第208話 悪いですね、愚弟。囮になって下さい
ライト達が家族会議をしていた頃、ドゥネイルスペードのドゥネイル公爵家の屋敷には来客があった。
応接室にはその客とブライアンのみがおり、応接室の隣の部屋ではジェシカがひっそりと聞き耳を立てていた。
ドゥネイル公爵の屋敷には、隣の部屋から応接室での会話を見聞きできるような細工がある。
見る方法については、応接室に飾られている人物画の目の部分に穴が開いており、そこから応接室を覗けるというものだ。
また、応接室を覗けるスペースには、応接室での会話が聞こえるように天井部分が目立たない程度に隙間が開いている。
この仕掛けは、先々代のドゥネイル公爵が屋敷をリフォームした際に用意したもので、ジェシカがひょんなことから見つけた屋敷の秘密である。
彼女はこの仕掛けを駆使して、本来ならば知るはずのない情報を仕入れている。
ジェシカは今日も、ブライアンとその客人の会話をこっそり監視している訳だ。
「私の申し上げた通り、教皇選挙が始まります。これで信じていただけますね?」
「確かに教皇選挙が行われると知らせが来た。だが、予言と言うには無理がある。せいぜいが予測だろう」
商人風の女性がやれやれと首を振る。
「強情ですね。いや、それだけ注意深いと言うことにしておきましょう。教皇様が辞任することだけでは信じてもらえないのなら、ドゥネイル公爵にとっておきの情報をお伝えしましょう」
「とっておきか。また予測を予言と言うのか?」
「まあ聞いて下さい。呪信旅団の次の襲撃についてです」
「なんだと?」
ブライアンはどうしてそれを知っているという目で商人風の女性を見た。
「ドゥネイル公爵は教皇選挙に出馬するのでしょう? それならば、ダーイン公爵家に選挙で負けない手柄が欲しいのではありませんか?」
「その通りだが、どうして呪信旅団の動きがわかる?」
(そうですね。なんでわかるんでしょうか。私も気になります)
監視するジェシカも、ブライアンと同じく商人風の女性が呪信旅団の動きを言い当てられる理由が気になった。
「呪信旅団だって人です。人が生きるためには色々と買う物があるでしょう?」
「不自然な食糧の購入があるとでも言うのか?」
「どうでしょう? ここから先は
「お前の予言が当たるかどうか証明するはずが、どうして対価を払わねばならんのか」
再び、商人風の女性がやれやれと首を振る。
「そうですか。では、この情報はダーイン公爵家にでも持って行きます」
「待て」
立ち上がろうとする商人風の女性に対し、ブライアンは待ったをかけた。
確証のない予測だと思っていても、それをダーイン公爵家に持って行かれれば教皇選挙でアドバンテージを譲ることになりかねない。
情報戦でダーイン公爵家に勝てる状況にあるのなら、わざわざアドバンテージを捨てたくはないとブライアンは思っている。
その考えが商人風の女性を止めるに至った。
「なんでしょうか?」
「情報料を払おう。いくらだ?」
「ドゥネイル公爵は自分が教皇になるのにいくら払いますか?」
「まずは試しだ」
そう言うと、ブライアンは金貨1枚を取り出してテーブルの上に置いた。
「財布の紐が堅いですね。まあ、浪費しない領主というのは庶民からすればありがたいですが」
商人風の女性はテーブルに置かれた金貨を手に取り、それを懐にしまった。
「受け取ったからには、それに見合うだけの情報を話せ」
「わかりました。呪信旅団が次に襲うのはトーレス子爵です」
「何故そう考える?」
「予言と言っても聞く耳を持たないでしょうから、今回は裏付ける情報も提供しましょう。トーレス子爵がゴーント伯爵家の取り潰しによって領地を得たのは比較的最近です。大陸北部の男爵家と騎士爵家の襲撃が終われば、次は子爵を狙う番ですし、トーレス子爵は子爵の中でも狙い目だと呪信旅団は判断するに違いありません」
「先程の購入がどうとか言ったのはなんだ?」
「ここ最近、トーレスノブルスを囲むように各領地でまとまった量の物資が均等に購入されてるんですよ」
「1ヶ所で購入すれば、そこが潜伏先と感づかれると思って分散購入した訳か」
「その通りです。流石はドゥネイル公爵ですね」
ブライアンの考えが正しいというだけでなく、サラッと持ち上げることも忘れない。
商人風の女性はこまめだと言えよう。
「世辞は不要だ。それで、トーレス子爵の襲撃がいつかはわからないのか?」
「そこまで予言することはできません。ただし、近日中でしょうね」
「そうか。今回の一件が見事的中したら、お前の予言を信じよう」
