第299話 その言葉を待ってたよ

 10月2週目の月曜日、ライトはルクスリアレポートに興味深い記述を見つけたため、カタリナを屋敷に呼び出した。


 今日はカタリナも予定を入れていなかったようで、ライトの呼び出しにカタリナはすぐに応じてやって来た。


 応接室には、ライトとカタリナ、それにヒルダもいる。


 地下室の錬金魔法陣の使用に立ち会えなかったことを気にしていたので、ライトはヒルダにもこの場に来てもらったのだ。


「カタリナ、急に呼び出して悪かったね」


「ううん。今日は特に教会から依頼も受けてなかったし、暇してたから大丈夫だよ。それよりも、私にどんな話があったの?」


「良かった。今日呼びだしたのは、死霊魔術師ネクロマンサーの間で失われた知識を発見したから身に着けてもらおうと思ってね」


「失われた知識!?」


 今も文通でスカジから色々教わっている身のカタリナとしては、自分の知らない知識があると思うと目が輝いた。


 普段はおとなしいカタリナだが、死霊魔術師ネクロマンサーとしての技量を上げられる機会に遭遇するとテンションが上がる傾向にある。


 元気なカタリナというレアな状態は、大抵そのような機会に見られることが多い。


 身を乗り出したカタリナに対し、ライトは落ち着かせつつ話を続けた。


「前に教えてもらったけど、死霊魔術師ネクロマンサーって強いアンデッドを使役するのに【融合フュージョン】を使うしかないんでしょ?」


「そうだよ。だから、使役するアンデッドを強くするかが死霊魔術師ネクロマンサーにとっての課題なの」


「カタリナが今使役してるアンデッドについて、全部教えて」


「良いよ。レッサーヴァンパイアはそのまま使役してるけど、トーチホークとデスナイト、ゴーストライダーは【融合フュージョン】でトーチナイトになったよ。ゴーストライダーが亜種だったから、トーチナイトも亜種だけど」


「トーチナイト? そんなアンデッドがいるの?」


「大陸北端にいるよ。ミーアにアマイモンノブルスにお呼ばれされた時に見つけたの。そうしたら、【融合フュージョン】で使役可能になったんだ」


 【融合フュージョン】で強いアンデッドを作り出して使役するには、融合先のアンデッドを知っていることと融合元となるアンデッドを指摘していることの2つの条件を要する。


 カタリナがトーチナイトの存在を知ったことで、トーチホークとデスナイト、ゴーストライダーはトーチナイトに融合することができた訳だ。


「トーチナイトってどんな見た目?」


「赤い炎を纏ったデスナイトなんだけど、背中から炎の翼を生やして飛べたりもするの。私のトーチナイトは亜種だから青白い炎を纏ってるよ」


「強力な3体を融合させたなら、トーチナイトは立派な戦力なんだろうね」


「うん。今は空中戦をレッサーヴァンパイア、地上戦をトーチナイトに任せてるよ」


「なるほど。ところで、前に少なくとも3体は使役したいって言ってたと思うけど、あと1体はいないってこと?」


「レッサーヴァンパイアとトーチナイトに見合うアンデッドがなかなかいないから、どうするか考えてたの。ライト君、良い当てに心当たりはない?」


 カタリナが訊ねると、ライトはニヤッと笑みを浮かべた。


「その言葉を待ってたよ」


「もしかして、失われた知識が関係してるの?」


「正解。なんと最初から強いアンデッドを使役する方法だよ」


「教えて!」


「うん、教えるから落ち着こうか」


「あっ・・・、ごめん」


 身を乗り出して自分に抱き着こうとするカタリナに対し、ライトは落ち着くように言った。


 (元気なカタリナ状態だと、普段なら絶対にしてこないようなボディタッチもするのか。ケニーさんは知ってるのかな?)


 婚約関係にあるカタリナが、婚約者ケニー以外に抱き着こうとしてしまうのは不味いだろうと思い、ライトは少しだけ2人の関係が心配になった。


 それは別の機会でケニーに注意するとして、今日の本題は【融合フュージョン】を使わずに強いアンデッドを使役する方法である。


「強いアンデッドをそのまま使役するには条件が3つある」


「たった3つで良いの?」


「3つだよ。ただし、1つずつが重いからね」


「わかった。教えて」


 真剣な表情のカタリナに対し、ライトも同様の表情になって頷いた。


「1つ目は、死霊魔術師ネクロマンサー自体がLv60に到達すること。カタリナは今レベルいくつ?」


「・・・55」


あと5は上げる必要があるね」


ってどういうこと?」


「それが2つ目の条件。まあ、これは条件というよりは成功率を高める条件と言った方が良いかな。使役したいアンデッドとのLv差が大きい程、【絆円陣リンクサークル】の成功率が上がる。レベルが1離れる毎に5%上がるよ」


