ダーインレポート編
第297話 なんだか小さい子が2人いるみたいだ
夏が過ぎて秋の深まりつつある10月になった。
その間に、ダーインクラブではレックスが番のランドリザードに卵を産ませてその卵が孵った。
種族名はレックスと同じくホーリーリザードだったが、称号には”始祖”ではなく”貴種”と記されていた。
”始祖”と”貴種”の何が違うかだが、それは鶏冠の形だ。
レックスの鶏冠は王冠の形だが、”貴種”の鶏冠はランドリザードの鶏冠と形は変わらなかった。
つまり、”始祖”が最上位であり、”貴種”が”始祖”の血を継いだ第二世代で”始祖”には敵わないということらしい。
”始祖”の血を半分しか受け継いでいないのだから、それは当然のことだろう。
残念ながら、ダーインクラブのランドリザードでレックスのように聖水を飲んでもホーリーリザードになる個体は現れなかった。
それゆえ、今のところ”始祖”のホーリーリザードはレックスのみである。
だから、レックスの子供が産まれるホーリーリザードの卵は、国内各地の貴族から欲しいと声が上がった。
ライトは優先順位をはっきり公表したうえで、適正価格を払う貴族に卵を販売した。
そういう経緯があって、ライト達の屋敷には卵から孵った2体の雛のみが残っている。
ホーリーリザードの件はさておき、10月1週目の水曜日にライトは執務室で古い資料を見つつ新しい紙にその内容を適宜補足しながら書き写していたが、キリが良い所まで来たのでペンを止めた。
すると、執務室のドアをノックする音が聞こえた。
「ライト、入っても平気?」
「大丈夫」
ライトの返事を聞くと、ヒルダが執務室に入った。
その腕にはトールが抱っこされている。
トールはニコニコしており、ライトを見ると声を上げた。
「あ!」
「どうしたんだい、トール? 何か良いことでもあった?」
「あう~」
ヒルダに抱っこされたまま近づくと、トールはライトに向かって両手を伸ばした。
トールが何を言いたいのかはわからなかったが、ライトは優しくその手に触れた。
「きっとライトに会えて嬉しいのね。ここ最近、ライトは仕事に追われてて読み聞かせしてもらえなかったから」
「そうなのかな?」
「あい!」
「ほら」
「そうみたいだね。ごめんよトール。時間を作ってあげられなくてすまない」
もうすぐ生後9か月のトールは、まだ喋れこそはしないがハイハイやつかまり立ちはできるようになった。
ライトやヒルダ、使用人が目を離した隙にベビーベッドから脱走する回数が最近増えているぐらい元気だ。
離乳食もライトが張り切ってレシピを充実させたこともあり、毎食残さず食べている。
トールはライトやヒルダに絵本を読み聞かせしてもらうことが好きで、一緒にいることが多いヒルダにはよく読んでもらっている。
だが、執務でなかなか時間が取れないライトには、ここ最近絵本を読んでもらっていないので寂しい様子である。
それでも、ライトの顔を見られただけでご機嫌になるあたり、トールは手のかからない子だと言えよう。
「ライトは今、何してたの?」
「ルー婆のレポートの写しと補足を入れてたところだよ」
「そうだったんだ。邪魔しちゃったかな?」
「全然邪魔じゃないよ。丁度キリが良い所まで終わったから、一休みしようとしてたところだったんだ」
ライトがしていた作業とは、ルクスリアレポートの書き写しと補足修正である。
ダーイン公爵家初代であり、あらゆることに精通していたルクスリアは死ぬ前に後世のためにレポートを残していた。
1週間前、ライトがダーインスレイヴを手にした地下室で偶然隠し扉を開けたことで、厳重に保管されていたルクスリアレポートが見つかった。
英霊降臨でライトがルクスリアを呼び出すと、今は失われた知識も書かれているから書き写してほしいとライトに頼んだ。
また、逆に間違っていたことが今になってわかったこともあるから、その点については修正してほしいとも頼んでいた。
