第224話 私、早く孫の顔が見たいわ
イルミとクローバーが来てから1週間が経過したが、彼女達はまだダーインクラブに滞在していた。
エリザベスから、結界車の製造に時間がかかるかもしれないと多めに予定を開けてもらっていたため、到着したその日に結界車はできたがその後は移動する予定の日まで休みを満喫している。
もっとも、すぐに結界車を用意してもらったこと、屋敷に泊めてもらっていることから、そのお礼にクローバーはダーインクラブの教会の礼拝堂でライブを行った。
このライブは到着して3日目に行われ、地味にダーインクラブでは初めての舞台だったこともあり、礼拝堂は満席となった。
今日までの間に、セーフティーロード構想は大陸南部の全ての貴族達から同意を得ることができた。
それゆえ、大陸南部の各領地では街道の端に溝を掘る公共事業で雇用を創出していた。
セーフティーロード構想の出だしは順調なので、今のところ問題はない。
それよりも慎重にやるべきは結界車の販売である。
クローバーの結界車を3番目に製造した訳だが、今後どの順番に注文を受けるかが重要なのだ。
今用意できている在庫は、受け渡す前に貴族の家紋や商会のマークを入れればその貴族や商会専用となる。
もし、売る順番を間違えれば、自分が軽んじられたと抗議する者も出て来るだろう。
そう考えると、無難なのは位の高い貴族から順番に販売の案内を送ることである。
ということで、クローバー用の結界車ができてすぐにドゥラスロール公爵家、ドヴァリン公爵家、ドゥネイル公爵家のダーイン公爵家を除く4公爵家に手紙で販売開始の案内を出した。
真っ先にダーインクラブにやって来たのは、ヒルダの実家のドゥラスロール公爵家である。
ケインとエレナ、スルトがライト達を訪ねてやって来た。
「旦那様、ドゥラスロール公爵夫妻、スルト様がいらっしゃいました。応接室にお通ししております」
「わかった。今行く。ヒルダは?」
「既に応接室にいらっしゃいます」
「そっか」
両親と弟が来たなら、話したいこともあるだろうと思ってヒルダはどこかと訊ねたライトだったが、そこは気が利くアンジェラが先にヒルダを応接室に案内していた。
ライトもすぐに応接室に移動した。
「お久しぶりです、ケインさん、エレナさん、スルト君」
「ライト君、お邪魔してるよ」
「ライト君、お義母さんって呼んでって言ったじゃない」
「ライト義兄様、お久し振りです!」
ライトが挨拶するとケイン達は三者三葉に言葉を返した。
ケインは3人の中で最も落ち着いて挨拶を返した。
エレナは命の恩人であり、遂に
スルトは義理とはいえ男兄弟ができたことが嬉しく、それがライトであれば嬉しさ倍増といったところで、ライトの姿を見てテンションが上がっていた。
「ヒルダからも聞いたけど、公爵になってから今のところは順調そうだね」
「おかげ様でなんとかやってます」
ケインはライトが12歳にもかかわらず、どうにか公爵としてしっかりやれていることに安心した様子だった。
そこに爆弾を放り込んだのはエレナである。
「私、早く孫の顔が見たいわ」
「大丈夫よ、母様。ライトが毎晩愛してくれてるもの。きっとすぐにできるわ」
「そうなの? 良かったわ。ライト君がいれば、出産も問題ないだろうしヒルダは恵まれてるわね」
医療技術が地球と比べれば未発達なので、ニブルヘイムでの出産は死の危険が少なくない。
しかし、ライトには<法術>がある。
それならば、きっとヒルダが出産する時も安心できるとエレナは楽観的に言った。
その認識は間違っていない。
ライトの<法術>には、出産を安全に行う補助をする技もある。
だから、ヒルダの出産の安全性は担保されたも同然なのだ。
「まあ、ヒルダとライト君の世継ぎについては心配してないよ。それで、早速結界車の話に入りたいんだけど構わないかい?」
「ええ、お願いします」
このままエレナとヒルダを放置すれば、ずっとライトとヒルダの子供の話が止まらないだろうと思い、ケインが本題に入った。
