第260話 右を見ながら左を見ろとでも仰るつもりですか?

 翌日、ライトが執務を片付けた頃に執務室のドアをノックする音が聞こえた。


「旦那様、入ってよろしいですか?」


「アンジェラか。良いよ」


「失礼します」


 アンジェラは執務室に入ると、そのままライトに向かって静かに頭を下げた。


「何事?」


「私に<神道夢想流>を教えていただけないでしょうか?」


「どうしていきなり? あぁ、頭は上げてから答えて」


 アンジェラが頭を下げたまま話し始めても困るので、ライトはまず顔を上げてから理由を話すように促した。


 ライトに言われた通り、アンジェラは頭を上げてから理由を話し始めた。


「奥様が身重で動けない以上、万が一強いアンデッドが現れた時は私が今まで以上に戦わねばなりません。しかし、グングニルを手にしてからの私はそれを投げてばかりではないかと思ったのです」


「・・・言われてみれば、スカーや呪信旅団、カリプソの時も投げまくってたね」


 アンジェラの主張を聞き、ライトは直近の戦闘を思い返してみた。


 すると、確かにアンジェラはグングニルをガンガン投げまくっていた。


 むしろ、投げてしかいなかったレベルである。


 以前の技巧的な戦いを忘れてしまったのではないかと思うぐらい、ワンパターンな戦いをしていた。


「旦那様の専属メイドとして、投擲だけしかしない自分があるべき姿ではないと思いました。旦那様に<神道夢想流>を教えていただければ、それを会得できずとも投擲と技巧的な攻撃を両立できるはずです」


「最近アンジェラが投擲ばっかりだったのも、それが相手にダメージを与える最も効率的な手段だったからそうしてただけなんじゃない? でも、アンジェラが強くなってくれれば、今後もヒルダが戦える状況にない時でも安心できるか。良いよ。庭に行こうか」


「ありがとうございます」


 アンジェラの願いを聞き入れ、ライトはアンジェラを連れて庭に出た。


 カースブレイカーを使う訳にもいかないので、ライトは聖鉄製の杖を手に持った。


 アンジェラはペインロザリオを手に持っている。


「じゃあ、早速<神道夢想流>を伝授するよ。全部見せたことはなかったと思うけど、<神道夢想流>には12の型があるんだ」


「私は9つの型しか見たことがありませんでしたが、まだ3つも残ってたんですね」


「残ってたんだよ。アンジェラのDEXの数値の高さを考えたら、見本を見せただけでもわかりそうだし、とりあえず見てて。わからなければ口頭でも説明するから」


「かしこまりました」


 伝授の方針が定まると、ライトは演武を始めた。


「【壱式:子渡ねわたり】」


 素早く流れるような足捌きにより、ライトの姿がブレて見えてしまうが、最後に移動して高めたエネルギーを突きに昇華して締めた。


 アンジェラは以前見た時よりも技に磨きがかかっていたため、目をパチクリさせていた。


「旦那様、前よりも技のキレが上がってませんか? 残像が見えたのですが」


「【流水歩行ストリームステップ】に緩急を取り入れるんだ。そして、避けるだけがこの技じゃないから、高速で移動した時の勢いを最後の突きに盛り込む」


「理論としては理解できました。やってみて構いませんか?」


「勿論」


「では、参ります」


 ライトから許可が下りると、アンジェラはライトの模倣から始めた。


 しかし、アンジェラにとって緩急をつけるのは難しいようで、ライトの【壱式:子渡ねわたり】とは違う感じになってしまった。


 ライトがカクカクとした動きだとしたら、アンジェラは【流水歩行ストリームステップ】を無駄のない滑らかな動きに昇華している。


「動きとしては別物だけど、それはそれで相手の意識が緩んだ隙にスッと距離を詰めて攻撃できそうだね」


「旦那様の動きは、幼い頃からルクスリア様のトレーニングで鍛えられた体だからできるものではないでしょうか? 私にはこれが限界でした」


 (肉体的な問題で<神道夢想流>を伝授できないかも。でも、アンジェラなら別の技に昇華させられるはず)


 まさか、ここに来てルクスリアの扱きに耐えたかどうかの差が出てしまうとは思っていなかったため、ライトは<神道夢想流>の伝授ではなく、アンジェラには新たな技の創造を優先させることにした。


「アンジェラ、これからの技もアレンジして自分がやれるようにやってみて。多分、他の技も全く同じにはできないものが多いと思うから」


「私もそう思いますので、そのようにさせていただきます」


「うん。じゃあ次ね。【弐式:丑鳴うしなり】」


 ブモォォッ!