「まだ信じてもらえないとは頑固ですね。仕方ありません、この話をダーイン公爵家に持って行きましょう。<
「待て」
わざとらしく商人風の女性が言ってみせると、ブライアンが待ったをかけた。
「なんでしょうか?」
「この情報を買ったのは私だ」
「ええ、買われましたね。しかし、商売は自由ですしダーイン公爵家に売らないとは言っておりませんが」
「ダーイン公爵家に売ることを禁ずる」
「禁じられるような商品の売買をした覚えはありませんね。私は行商人ですから、気前の良い方にはうっかり話してしまうかもしれません」
そこまで商人風の女性が言うと、ブライアンは金貨10枚を取り出してテーブルの上に置いた。
「この情報は私以外の誰にも売るな」
「そういうことなら仕方ありませんね。気を引き締めておきましょう」
金貨10枚を素早く回収し、商人風の女性はニッコリと笑った。
その後すぐ、話は終わったので商人風の女性は応接室から出て行った。
(あの女性、何か引っかかりますね)
ブライアンと商人風の女性のやりとりを最初から最後まで見届けると、ジェシカはどうにも引っかかる感じがした。
何に引っかかっていたかと言うと、商人風の女性がブライアンをやたらと煽っていたことだ。
別にブライアンが浮気しているとは微塵も思っていない。
というよりも、ブライアンが浮気できる性格ではない。
教皇選挙の代表者について、ドゥネイル公爵家からはブライアンがエントリーする。
それ自体はジェシカも納得している。
公爵であるブライアンがエントリーすることが筋だと考えており、自分が教皇選挙に出馬したいとは考えていない。
しかし、ジェシカの目から見てブライアンがダーイン公爵家を警戒し過ぎているようだった。
自分が教皇になりたいというよりも、ダーイン公爵家にこれ以上権力を与えてなるものかといいう意思すら感じる程だ。
(まだライト君がドゥネイルスペードを乗っ取ろうとしているとでも考えてるのでしょうか?)
ブライアンは昨年にライトに結界を張ってもらった時も、あまり良い顔はしなかった。
無論、ライトにその気はないしジェシカとアルバスは友好的な関係を築いているので、そこで余計なことを言うようなことはなかったが。
それとは別に、ジェシカにはまだ引っかかっていたことがある。
ブライアンは気づいていなかったが、商人風の女性が呪信旅団がトーレスノブルス周辺の領地で買い物したとどうしてわかったのか、その根拠が述べられていなかった。
量の多い買い物をするとしても、呪信旅団がその名を使ってするとは考えにくい。
それにもかかわらず、商人風の女性がトーレスノブルス周辺で分散購入したのは呪信旅団だと言い切ったのがどうにも怪しい。
百歩譲って同一の何者かがトーレスノブルス周辺で分散購入したのは納得できても、それが呪信旅団によると何を持って判断したのだろうか。
そこがジェシカには引っかかっていた。
(まさか、あの女性はお父様を利用しようとしてる呪信旅団では?)
その考えが思い浮かぶと、ジェシカはこうしてはいられないとその場から動いた。
応接室の隣の部屋から、なるべく音を立てないように退出した。
ところが、ドアを開けた瞬間目の前にアルバスがいたのでジェシカはビクッと体を震わせた。
「姉上、何してるんだ?」
「・・・愚弟ですか。驚かせないで下さい」
「いや、驚いたのは姉上でしょうが」
「愚弟、丁度良いところで会いました。お母様に言付けを頼みます。イルミに会いに行くと伝えておいて下さい」
「えっ、イルミさんに? 俺も行きたい!」
「静かになさい。お母様が許して下されば、愚弟も同伴して構いません」
「わかった!」
アルバスはイルミに会いたい気持ちが溢れて走り出しそうになったが、走った瞬間にジェシカに叱られることに気づいてどうにか早歩きで母親のいる部屋へと向かった。
そんなアルバスを見送ると、ジェシカは屋敷の外へと向かった。
(悪いですね、愚弟。囮になって下さい)
アルバスが屋敷内で注目を集めてくれることを期待し、ジェシカは屋敷の外に停めてある
呪信旅団の魔の手がドゥネイルスペードまで来ているのなら、ジェシカはライトに力を借りるしかないと考えての行動である。
イルミに会いに行くと言ったのも、
ジェシカはそれを避けるぐらいの工夫を平然とやってのける。
その後、アルバスが母親に同伴を断られたとジェシカに報告しようとするが、その時には既にジェシカは屋敷から姿を消していたのだった。
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