲット!」


 不可能だと思っていたことを成し遂げた達成感は大きかったようで、カタリナの喜びの声も大きかった。


 この日、ルクスリアレポートの内容が証明されて歴史は動いた。

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