 風を切る音が牛の鳴き声のように聞こえ、その音に気を取られていると、左から右への横薙ぎと右から左への横薙ぎの2連撃が入る。


 それが【弐式:丑鳴うしなり】である。


「風切り音で牛の鳴き声を表現するには、STRが足りないでしょうね」


「【弐式:丑鳴うしなり】は音でビビらせてる内にすばやく左右の横薙ぎを2連続で放つんだよ」


「要は別のことに注意を牽きつけ、その内に連撃を入れれば良いのですね?」


「そういうことになるかな」


「わかりました。少しイメージを固めますのでお待ち下さい」


 そう言うと、アンジェラはペインロザリオを体の正面に構えたまま目を瞑った。


 そして、イメージが固まると目を開いた。


「参ります」


 その瞬間、アンジェラから凄まじい殺気が放たれたと思うと、時間差で左右の横薙ぎが2連続で放たれた。


 しかも、2連撃の際はアンジェラからの殺気が著しく抑えられていたこともあり、防ぐことは難しいとライトは判断した。


「考えたね、アンジェラ。確かにそれでも相手の虚を突けると思うよ」


「ありがとうございます」


 またしても別の技となったが、ライトもアンジェラも拘らなかった。


「次はこれ。【参式:火寅ひどら】」


 ライトが技を繰り出すと、刺突の瞬間に激しい音と共に聖鉄製の杖の先端部分が燃え上がった。


「旦那様のSTRとAGIがなければ、全く同じことは難しいですね。の2つの手段で攻撃してますよね?」


「その通り。模倣が難しいなら、他に同時に2つの手段で攻撃できる方法を考えるしかないよ」


「右を見ながら左を見ろとでも仰るつもりですか?」


「アンジェラならできるんじゃないかな?」


「旦那様のご命令ならば、是が非でも形にしてみせましょう」


 ライトから期待されているとわかると、アンジェラは再び目を瞑ってイメージを組み立て始めた。


 【弐式:丑鳴うしなり】の時よりも長くかかったが、アンジェラの中でしっかりと解が組みたてられたようだ。


 目を開けたアンジェラの表情は、不安なんて全く感じさせない凛々しいものだった。


「旦那様、斬っても構わない丸太はございませんか?」


「こんなこともあろうかと用意してあるよ。はい」


 準備万端過ぎやしないだろうか。


 ライトは<道具箱アイテムボックス>から、シュミット工房で試し切りに使われるような丸太を1つ取り出し、地面の上に立てるように置いた。


「ありがとうございます。では、参ります」


 そう言うと、アンジェラは上段からペインロザリオを勢いに乗せて振り下ろした。


 ペインロザリオが丸太の中心まで切り込んだ瞬間、丸太がバラバラに弾け飛んだ。


の2つ?」


「その通りです。風切り音で牛の鳴き声を表現することはできませんが、渾身の振り下ろしのエネルギーを衝撃波に変換することなら私にもできます」


「まともに受けたとしたら、そっちの方がヤバいでしょ」


「昔、<大剣術>使いの守護者ガーディアンがそれらしきことをしてたのを思い出したんです」


 (それらしきを技に昇華する時点で、アンジェラの方がその人よりもすごいのは間違いない)


「流石アンジェラだね」


「恐れ入ります」


「次なんだけど、10番目の型と4番目の型を連続でやるからね」


「連続ですか?」


「うん。連続。じゃあ、やるよ。【拾式:翔酉とぶとり】」


 杖の先端を地面に向けた状態から、ライトはそれを蹴り上げた。


 その蹴り上げた勢いに跳躍で上向きのベクトルにエネルギーが加算された。


 だが、それだけで終わりはしない。


 上向きの力が重力によってなくなるタイミングで、ライトは前方宙返りの要領でくるりと回って空中から振り下ろしを放った。


「【肆式:卯月うげつ】」


 人を1人ぐらい軽々と飛び越せる跳躍から、落下エネルギーを一撃に圧縮した振り下ろしを放つのだから、【肆式:卯月うげつ】は【拾式:翔酉とぶとり】の後に繰り出した方が効果的だと言えよう。


 ライトが連続で技を使用したのを見ると、アンジェラは静かに唸った。


「剣ならば切り上げと呼ぶべき手法に跳躍を合わせることで、攻撃と移動を同時にしてますね。そこからの力が圧縮された振り下ろしは、私が先程お見せしたものと全く同じ結果を齎すでしょう」


「アンジェラだったらどうアレンジする?」


「【拾式:翔酉とぶとり】をペインロザリオでやれば、私は脚を負傷します。これはパスさせて下さい。【肆式:卯月うげつ】も【拾式:翔酉とぶとり】とセットであることを考えるとパスした方が良さそうです」


「わかった。確かに、これは刃のない杖だからこそできる技だもんね」


 アンジェラが変態だとしても、戦闘中に自らダメージを負いたいとは思っていなかったため、【肆式:卯月うげつ】と【拾式:翔酉とぶとり】のアレンジは諦めた。


 残る<神道夢想流>の技は7つ。


 まだまだライトの指導は続く。

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