ライトもこの話題が続くと、エレナから余計なプレッシャーを感じそうだと判断してケインに乗っかった。
「まずは、結界車を購入できるチャンスをくれたことに感謝するよ。下取りに出すために、製造したばかりの車で来たけどそれで良かったんだよね?」
「勿論です。アンジェラ、工場に車を運んでドゥラスロール公爵家用の結界車を取って来てくれ」
「かしこまりました」
ライトが部屋の隅に控えるアンジェラに指示を出すと、アンジェラは頷いてすぐに応接室から出て行った。
「もう準備してあったのかい?」
「準備しておかないと、いらっしゃった貴族の方々でダーインクラブが圧迫されてしまいますから」
「あぁ、なるほど。領民が委縮してしまうか」
「その通りです。そうならないように、領民を委縮させないように順番に来てもらおうとしてます」
「それが良いね。ところで、結界車の価格は30万ニブラで良いのかい?」
「割引込みですからそれで大丈夫です」
「わかった」
ケインは金貨30枚をテーブルの上に乗せた。
結界車の値段は、貴族の爵位に関係なく50万ニブラに設定してある。
したがって、下取りによる割引があれば30万ニブラになる。
割引なしだと騎士爵の領地に結界を張る値段と同額だが、移動時にアンデッドに襲われることがなくなるのならば決して高くない値段である。
代金をライトが受け取ると、今度はエレナが口を開いた。
「ライト君、別件で相談したいことがあるんだけど良いかしら?」
「なんでしょうか?」
「これを見てほしいの」
そう言うと、エレナは浄化石の箱を取り出した。
浄化石の箱ということは、中身が
だから、ライトは慎重に箱の蓋を開けた。
箱の中身は短剣だった。
「短剣の
「ええ。ドゥラスロールハートの
ライトはその短剣に対して<鑑定>を発動した。
(スクリーム=レプリカ。ん? レプリカ?)
<鑑定>の結果に見過ごせない表記があったので、ライトはじっくりと<鑑定>で読み取った説明を読み込み始めた。
その結果、ライトにとって驚くべき事実が明らかになった。
(
発覚した事実にライトは眩暈がしそうになった。
スクリームという呪い武器は、STRの数値が1.25倍になる代わりに使用者の耳に常に女性の絶叫が聞こえるという特徴を持つ。
その贋作と呼べるのがスクリーム=レプリカである。
オリジナルよりも効果がやや弱まり、STRの数値が1.2倍になる代わりに使用者の耳に常に女性の絶叫が聞こえるという特徴を持つ。
つまり、レプリカとはオリジナルの劣化コピーのことだ。
劣化コピーだったとしても、複製できるということは問題だろう。
スクリーム=レプリカを所持していたのが呪信旅団の構成員ならば、呪信旅団に
残念ながら、スクリーム=レプリカに<鑑定>を発動しただけでは、どうやって複製されたのかまでは辿れなかった。
「お義母さん、スクリーム=レプリカについて<鑑定>の結果は訊かれましたか?」
「ええ。部下の<鑑定>持ちに結果を聞いたわ。ライト君に見せたのは、これがあることによる貴方の考えを聞きたいからよ」
「そうでしたか。僕の知る限り、
ライトの見解を聞くと、エレナも同じことを考えていたようですぐに頷いた。
「ライト君もそう思うわよね。もし、ライト君のダーインスレイヴやヒルダのグラムと同等の
「おっしゃる通りですね。この件は、父様と母様にも連絡されてますか?」
「手紙で伝えてあるわ」
「ありがとうございます。
「全く厄介な物を持ち出してくれたものね」
「同感です」
そんな話をしていると、アンジェラがドゥネイル公爵家用の結界車を屋敷の前に停めて戻って来た。
滞在する余裕があれば、ケイン達に泊ってもらいたいライトだったが、ドゥラスロールハートを長く空けたくないようで引き留めはしなかった。
エレナが教えてくれた新情報により、ライトは早急に対応しなければと思うのだった。
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