失われた知識に興味があったライトは、ルクスリアの頼みを聞いたという訳である。
「もし良かったら、トールに読み聞かせしてもらえない? トールが読んでほしいのかずっと手に持ってた本があるの」
そう言うと、ヒルダはトールを抱っこしていない方の手で持っていた絵本を机の上に置いた。
「あ!」
トールはその絵本の表紙を見ると、これ読みたかったやつと言わんばかりに期待を込めた目をライトに向けた。
そんな目を向けられれば、ライトが断わるはずがない。
ライトはその絵本を手に取ると、ニッコリと笑って頷いた。
「良いよ。トールが読んでほしいのは意地悪ちゃんと真面目君なの?」
「そうみたい。今日はこの絵本を読んでほしそうにしてたんだ」
「わかった。じゃあ、読んであげるよ」
「あい!」
トールはライトに読み聞かせをしてもらえるとわかり、嬉しそうに声を出した。
意地悪ちゃんと真面目君とは、前世の兎と亀にアレンジを加えた絵本である。
ライトはヒルダと椅子を半分こし、絵本の1ページ目を開いて読み聞かせを始めた。
「昔々ある所に足は遅くてもみんなを守るために体を張る
そのページには、コミカルな
「『真面目君って足が遅いよね。私には絶対勝てないでしょ?』と意地悪ちゃんが言うと、『僕だっていざとなれば速く走れるんだ』と真面目君が言い返しました」
「ライトは感情の入れ方が上手ね」
「あい」
ライトは照れ臭く感じたが、それを誤魔化すように話を続けた。
「『言ったね? じゃあ、明日の朝山登りの勝負しようよ。先に登った方の勝ちでどう?』と意地悪ちゃんが言うと、『わかった。競争だ』と真面目君が勝負に乗りました」
ライトがページを捲ると、そこには次の日の朝に意地悪ちゃんと真面目君が山の麓で横並びになり、今にも走り出しそうな絵があった。
「よーいドンと同時にスタートすると、
「意地悪ちゃん酷い」
「あう」
(さっきから気になってたけど、ヒルダも楽しんでるよね?)
この読み聞かせはトールのためのものだが、先程からちょくちょくヒルダはコメントを挟んでいる。
どうやらライトの読み聞かせを楽しみにしていたのはトールだけではないらしかった。
ライトがページを捲ると、左側のページにわなを仕掛ける意地悪ちゃんの絵があり、右側のページには罠を解除して進む真面目君の絵があった。
「意地悪ちゃんが昼寝を始めてから30分後、罠がたくさん仕掛けられた場所に真面目君が到着しました。『相変わらず手の込んだことをするなぁ。でも、僕は負けない』と言って真面目君は罠を1つずつ解除して昼寝中の意地悪ちゃんを追い抜きました」
「やったねトール!」
「あい!」
(なんだか小さい子が2人いるみたいだ)
ヒルダとトールを見て微笑ましく思えて来たライトは、2人の頭を撫でたくなる気持ちをグッと堪えてページを捲った。
次が最後のページで、左側にはゴールした真面目君が描かれており、右側には負けて項垂れる意地悪ちゃんが描かれていた。
「真面目君は山の頂上までゆっくりでも確実に足を進め、お日様が空高くなった時に登り切りました。その後、寝過ごした意地悪ちゃんが山の頂上に到着すると、そこには休憩中の真面目君がいました。『くぅ、負けた! 真面目君に負けた!』と意地悪ちゃんが膝から崩れ落ちて地面を叩きますが、『昼寝なんてせずに真面目に走ってれば勝てたのにね』と真面目君が言いました。勝負に負けた意地悪ちゃんは、この日から心を入れ替えて真面目になるのでした。おしまい」
「正義は勝つ!」
「あう!」
「楽しんでもらえたみたいだね」
「楽しかったよ! ねっ、トール?」
「あい!」
トールが満足してくれたとわかり、ライトはホッとした気分になった。
短い絵本を読み聞かせるだけでも、こんなに喜んでもらえたことはライトにとっても嬉しかったので、これからは忙しくても時間を作って読み聞かせをしようと思うライトだった。
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