第259話 ホーリーリザードってなぁにこれぇ・・・

 ジェシカがパーシーからの手紙を受け取っていた頃、ダーインクラブにはイルミが来ていた。


「ライト、お姉ちゃんが父様からの手紙の配達に来たよ」


「お疲れ様。手紙を見なくても、その大量の荷物を見れば手紙の内容も予想できるけどね」


 クローバーがセイントジョーカーの教会で聖水作成に励んでいるため、暇を持て余すイルミはライトへのお使いを頼まれてダーインクラブに来た。


 イルミが乗って来た蜥蜴車リザードカーには、これでもかという数のトーテムポットが積まれていたようで、応接室に運び込まれたそれらを見てライトはイルミの用事を推測できた。


 手紙を読んでみると、やはり予想通りだった。


 (これ全部聖水にしてくれって相当な量だぞ?)


 手紙には、イルミが運んだトーテムポットの中の水全てを聖水にしてほしいと書かれていた。


 ジェシカからの強い要望で、ライトの派遣を頼むのは無理があると承知しているからせめて聖水だけでも送ってもらえないかとも記されていた。


 ライトも今のヒルダの傍を離れるつもりはないから、大陸東部に行く気なんて微塵もない。


 緊急事態につき、今までは教会負担で聖水を大陸東部に支給していた訳だが、ライトの聖水は普通の聖水とは訳が違う。


 それゆえ、聖水を送ってもらえるならジェシカは代金をしっかり払うつもりであることが添えられていた。


 (仮にこれだけの水を聖水に変えたら、まともに対価を払うとなると経済に大打撃だよなぁ)


 そう考えたライトは、経済状況を考慮して特別に治療院で貴族の治療10回分、つまりは10万ニブラで引き受けるという返事を書いた。


 要はジェシカに貸し一つということである。


 返事を書き終えると、ライトは応接室の中にある全てのトーテムポットの数を数えてから口を開いた。


「【【【・・・【【聖付与ホーリーエンチャント】】・・・】】】」


 一気に水を聖水に変えると、ライトは手が空いている屋敷の使用人達を呼び出して聖水の入ったトーテムポットをイルミが乗って来た蜥蜴車リザードカーに運び込ませた。


「ライトは仕事が早いね」


「まあね。時間をかけてやることもないでしょ? はい、これ手紙の返事。父様に渡しといて」


「は~い」


 ライトはイルミに手紙を渡すと、使用人達の作業が終わるのを待って玄関へと向かった。


 玄関に行くと、少し変わったことが起きていた。


「レックス、どうした?」


「グルゥ・・・」


 レックスというのは、ライトが10歳の頃からダーイン公爵家の蜥蜴車リザードカーを牽くランドリザードである。


 レックスは普段、散歩する以外は小屋でおとなしく寝ているのだが、今日に限って大量の聖水が積み込まれた蜥蜴車リザードカーをじっと見ていた。


 その様子に違和感を覚え、ライトはレックスに話しかけたのだ。


「お姉ちゃんにはわかる。レックスは聖水に興味があるんだよ」


「グルゥ」


「えっ、マジ?」


 イルミが言い出したことに対し、レックスが首を縦に振ったのでライトは驚いた。


「お姉ちゃん、レックスの名付け親だからね。ビビッと来たよ」


 (イルミ姉ちゃんとレックスにそんな絆があったとは・・・)