「だからってことなんだね。レベル上げ頑張るよ」


 ライトの言っている意味を理解したことで、カタリナはグッと拳を体の前で握った。


 彼女のやる気は十分らしい。


「頑張って。次が最後の条件だよ。使用する発動体が聖銀ミスリルの杖であること」


「ミ、聖銀ミスリル・・・」


 最後の条件を聞いた途端、カタリナのやる気に満ち溢れた表情が絶望に染まった。


 貴族ならばまだしも、一般階級の守護者ガーディアン聖銀ミスリル製の杖を手にすることは夢のまた夢だからだ。


 ヘルハイル教皇国にある聖銀ミスリルは、呪武器カースウエポンでもない限り聖水作成に回される。


 セイントジョーカーでもダーインクラブの月見の塔でも、聖銀ミスリルの用途は変わらない。


 魔法系スキルの発動体として、聖銀ミスリルを杖にする余裕は今のところないのは無理もない。


 だがちょっと待ってほしい。


 ライトが期待させるだけ期待させておいて、そこから絶望の淵に叩き込むような真似をするだろうか。


 いや、そんなことをするようなゲスい人間ではない。


「まあ、最後の問題は僕の方で解決したよ。ほら」


 ライトはそう言うと、<道具箱アイテムボックス>から聖銀ミスリルのインゴットを取り出した。


 それを見たヒルダはピンと来た。


「ライト、これって土曜日に作った聖銀ミスリルのインゴット?」


「そうだよ」


「ライト君、なんでもしますからこれを譲って下さい!」


 聖銀ミスリルのインゴットを見るや否や、カタリナは瞬時にその場に土下座した。


 (婚約者のいる女の子がなんでもするって駄目でしょ・・・)


  無論、自分が酷いことをさせるとは思っていないという信頼が前提の土下座であることは承知済みだが、それでもライトはカタリナの迂闊な発言を聞いて心配した。


 ヒルダもライトと同様に心配になったらしく、ライトが何か言うよりも前に口を開いた。


「カタリナ、婚約者ケニーがいるのになんでもするなんて言っちゃ駄目だよ」


「ライト君やヒルダさんなら変な命令はしないと信頼してます!」


「それはそうだけど、ライトや私みたいに誰もが言質を取っても悪用しないなんて思うのは良くないわ。もしも私達に接する時の癖で他の貴族にも同じようなことを言っちゃったら、利用されても仕方ないんだよ?」


 ヒルダにそこまで言われると、カタリナもようやく頭が冷えて来たらしい。


「・・・ごめんなさい。次から気を付けます」


「よろしい」


 カタリナが反省したところで、ライトは話を再開した。


「代わりに忠告してくれてありがとう、ヒルダ。さて、この聖銀ミスリルのインゴットだけど、僕が提示する条件を満たせば譲ってあげる」


「何をすれば良いの?」


「石や瓦礫を100kg持ってくるか、屑鉄もしくは鉄を10kg持って来て。勿論、分割して納品してくれて構わないから」


聖銀ミスリルのインゴットを貰える条件としては破格だと思うけど、そんなにそれらを集めてどうするの?」


 カタリナの疑問は至極当然のものだ。


 ヒルダはライトの意図をすぐに理解したが、ハッとした表情になることもなく様子を見守っている。


「悪いけど、それについては教えられない。世の中には知らないでいた方が安全なこともあるんだよ」


「い、今の質問はなかったことにして下さい」


 ライトがサラッと恐ろしいことを言うものだから、カタリナは思わず丁寧に質問を取り消した。


 カタリナの直感が、これ以上の深入りをするなと告げたのである。


 錬金魔法陣については、ライトもダーイン公爵家でも一部の者にしか話すつもりはない。


 今のところ、扱えるのがライトだけなのも理由の1つだが、錬金魔法陣のことを欲深い者が知れば面倒事になるのは必至だからである。


 とりあえず、今日はカタリナがLv60になったらライトに報告しに来ること、聖銀ミスリルの引き渡しに必要な物の納品をすることだけ決めて解散となった。


 カタリナが屋敷を去ると、ヒルダはライトに訊ねた。


「カタリナに甘くない? 普通、聖銀ミスリルを手に入れる条件はあんなに緩くないよ?」


「友達相手に稼ぐのもどうかと思うし、カタリナには死霊魔術師ネクロマンサーとして期待してるからね。投資みたいなもんだよ」


「そっか。ライト、この後まだ時間ある?」


「あるけどどうしたの?」


「なんとなく甘えたいなって」


「じゃあ、ちょっとだけね。本番は夜に取っておかなきゃだし」


 ちょっとだけと言いつつ、この後ライトとヒルダは見回りをしていたアンジェラに見つかるまでずっとイチャイチャしていた。

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