第296話 スピーチは短い方が良い

 ダンプを倒してから屋敷に帰って来ると、ライトはアンジェラに声をかけた。


「アンジェラ、唐突だけど今日の夕食は豪華にしよう」


「旦那様と奥様がダンプを倒したお祝いでしょうか?」


「それもあるけど、使用人の労いも兼ねてかな」


「私共の労いですか?」


「うん。今日は使用人も一緒に食べるんだ」


「とても光栄ですが、どうしてそのようなことをしていただけるのでしょうか?」


「どうしてって僕とヒルダだけじゃこの屋敷は回らないじゃん。特に、トールが生まれてからはトールの世話も見てもらってるし。使用人達も偶にはパーッとやった方が明日からもまた頑張ろうって思うでしょ?」


 他の貴族は知らないが、ライトは雇っている使用人に対して福利厚生面も充実させるべきだと思っている。


 それは前世の自分が社畜であり、愛社精神など微塵も持っていなかったことから、長く自分の屋敷で働きたいと思ってもらえるような労いは必要という考えに基づくものだ。


「・・・かしこまりました。旦那様の優しさに深く感謝いたします。メニューはいかがいたしましょうか?」


「僕の作り置きを使うけど、何品か作るから手伝ってくれる?」


「かしこまりました」


 それからすぐに、ライトとアンジェラは厨房で夕食作りを行った。


 そして、夕食の準備が整うと屋敷にいる者全てが食堂に集まった。


 今日の食堂はテーブルの大半がライトの<道具箱アイテムボックス>に収納され、中央に大きな円卓だけしか残っていない。


 座って食べるのではなく、立食形式という訳である。


 もっとも、給仕する者も今日は参加者ということなので、食事の取り分けはセルフサービスなのだが。


 トールはヒルダがベビーカーに座らせており、今はぐっすりと眠っている。


 使用人達も仕事を終えて食堂に集まり、いつでも食べられる準備が整った。


 (スピーチは短い方が良い)


 前世の職場では、慰労会なんて1回も開かれることはなかったが、常識的に考えて自分がグダグダ喋るのはどうかと思ったため、ライトはサッと食事に移った方が良いと判断した。


「今日はダーインクラブから少し離れたところに現れたダンプを倒したこと、そして、いつもこの屋敷で働いてくれてる皆を労うためにこの会を設けた。また明日から頑張れるように、今日は存分に食事や飲み物を楽しんでくれ。乾杯!」