 そんなことを思いつつ、ライトはレックスが聖水に興味を持ったこと自体に興味を持った。


「レックス、聖水飲んでみたいの?」


「グルゥ」


「飲みたいって。ライト、あげられる聖水とかある?」


「またいきなりだね。あるけどさ」


 イルミの無茶振りに対し、ライトは<道具箱アイテムボックス>からトーテムポットと口の大きな容器を取り出した。


 奇しくも<道具箱アイテムボックス>に入っていたトーテムポットの形状は、ランドリザードの頭を模ったものだった。


「【聖付与ホーリーエンチャント】」


 ライトは自分が手に持ったトーテムポットの中身を聖水に変えた。


「ライト、レックスに聖水を飲ませてあげて」


「わかってるって。レックス、飲んで良いよ」


 ライトは聖水を容器の中に注いでレックスに声をかけた。


「グルゥ♪」


 待ってましたと言わんばかりに、レックスは容器の中に顔を突っ込んで聖水をゴクゴクと飲み始めた。


 容器を空にするまで一気に飲むと、レックスの体から神聖な光が仄かに光った。


「嘘だろレックス」


 ライトはまさかそんなことがと思いつつ、レックスに<鑑定>を発動した。



-----------------------------------------

名前:レックス 種族:ホーリーリザード

年齢:5 性別:雄 Lv:30

-----------------------------------------

HP:600/600

MP:300/300

STR:1,000

VIT:1,000

DEX:600

AGI:1,500

INT:300

LUK:600

-----------------------------------------

称号:始祖

二つ名:なし

職業:なし

スキル:<運搬><状態異常半減><聖叫せいきょう

装備:なし

備考:ご機嫌

-----------------------------------------



 (ホーリーリザードってなぁにこれぇ・・・)


 レックスの種族名が変化していたため、ライトの顔が引き攣った。


 ライトの目の前では、光が収まってなお体が白く、鶏冠も王冠の形に変わったレックスがいる。


 ランドリザードの時は茶色い体表だったにもかかわらず、聖水を飲んだ影響で色が変わったのだからこれは進化と呼べるのだろう。


 現に、称号に”始祖”なんてそれらしきものまであるのだから間違いない。


 ランドリザードという種族は、どの個体も大抵は<運搬>と<状態異常耐性>を会得している。


 しかし、レックスに限って言えば<状態異常耐性>が<状態異常半減>になっており、おまけに<聖叫>なんてスキルまで会得している。


 ここまで予想外なことは人生の中で数え切れるぐらいしかなかったので、ライトは英霊降臨でルクスリアを呼び出した。


『どうしたのよって、何これ・・・』


 ルクスリアも呼び出されてすぐにレックスの変化に気づき、顔が引き攣った。


「レックスが聖水を飲みたいって言うから飲ませてみたらこうなった」


『ランドリザードまで聖水を飲みたがるなんて、時代も変わったわねぇ』


「いや、これはイルミ姉ちゃんがレックスの気持ちを代弁した結果だから。僕だけだったら気づかなかったから」


『イルミ、貴女遂にレックスとも話せるようになったの?』


「名付け親だからね!」


『油断したわ。ライトだけがぶっ飛んでると思ったら、イルミも十分ぶっ飛んでたわ』


「いやぁ、それほどでもあるかな」


『褒めてないから』


 何故か褒められたと思ったイルミがドヤ顔で言ってのけるものだから、ルクスリアは真顔で否定した。


「ルー婆、ランドリザードだったレックスが聖水飲んだらホーリーリザードになっちゃったんだけど、この原理ってイルミ姉ちゃんの<格闘術>が<聖闘術>になったのと同じ?」


『イルミは進化した訳じゃないでしょ? 似て非なるものでしょうね。ライト、私にはさっぱりわからないわ』


「そっか。ルーペディアでも無理かぁ」


『ルーペディアって何よ?』


「なんでもない」


 ルクスリアならばもしかしたら何かわかるかと淡い期待をしたライトだったが、ルクスリアでも詳しくはわからなかった。


 これ以上のことを知ろうとするならば、ヘルに訊くしかないだろう。


 実際のところ、ライトが作った聖水を飲んで聖気を取り込んだことでスキルが強化されたことも、大雑把な仕組みしかわかっていないのだからレックスの進化についてはっきりわからないのも仕方のないことだ。


「ライト、何事?」


 玄関が騒がしくなったのが気になったようで、ヒルダがそこに姿を見せた。


「聖水を飲んだレックスが進化してホーリーリザードになったんだ。イルミ姉ちゃんがレックスは聖水を飲みたがってるって気づいてさ」


「・・・聖水をレックスが飲んだこと、進化したこと、イルミがレックスの気持ちを理解できたことのどこからツッコめば良いのかな?」


「まあまあ。細かいことを気にしちゃ駄目だよ」


「「気にしなさい」」


 額に手をやるヒルダに対し、イルミが難しく考えるなと言わんばかりに言ったため、ライトとヒルダのツッコミがシンクロした。


 その後、イルミがセイントジョーカーに聖水を持ち帰るために出発した。


 この日、ライトの屋敷ではレックスが進化したことで持ちきりになったのだが、それは無理もないことだと言えよう。

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