「「「・・・「「乾杯!」」・・・」」」


 食堂にいる全員がグラスを掲げ、乾杯の食事会が始まった。


 スピーチを終えたライトの傍には、ヒルダがススッと近寄っていた。


「シンプルで良いスピーチだったよ」


「ありがとう。でも、これぐらいなら大したことないよ。ヒルダはどう? 久し振りのネームドアンデッドだったけど疲れてない?」


「全然へっちゃらだよ。ライトの支援を一身に受けておいて、危なかったなんてことはあり得ないもの」


「そう言ってくれるのは嬉しいな。まあ、今日はいくつか新メニューも用意したから楽しんでね」


「うん! 早く取りに行こう!」


「そうだね」


 新メニューと聞き、興味津々なヒルダに手を引かれてライトは2人で料理の並ぶ円卓へと向かった。


 新メニューとはスペアリブとクリームシチューだ。


 ライトとヒルダがそれらを自分の皿に盛りつけていると、ロゼッタが2人に近づいた。


「ライ君~、ヒルダさ~ん、今日はおめでと~」


「ありがとう、ロゼッタ」


「ありがとう。ロゼッタは今日も元気ね」


「いつも元気だよ~」


 ロゼッタの後ろでは、両親ロータスとガーベラを筆頭に使用人達がアワアワしている。


 自分達が仕える公爵ライト公爵夫人ヒルダに対し、フレンドリー過ぎる対応をするロゼッタを見て慌てない方がおかしいのだ。


 無論、アンジェラはこれぐらいでは動じない。


 ライトがロゼッタに友達として振舞うことを認めているのだから、そういうものだと解釈しているからだ。


 ちなみに、ライトもヒルダも貴族の中でも使用人に対して偉ぶることがない方だ。


 もしも偉ぶるタイプであれば、そもそもロゼッタのこの態度を咎めないはずがない。


世界樹ユグドラシルの育樹は順調?」


「順調だよ~。ずっと先のことだけど~、セイントジョーカーの世界樹ユグドラシルも超える大きさになるかも~」


「それは楽しみだ。ロゼッタ、スペアリブとシチューみたいに今日初めて見せる料理もあるから、食べ損なわないようにね」


「大丈夫~。もう食べたよ~」


「早っ!?」


「ライ君は料理が上手だもんね~。美味しいものは逃さないよ~」


 のんびりした口調のロゼッタだが、ライトが作った新メニューについては口調に似合わない迅速な動きを見せるらしい。


「まあ、楽しんでくれてるならそれで良いよ。これからもよろしくね」


「よろしく~」


 ライトはロゼッタとグラスをチンと鳴らした。


 ロゼッタがロータスとガーベラの所に戻っていくと、2人はライトとヒルダにペコペコと頭を下げる。


 そんなに恐縮しなくてもと思ったライトは苦笑いである。


 すると、今度は執事服を着た青年がやって来た。


「旦那様、奥様、本日のダンプの討伐、改めてお祝い申し上げます」


「「ありがとう、シルバ」」


 シルバとは、今はパーシー達に同行した執事セバスの息子である。


 セバスがいなくなってから1年と少しが経過し、執事としての風格がより一層表に出るようになった。


「それにしても、旦那様と奥様の行動力はすごいですね。アンジェラさんが情報を仕入れた次の日にはダンプを倒してしまうなんて驚きです」


「強いアンデッドなんて放置して良いことはないからね。Eウイルスだって、カーミラをさっさと倒せばもっと被害は少なかったよ」


「なるほど。おっしゃる通りです。奥様、何かお飲み物を取って参りましょうか?」


 ライトと話していたシルバだが、ヒルダのグラスが空になっていることに気づいて声をかけた。


 だが、それには及ばないとアンジェラがお替りを持ってやって来た。


「問題ありませんよ、シルバ。私が持ってきました。奥様、どうぞ」


「ありがとう」


「シルバ、私は貴方の視野の広さを評価してます。次からは話に行く前に旦那様や奥様の手元を確認しなさい。そうすればもっと良くなりますよ」


「ありがとうございます。勉強になりました」


 シルバが一礼してこの場から離れていくのを見て、ライトは遅れて口を開いた。


「アンジェラが使用人の教育をしてるところ初めて見た」


「当然です。旦那様や奥様に見られるところで教育してるということは、使用人の不手際がリカバリーできないことを意味します。私がいる限り、この屋敷でそのようなことは許しません」


「いつもキリッとして置けば文句なしに優秀なんだけどなぁ」


「旦那様、オンオフの切り替えが大事なのです」


「じゃあ、僕に対して変態的行動を取るのがオフ?」


「いえ、そちらがオンです」


「切り替えって変態の方なの!?」


 アンジェラの想定外の発言に対し、ライトはツッコまずにはいられなかった。


 そんなライトの前にヒルダが立ち、ライトを庇うように抱きしめる。


「アンジェラ、ライトを性的な目で見るのは止めなさい」


「奥様、それは私に呼吸をするなとおっしゃるのと同義です」


「ちょっと待て。呼吸するように僕を性的な目で見てるの?」


 アンジェラの振り切った発言を耳にして、ライトは口を挟んだ。


「呼吸する時は旦那様の吐息を吸い込むようにしております」


「寄るな変態。ハウス」


「ありがとうございます!」


「お礼言っちゃったよ。はぁ・・・」


 アンジェラは足取り軽くライト達から離れていった。


 アンジェラの残念過ぎる接し方を見て、ライトやヒルダと話すハードルが下がったらしく、使用人達はその後ポツポツとライトやヒルダと話をするようになった。


 (まさか、アンジェラはこれを狙った? いや、それはないか)


 一瞬、これがアンジェラの策略家と思ったライトだったが、そこまであの変態が知恵を働かせた訳がないとすぐに思い直した。


 食事会の後半になると、ライトが<道具箱アイテムボックス>から自作スイーツを取り出した。


 普段は使用人という立場上、滅多に食べられないものなので、女性の使用人達は今日というチャンスを逃すことなくスイーツをバクバクと食べていた。


 食事会が終わり、片付けはアンジェラが指示してテキパキと済まされた。


 ライトは食休み後に風呂に入り、寝室に戻るとネグリジェ姿のヒルダが待っていた。


「ライト、今日はお疲れ様」


「ありがとう。ヒルダこそお疲れ様」


「アンデッドをじゃんじゃん倒して、夕食会では食べて飲んで喋ったから充実した日だったね」


「そうだね。戦力も強化できたし今日は良いこと尽くめだったよ」


「それじゃあ、明日を良い気分で迎えるために今夜は抱き枕ね」


「甘えん坊だね」


「してくれないの?」


 ヒルダが首を傾げると、それだけで煽情的に見えてしまうのだからライトは敵わない。


 ヒルダのリクエスト通り、ライトはヒルダの抱き枕となって眠った。

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